第13話ー④


『dear凛々──。


 便りが途絶えて二日目の夜が訪れました。

 星を眺めては凛々と過ごした日々を思い出しています。


 会えなくとも、星空の下で繋がっていると思うと元気が出てきます。


 いっそ、流星になって凛々のもとへと飛んで行きたい。

 たとえ目前で朽ち果てようとも、少しでも距離を縮められたのなら、それはきっと幸せだと思うから。


 なんて。ここ最近は星空に嫉妬してばかりです。どうして俺は、流星になれないのだろう……。


 アルタイルとベガに二人を重ねて──。

 今夜も枕を濡らし、眠りに就きます。



 おやすみなさい』


 

 ☆


 よ、よし。できた!

 夏恋が風呂の間、特にすることがなかったので柊木さんに送るメッセージを作っていた。


 自分の部屋にひとり、出来上がりの文章を読み返して勝利を予見する。


 切なさの中に見え隠れする寂しさ。切なさと寂しさを兼ね備えた奇跡のハイブリッド!


 返信をおねだりしつつもそれをはっきりとは言葉にしない!

 

 テーマは愛だ!

 足りなかったものがあるとすれば、愛以外にはもう考えられない。彼氏たるもの愛を語らずしてどうする!


 ひょっとして、完璧なのでは?


 つい先日に遭遇した、田中の告白シーンが役に立つ日が来るとは感慨深い。

 今の俺、シンパシー感じちゃってるかもしれない!


「ウェーイ! 送信!」


 あとはお星様に願うだけ。

 どうか、どうかどうか……。既読無視が終わりますように、と。



 ふぅ。



 思い返してみると、既に二度も失敗している。

 おやすみメッセージを送り『それだけ?』と言われ。挽回するように翌朝、おはようメッセージを日記風で送ると、既読無視が発動した。


 だからこれは三度目の正直。

 願わくばここでストライクを決めたい!


 その想いが届いたのか、気付いたときには既読表示がついていた。殆ど送信と同時についたようなタイムだ。……これは、もしかして──。


 スマホを床に置き、正座すること3分。

 既読はつけど、音沙汰なし──。


 ま、まぁとりあえず……。

 朝になったらおはようメッセージを送るだけだ。既読無視されてもめげずにメッセージ送れって夏恋に言われたしな!


 大切なのはめげないこと。

 これは自分との戦いなんだ。


 


 ~トュントュルトュントュントュン♪〜


 と、ここでスマホの着信音が鳴った。電話なんて滅多に掛かって来ないから戦慄する。


 だ、誰……?


 恐る恐るスマホ画面を確認すると……。


「ひ、柊木さん?!」


 驚きのあまり、声に出して飛び上がってしまった。


 えっ。なんで? どうして?

 既読無視は尚も継続中。にも関わらず電話が掛かってきた……!?


 ど、どうする。

 前回掛かってきた時は寝てて出れなかったんだ。それで今、こんなことになっちゃってるんだから!


 考えてる時間はない!


 確実に、出る!



 『はいっ! もしもし!』


 『………………………………………』


 あれ、出てなかったかな?

 スマホ画面を確認するも通話中と表示されている。


 電波が悪いとか……?

 間違い電話とか……?


 『あ、あのぉ! もしもーし!』


 『……会いたい』


 ほえ?


 『えっと、あの? 柊木さん?』

 『……ねぇ、今から会いに行ってもいい? ……れんや君に会いたいの』

 『ひゃっ、ひゃひゃひゃい?!』


 な、な、な、なんだって?!

 ぼそぼそと吐息混じりの声でとても甘ったるくて……耳がゾクゾクする!


 『ねぇ、聞いてる?』

 『は、はははい!!』


 『……じゃあ、住所。教えて』

 『は、はい! よろこんで!』


 急げ急げ!!

 現在地をメッセージで送信!!


 『お、送りました!』

 『ありがとう。着いたら連絡するね』


 ──ピロロン。


 あ。切れた。

 通話終わった。


 ………………………………………。


 ま、待て待て待て! 待てーい!


 うちに来るの……? 今から……? 

 え、何しに来るの? あれっ。やっぱりひょっとして夏恋となにかあった?


 どうしよ。どうしよどうしよどうしよ! どどどどーしよ!


 落ち着け。落ち着くんだ、俺!


 深呼吸だ。明鏡止水の如く空気と心を一体化して──。


 ふぅ。……ふぅ。……ふぅ。



 ──タッタッタッタッ。


 階段を駆け上がる音がする。この家のあらゆる音が聞こえてくる。……だいぶ落ち着いてきた。


 って?! 誰か来るの?!

 ひ、柊木さんもう来ちゃった?!


 う、嘘でしょ?!


 そして──。

 俺の部屋の前で足音は止まり、ノックもなしにドアが…………開く──。


「お兄ぃ~! お風呂上がったから冷めない内に入りな~。お兄の大好きな妹成分たぁ~っぷりの…………って、どうしたの?」


 現れたのは夏恋だった。

 そりゃそうだ。当たり前だ……。

 こんなに早く柊木さんが俺の部屋のドアを開けに来るわけがない。テンパり過ぎだろ、俺……。


「え、なに? 本当にどうしたの? 顔色悪いよ?」


 血の気が引いているのか、青冷めているのかわからない。夏恋が心配そうに俺のもとに駆け寄って来た。

 

「大丈夫。ちょっとだけ貧血かな……。夏恋のダシ湯に浸かって栄養補給すればすぐに治ると思うから」


 熱を測るように俺のおでこを触っていた夏恋の手がスッと離れる。


「あ……、やっぱりお湯張り替えてくる。今日いっぱい汗かいちゃったし。なんか、やだ! お風呂はもう少しだけ待ってて」


 そう言うと夏恋は後ずさるように俺の部屋から出て行った。


 あ、ミスった……。

 ここは「ばかやろう」と一喝する場面。

 

 夏恋の声のトーンもマジ寄りで、少し引き気味だった。


 やっちまった……。大失態じゃないか……。


 ……いや。いやいや! 本当にやっちまうかもしれないのはこれからだろ!


 このままだと柊木さんが家に来てしまう!


 通話通話通話!


 断らないと!

 さすがにうちに来るのはだめだ! 夏恋だっているし、こんな遅い時間だし! もういろいろなにもかもがだめだ!


 通話ボタン! 発信!


 『あっ、もしもし!』

 『うん。どうしたの?』


 『あの! 今日はもう夜遅いので、またの機会にしませんか?』


 『……だめ』

 『で、ですよね!』


 『……うん。今タクシーで向かってるから10分くらいで着くと思う』


 と、言ったところで受話器越しから男の人の声が聞こえて来る──。


 『お客さーん。10分じゃさすがに無理ですよ~』

 『いいから飛ばして。できないの?』

 『え、ええ。まあ、できる限りは……努力します……。はい……』


 


 『話の途中なのにごめんね。じゃあ、着いたら連絡するから』


 『は、はい! 顔を洗ってお待ちしております!』



 ──ピロロン。


 あ、通話終わっちゃった。


「あははははは! 知ってた! うん知ってた知ってた! こうなると思ってた!」


 どうすることもできない現実を目の当たりにして、俺はただ、笑うことしかできなかった。



 万事、休す──。



 柊木さん到着まで、あと10分──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る