第4話 壁蹴り×舌打ち×シーネ! 3コンボだドーン!


 挨拶を済ませるとちびっこパーカーが「超ラッキーじゃん!」と、肘で突いてきた……!


 初対面だというのに、この距離の詰め方。

 女子力MAXカースト最上位系は伊達ではない。


 これが一軍女子のコミュ力……!


 でもなにがラッキーなのかその言葉の意味を考えると、とってもおかしな状況だった──。



「あ、もう一個あった。これもあげる」


 ちびっこパーカーは本日二個目のチョコ菓子をくれた。コンビニで買える20円のやつ。ずっとポッケで握ってたのか、少し温かい。


「お、おぅ。どうも」


 ペットにお菓子あげる的な雰囲気なのは気のせいだろうか……?


「芽衣子~! 人見知りなのに珍しいじゃん! それも男相手に! いいの? お・と・こ・だ・よ~?」


 巻き髪がちびっこパーカーをからかうかのように意味深なことを言い出した。


 どうやら芽衣子めいこと言う名前らしい。


「べ、別に人見知りじゃないし! それに葉月の彼氏だから! めでたいじゃん!」

「まあ確かにそうだけどさ、うちの彼氏には無愛想じゃん?」


 うんうん。俺にはわかる。仮に人見知りの男嫌いなのだとしたら、理由はひとつしかない。


 俺が男というカテゴリーに入っていないことに加え、もしかしたら人としてのカテゴリーにも……おっとここから先は考えるのはやめておこう。


 だが、疑いは確信に変わった。

 というかそもそもとして、『彼氏』として紹介されている。


 “彼氏のレンくんでーす!”


 こんな感じだった気がする。


 恋人ごっこに花を咲かせてる真っ最中の出来事だったから忘れていた。


 これ、絶対まずいやつじゃん……。


 わかってるのか葉月……今がどんな状況か……。友達を騙しちゃってるんだぞ……?


 とはいえこうなってしまった以上、この場で打てる手などあるわけもなく。


 状況は取り返しのつかないところまで、悪化の一途を辿る──。



「だってチャラそうだし。無理だし。彼氏月一で変わるし。話す価値ないし」

「いや~だからさぁ! 今回の彼氏はこれまじでガチなやつだから! あれでめっちゃ一途っていうかー、前世から結ばれてたんじゃね? 的な?」


「もう黙って」


 ナイスちびっこパーカー!

 いままさに俺も同じ気持ちだった!


「芽衣子はわかってないなぁ~! ……あ! っていうか念願のダブルデートできるじゃん! ねっ葉月!」


 と、今度は葉月に話を振ってきた。


「わぁ! いいねぇそれ! したーい!」


 即答だった。考える素振りなど微塵もなく、むしろ「ねっ」と俺の裾をぎゅっとしてきた。


 ちょっとちょっと葉月さん!?

 ねえねえ葉月さん!?


 状況をまったく理解してないことは明白だった……。葉月の中では今もなお、恋人ごっこ継続中──!


「わたしも行く」

「え~、芽衣子彼氏いないじゃん!」

「ぅ……! 仲間はずれ反対! カラオケいきたい!」

「誰もカラオケ行くなんて言ってないし! っていうか芽衣子の場合はカラオケ行きたいだけでしょ~? 彼氏作ってから出直してこーい!」

「ぐぅっ……! おのれ……!」


 どう考えてもまずい。ちびっこパーカーがダメだと言われるのなら、俺や葉月も同じこと。


 だって俺たちは恋人ごっこ……!


 葉月に目線で軽く合図を送ってみる。


「どしたのれーんくん? 離れるの寂しくなっちゃった? よちよちだよ!」


 そう言うと謎に頭を撫でられた。


 あれ……。本当にこれ……。あれれ?


 あ、でもいいか。

 アタマナデラレテシアワセデース。


 と、その時、

 パーカーが俺の肩を押し出すように隣に割って入ってきた。


「はいはい。芽衣ちゃんもよちよち~」


 フッと横目で薄ら笑いを見せてきた。


 お前……! そこは俺の場所!

 まさかこいつは……! 恋の宿敵?!


 って、そうじゃないだろうがよぉ~オーレー……。


 いつの間にか、ふしぎの国の葉月ワールドに迷い込んでしまっているようだった……。


 俺と葉月だけのアンダーワールドならいくらでも修正は効くが、これは本当にまずいよ……。



「つーか、葉月の彼氏くんはあれっしょ? 時間大丈夫?」


 巻き髪が改札上の電光掲示板を指差した。


「レンくんごめーん! 遅刻しちゃうよね?」


 むぎゅっとましゅまろを腕に感じ、遅刻してもいいかな? なんて脳裏を過ぎるも、これで一応無遅刻無欠席。


「お、おう悪い! 行くわ!」

「はーい! あとで時間できたらメッセージちょうだーい! 待ってるからぁ!」


「お、おう?」


 疑問形で返すも、電車は待ってくれない。

 とりあえず手を振りながらその場を立ち去った。


 葉月と俺のメッセージ履歴はしばらくずっと、《玄関開けといた! あと五分!》だけなのだが。


 それに対して俺はただみるだけ。


 恋人ごっこは登校が終わっても続くのか……?


 俺はまったく理解していなかった。


 既に開演しているであろう、ふしぎの国の葉月ワールドを──。




 ◇ ◇


 ふぅ。まじで遅刻する五分前!

 でも間に合うな! ぜんぜんいけるな! これなら明日もましゅまろ登校できるぞ!


