第7話ー① S級お嬢様って、しゅごい……。けどちょっと切なそうなのは、なんで?

 クラスの皆から見送られる形で、俺と真白色さんは教室を後にした──。

 

 授業中のため、廊下は静まり返っている。

 俺の心は……どどど、どーしようだった。


 ただの寝不足なんだけど……。


 脳内をぐるぐるまわる。保健室に行ったところで「サボりは許しません!」と言われるのが落ちだし……。真白色さんの顔に泥を塗ってしまうかもしれない……。


 今ならまだ、間に合う……!


「あの……俺、ただちょっと眠かっただけなんです……。たとえ嘘だとしても、真白色さんの彼氏としてあるまじき行為でした。次からは気をつけますので……」


 その言葉を聞いて、真白色さんは足を止めた。


「あなたのそういうところは、嫌い。今朝知り合ったばかりで、なにを言えたわけではないけれど」


 その言葉に衝撃が走った──。

 妙な引っ掛かりがずっとあった。何故、三軍ベンチの俺にオファーが掛かったのかと。


 影薄フィールドを張っていたために認知されず、隣の席だということにも気付かれなかった。


 つまり俺は、真白色さんにとって突如として現れた謎の転校生なんだ!


 つまり肩肘張らなくてもいいよと。そういうことだろうか……? うーん、と返答に戸惑っていると、


「それに大丈夫よ。あなたは保健室で寝ながらにして授業を受けているのだから」


 で、でちゃった……。

 リアルを捻じ曲げる。インビジブルビジョン!


 だったらいいかな、と思うも保険医の陽菜ちゃん先生は甘くはない。結果はみえている。


「体調は至って普通。健康体そのもので、ただちょっと、眠いだけなんです……。それもさっき少し寝れたのでピンピンしてます!」

 

「あなたって真面目よね。そういうところは、好き」


 一瞬、とてつもなくドキッとした。

 

「あっ──! ごめんなさい。深い意味はないのよ。深い意味はね」


「わ、わかってますよ! もちのろんです!!」

「なら、良かったわ」


 そしてスタスタと保健室へと歩く真白色さんの背中を追うように、俺も歩いた。


 どどど、どーしよう! な気持ちは何一つ解消されないまま、会話に多少のちぐはぐさを感じながらも保健室に到着してしまった。


 これ絶対、教室に戻れって言われるよなぁ。


 真白色さんが「失礼します」と扉を開け軽く要件を告げると、保健室の番人こと陽菜ちゃん先生はなにやらスマホをぽちぽちしていた。


 こちらを見る様子は、ない。


「ベッドなら空いてるけど、私の許可は容易くないわよ~」


 通称、陽菜ひなちゃん先生。

 生徒との距離感も近く、そしてサボりは絶対に許さないというスタンス。それでいて自分は要領よくサボっていたりもする。

 見た目の可愛さと相反するところが生徒たちからこれまた人気だったりもするのだが……。



「まっ、体調悪いなら知り合いの医師の紹介状を──」


 言いながらこちらを振り向くと同時に、後ろにジャーンプ!

 壁側へとおののいた?!


「ま、ま、真白色さん……?! ど、ど、どうしたの? えっ。え?」


 陽菜ちゃん先生?!


 その姿は予期せぬ来訪者にあわてふたわめく子うさぎのようだった。


「彼が体調悪いそうなので、ベッドをお借り出来たらなと思いまして。医師の紹介には及びません。万一の際はこちらで手配しますので」


「ひゃ、ひゃれ?! ……ゴ、ゴホン。彼って?」


 思わぬ言葉に、裏返った声を発するも咳払いをして持ち直した。


 そして辺りをキョロキョロと見渡した。

 真白色さんの神々しい姿が目立ち過ぎているのに加え、怠慢な勤務態度を見られてしまったことでテンパっているのか、俺が視界に入っていないようだった。


 ぇっと。真白色さんの斜め後方四十五度の位置にいまーす……。


 なんかいま、俺の中の陽菜ちゃん先生のイメージが崩壊したような気がするのは、気のせいかな。


 でも、真白色さんってちょっとやそっとのお嬢様じゃないんだよな。

 三軍ベンチの俺に入ってくる情報なんて些細なもので、あまりよくは知らないけど。


 S級お嬢様とでも思っておけば、特に問題はないだろう。


 真白色さんは振り返り困り笑顔を見せてきたので、似たような顔で返した。


 すると!!


