第11話 憂慮する

 北部霊園墓地の正式な認定墓守として、ドーレマは仕事に励んでいる。やってることはこれまでとさほど変わらないが、意気込みが違う。呪術もスキルアップしているし、日々の業務にもなんだか清々しい気持ちで臨めている。

 墓地以外にも、葬祭関連の呪術に呼ばれることもある。じいちゃんがやってたように、ちょいと訳ありの魂を処理する呪術だけど・・・。


 充実した社会人生活ではあるが、ただ・・・バラ野原の管理が・・・


 ロザリアンユキちゃん(ドーレマが勝手に命名)はテッラへ帰ってしまった。バラをはじめ、植物全般の手入れを手伝ってくれるデューンは博士前期課程へ進み、研究室に通う毎日だから、ここへ来れるのは週末だけ。それも毎週来れるとは限らない。



「ついに、私もバラ栽培を学ばねばならぬか・・・」

 ってなわけで、本を買ってきて勉強を始めた。

 覚悟を決めてバラ野原に挑んでみると、意外にもだんだん楽しくなってくる。季節ごとに作業がいろいろあって大変だけど、枝が蕾を付け始める頃になると、健康にきれいに咲かせてやりたい、と思うようになり、気づけばバラに話しかけたりしているのだ。

 露天風呂に浸かっていても、ダマスク香、ミルラ系、フルーツ系etc.…バラの香りが漂ってくる。

「はいはいはい、明日もお手入れさせてもらいますよ~」

 つい、香りちゃんにもお返事してしまう。誘惑のバラの園だ。



 ドーレマがバラ野原へ分け入り、デューンがローズマリージャングルへ分け入り、少し前とは担当部署が逆転してたりもするが、休みの日には庭仕事に精を出し、労働した後はお待ちかね極楽タイムの温泉!

 デューンもドーレマといい勝負のお風呂好きだ。墓守の家では、家風呂より露天風呂がお気に入りらしい。たまに野鳥が飛んでくると、話しかけ、鳥のほうもなにやらチュンチュン応え、会話している(?)。


 ここんちのお風呂にもすっかり馴染み、リラックスしているからか、デューンはよくお風呂で鼻歌を歌う。声はかすれて小さいがハイトーンな歌をなかなか音痴に歌うので、壁を隔てた家風呂に浸かりながらドーレマは『くくっ』と笑いをかみ殺し、面白がっている。



「今日もお疲れさま、デューン。お風呂どうぞ」

 ガーデニング道具を小屋へ片付け、いつものようにお風呂を勧めると、デューンが、

「一緒に入ろう」

 と誘う。


 よその営業用の露天風呂ならマナー違反だけど、じぶんちのプライベート露天風呂だから、ドーレマはバスタオルを身体に巻き付け、デューンの横にちゃぷんと浸かり、調子っぱずれの鼻歌を合唱する。


 ふたりが付き合い始めたころ、一緒に露天風呂に入り、そこでコトをいたしたら、頭がのぼせて気持ち悪くなってしまい、後が大変だった。それからはもう、こんなトコロでそんなコトはしない。そんなコトは、お風呂が済んでから、お部屋で改めていたすのだ。



 改めていたして落ち着き、ベッドの中で胸をくっつけたままドーレマの髪を撫でるデューン。

「とーちゃんのラボを錬金術省が買い取ろうとしてる」

「おおっ! ついに国家プロジェクトへ格上げ?  例の〈尊厳死カプセル〉っていうやつ。凄いわね!」


「いや、それじゃダメなんだ。まだまだ早すぎる。第一、錬金術省が監督しきれるプロジェクトじゃない」

「錬金術学者の研究なのに?」

「最初に〈尊厳死カプセル〉構想を立ち上げたのは精神科医で、とーちゃんはそいつから製作を任された。全体の工程からいえば、とーちゃんが完成させた時点で三〇パーセントくらい。基礎研究の段階だ。二年前にようやく次の薬理研究へ向けて、医学部と薬学部の研究チームが加わった。

 基礎研究の難関突破の可能性を掴んだ物質は、ネプチュン鳥島由来のやつだ」

「そういえば、なんか、遺品からヒントを得た、とか言ってたわね」


 学部生のころネプチュン鳥島へ旅行したとき、グリンの実父アルチュンドリャの遺品、化学反応式で埋め尽くされた二〇冊ほどの手書きノートを見せてもらった。

 楽園の香りと、麻薬作用を引き起こす毒性。かつてバラ中(ビイル薔薇精油中毒)撲滅キャンペーンのポスターに書かれたキャッチコピー〈 嗅ぐは極楽 飲んだら地獄 ビイル薔薇 〉のとおり、諸刃の剣、ビイル薔薇精油。

 アルチュンドリャは、ビイル薔薇精油を、香りを残したまま無毒化することを目指し、仲間とともに研究を重ねていた。しかしビイル薔薇元素の構造は堅固すぎて、香り成分と毒性を分離させることはできなかった。

 麻薬のように、脳を快楽で満たしつつ、楽園を疑似体験させる作用。同様な薬物製造のヒントを、アルチュンドリャのノートから辿たどり、〈尊厳死カプセル〉への応用方法をデューンは研究している。


〈尊厳死カプセル〉は、人がカプセル内で気持ちよくハイビジョン映像とサラウンド音響を楽しみながら安楽死へ導かれる装置だ。

 最後にはその中身も本体も分解されて消滅する、という、自然環境にも配慮した画期的な機能をもつ。

 試作品の外観デザインは、とりあえず学内人気投票の結果、ガチャポンカプセル型に決まった。

 各段階で、それぞれ薬物ミストが活躍する。


 まず、頭の中から雑念を払う薬物ミストステップ1。

 つぎに、脳内に〈快〉の感覚だけを残して眠らせながら心臓を止める薬物ミストステップ2。

 最後に、カプセルの中身も本体もすべて分解する薬物ミストステップ3。


 研究者たちにとって最初の難関となっていたのが、薬物ミストステップ2。

 気絶させて息の根を止めるだけでなく、〈快楽のうちに〉というところがポイントだ。

 魂の大部分を占めるのは無意識の世界。魂の奥底から湧き上がってくる得体の知れない闇ばかりでなく、白昼にも立ち現われる幻覚は、ときに人を死に至らしめるほど危険な場合もある。理性が制御できないヴィジョンや恐怖や不安が、意識内へ入り込まないようにブロックする、あるいはかき消すことができるか・・。

 夢の世界までコントロールする必要があることから、元々の発案者であった精神科医が考えすぎて精神を病み、錬金術師であるグル・クリュソワに研究を丸投げしてどっか行ってしまった、という経緯もある。

〈どうせ死ぬなら楽に〉じゃなくて〈幸せにあの世へ旅立つ〉ための装置でないとダメなのだ。



「実現したらノーベル賞ものだ」

「なに賞? 化学? 物理学? 医学・生理学?」

「おそらく平和賞・・・それくらい人類に貢献できる。なのに、錬金術省が取り込んでしまったら、意味が変わってしまう」


 意味が変わる?


「このまま錬金術省へ渡されたら、大事な過程がすっ飛ばされる。物理的には実現してしまうんだよ。本来なら、ここからなのに。おれはそのつもりで薬物ミストを研究してるんだ。次は医学部の大仕事が待ってる。心理学部と哲学部と社会学部も。何十年かかってもいいから、第五大全学を挙げて完成させるべきなんだ。これからのほうが年数がかかるはずなのに。ここで国家プロジェクトになってしまったら、人間の心の問題が置き去りにされるんだよ」


 そっか、肉体と意識は、人間存在のまだ一部、というわけか・・・


「錬金術省はなぜそのプロジェクトを欲しがっているのかしら?」

「合法的にこの世から人類を間引く手段になり得るからだ。錬金術省は窓口に過ぎない。裏には国家の意図がある」


〈何も残らない〉というところもポイントなのだ。

 すでに人口は増えすぎている。そのうち埋葬する土地がなくなる。火葬するなら莫大な燃料が要る。



「とーちゃんは、手を引きたがってる」

「次の段階へ引き渡せるようになったから?」

「課題自体が間違っていたんじゃないか、って・・・人の〈生き死に〉の問題に、我々錬金術師がこんなふうに関わってはいけないんじゃないか、って・・・。とーちゃんは、心のどこかで、〈尊厳死カプセル〉が永遠に完成しなければいい、と思ってるのかもしれない。おれも、自分自身の研究が恐ろしいと感じることがある」


〈今日のコトが激しかったから、なんか心に不安でもあるのかなと思っていたら、そういうことか。でも、私にはどうしてあげることもできないな・・・〉


 呪術師の仕事は実務的で、共同体の慣習として生活のなかに機械的に溶け込んでいる。

 錬金術師の仕事も、現代ジュピタンではまあまあ機械的ではあるものの、もっと人の精神の奥深くへと潜り込んでいく。場合によっては怪しい、いや危ない仕事だ。


 何をどうすれば何がどうなるかわからない。



 考えすぎて眠くなってきたドーレマの唇をデューンが甘噛みしてきて、ちょっと噛み返すと、がぶり。それからぐいっと深いキスが押し込まれ、第二ラウンドへ突入。

 温泉にもう一度浸かり、普段口数の少ないデューンは喋りすぎて疲れ、難しすぎる問題をあれこれ考えながらドーレマも頭が飽和状態に達し、ふたりとも力尽きて爆睡した。

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