 陽菜ちゃん先生の視線が俺へと向いた! あ、認知された。


「……彼。……彼氏?」


 と、半信半疑に聞いて来たので、うんうんと二回、首を縦に下ろした。


 瞬間、陽菜ちゃん先生は固まった。


 その様子を見て、真白色さんは少し肩を落とした。


「最初のうちは、仕方ないのかもしれないわね。夢崎くん、ごめんなさいね。嫌にならないでくれたら、嬉しいのだけど……」


「いえいえ! ぜんぜん!」


 俺みたいな三等兵のモブが、S級お嬢様の彼氏を名乗るものなら、教師だって驚くさ。


 真白色さんは固まる陽菜ちゃん先生に近づき声を掛けた。


「体温計お借りできますか?」


「た、体温計?!」


 と驚きすぐに状況を察したのか、


「あ! 彼は今すぐ寝たほうがいいわね。目の下に隈があるもの。これは大変! もう大変! 早く寝かせないと!」


 陽菜ちゃん先生落ち着いて!


 バサッとベッドのカーテンを開けると、ササッと椅子を持ってきた。どうぞどうぞとしてくる。


「先生ね、お手洗い……違う違う違う……! 用事思い出しちゃったから、しばらく戻ってこれないの。スペアの鍵、ここに置いとくから! ね? 真白色さん。それとえっと。夢崎くんね!」


 うん。さすが陽菜ちゃん先生。俺の名前を知ってるなんて、やるね! と思ったのも束の間、忍者のようにサササッと保健室を後にした。

 

 ガチャン。バンッ。


 鍵を閉めて、札をかけた?


 陽菜ちゃん先生、あんたまさか! とんでもない誤解をしているんじゃないの?!


「変に気を使わせてしまったようで悪いことをしたわね。先生にはあとで紅茶でもご馳走するとして、あなたは早く寝なさい」


「いいんですかね……。眠いから寝るって、そんな理由で寝てしまって……」


「こうなってしまったのは私の責任ですから。本来なら何事もなく授業は終わっていたと思うの」


 なんで真白色さんのせいなんだ?

 どのことを指しているのだろうか。いずれにせよ!


「真白色さんはなにも悪くないですよ! 居眠りしてたのは俺ですし!」


「そうだとしてもね。私の視線の先に、不思議と視線が集まるのよ。本当に息が詰まりそうになるわ。ごめんなさいね。これは私の責任」


 なるほど。謎の転校生補正に加え、もう一つの答えも見つけた。

 真白色さんに認知されたから、影の薄さが弱まり、数学の中村先生に捕捉された……!


 影薄シリーズ。伝承四節、第五項。


 秘技、突っ伏寝──。


 その力を完全に失ったということか。

 そもそもこれは三軍ベンチにのみ使うことの許された、特異階級のスキル。


 偽装カップルとして一軍のグラウンドに招集された時点で、力を失うのは必然。


 俺の認識の甘さが招いた惨事!

 

「真白色さんが感じる責任なんてなにもないですって! 授業中に居眠りをする不届き者は俺なんですから! 真白色さんのそういう気にし過ぎるところは嫌いです!」


 驚くような顔を見せると微笑み、次第に笑いだした。その様子はどこか嬉しそうにも見えた。


「…………。ふふっ。そうね。そうかもね!」


 え。俺なんか変なこと言っちゃったかな?!


 なんて思っていると真白色さんの綺麗な手のひらが俺の目元へと向かってきた。

 おでこに触れそのまま目元まで落とすと止まった。否応にも視界は閉ざされ目を瞑ることは必至。


 すると、布団の上からトントンとゆりかごのような心地良さまで感じた。


「超かわいいとお噂の、幼馴染さんについて聞きたいけれど、今は寝なさい」


 あれ、なんだろうこれ。めっちゃ寝れる……。


 でもあれ、また葉月なのか。

 どうしてそんなに葉月のことを…………。


 …………………………………………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る