 駅からダッシュで高校の昇降口まで辿り着いた俺はましゅまろ登校を夢見る男子高校生だった。


 ランナーズハイなのか頭がクリーンにクリアされてしまったのか、脳内は葉月のゆるいペースに完全に乗せられていた。


 ふしぎの国の葉月ワールドに迷い込んでしまったことを再度自覚する。


 俺がしっかりしないでどうするよ……!

 葉月を正しい道へと導くのは俺の役目!


 でも今日は眠たいから秘技『突っ伏寝』でも発動させながら作戦を練るかなんて思いながら、下駄箱へ向かうと──。



「ずっと好きでした! 桜が咲く四月! 期待に胸を膨らませ高校へと入学。そのとき、真白色ましろいさんの新入生代表挨拶を見て、一目惚れしました!」


 ちょうど俺の下駄箱がある場所で、一世一代のガチ告白が繰り広げられていた。


 ピッチに立つ男は同じクラスの先発一軍系。カースト上位種。イケメンLv8の田中だ。夏はビーチで冬はゲレンデって感じのイカしてる系。


 ちなみに最高Lvは10。俺はLv0──。


 田中は俺が知る限り普段はおちゃらけているような奴。そんな彼がこんなグッと来るようなガチな告白をしたのなら、そのギャップに射止められる女子は多いことだろう。


 しかし相手が悪い。無理だろうな。

 なんせ才色兼備のお嬢様として知られる真白色ましろいさんなのだから。


 出席までまだ五分ある。

 邪魔するのも野暮だし、何より出て行きづらい。マウンドに立つ戦士が散るまで待つか。


 しかし田中はなかなか散ってくれなかった──。


 ~~~~


「七月! 高校に入って初めての夏休み! 普段なら期待に胸膨らませるはずなのに、俺の心は曇り空。真白色さんに会えない日々が始まるからだ──」


 おいおいまじかよ……。一ヶ月ずつ思い出を遡っていくのか……?


「八月! 真夏のアバンチュールなんて初めから期待してない。真白色さんに会えない虚無休み。今まで学校に行けば当たり前に会えていた奇跡の価値を肌で実感する。俺の心は日に日に枯れていき、新学期が始まるのを毎晩お星様に祈った。しかし、時の流れは残酷で、どんなに願っても一日の長さは変わらない。それでも、祈らずにはいられなかった──」



 もういい。やめろ!!

 田中! 早くどけよ!


 

「九月! 二学期スタート! 俺の心はフローラル! 教室に咲く一輪の花! 否! この世界に咲く掛け替えのないたったひとつの花! 今度こそ真白色さんの隣の席になれますようにと、神社の賽銭箱に諭吉を投下したことは俺と神様だけの秘密!」


 おま、これ……。俺の心はダークソウルだよ……。

 ていうか秘密明かしてどーするよ。神様もそっぽ向くだろうよ。


 遅刻しちまうよ……。もうやべぇよ……。


 五分のアドバンテージが消滅する……。


 とはいえ真白色さん相手に普通に告白しても結果は見えている。等身大の気持ちを伝えてあわよくばって算段だろう。


 しかしそれは聞けば聞くほどに告白からは程遠い、言うなれば卒業式の代表挨拶のようだった。


 少しポエムっぽい気もするし……。


「二年生への進級! 真白色さんと同じクラスになれた喜びから我を忘れて飛び跳ねガッツポーズ! この瞬間、俺は生まれて初めて運命を感じた──」


 ~~~~


「五月一日! 馳せる思いを抑えられず毎日眠れない夜! お星様に願うのは君への想い──」


「五月二日! 俺はついに告白を決意する!」


「五月三日! 今一歩の勇気がだせずうじうじする!」


 いいかげんにしろ!

 月刻みなら許せた! 

 なにを一日刻みで日記読み上げてるんだよコノヤロウ!


 今日は五月十三日。まさかてめぇ! 十三日分の日記読み上げるつもりじゃねえだろうな?!


 俺の怒りは今にも頂点に達する勢いだった。


 だがしかし、田中は先発一軍系。

 俺みたいな三軍ベンチにキレる資格はない。というかキレたら高校生活終わる──。


 つーか、そもそもなんで下駄箱なんだよ!

 校舎裏とか体育倉庫とかもっと他にあるだろ!


 でも、真白色さんは一言一言に相槌を打って、真剣に聞いていた。


 住む世界の違う三等兵の俺から見ても、人間として格の違いを思い知る。


 俺ならたぶん、一年生の五月を語り始めたところでお断りしてる。


 でも田中はこの日に備えてポエムを綴り丸暗記して、発表に備え発声練習したり。相応の努力と訓練を積んでこの場に来たはずだ。真白色さんはきっと、その気持ちを汲んでるんだ。


 もはや、生物としての格が違う……。


 そうして、田中は告白ポエム語りを完走させると「よろしくお願いしたまうす!」と、ここ一番で噛みながらも精一杯に右手を出した。


 それを見て真白色さんは静かに頭を下げた。


「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」


 逝ったか。田中。


 相手が悪かっただけだ。次また、頑張れよ。新しい相手と新しい恋を──。


 

 真白色ましろい かえで


 彼女がひとたび廊下を歩けば花が咲く。

 彼女の笑顔ひとつでご飯三杯いけるとも言われている。


 花のように美しく、凛として清らかで──。身に纏いしエロスは男女問わず全校生徒の憧れ──。


 言うなれば、各高に一人存在するか否か危ぶまれる絶滅危惧種。


 学園の超絶マドンナ!! おっと訂正。


 学園の超絶マドンナ(巨乳)!!

 

 大切なところがひとつ抜けていた。


 そんな高嶺過ぎる花にも関わらず、いけると思ったのか振られた現実を受け止められない様子で、硬直していた田中も次第に目の前の現実を受け入れ始めるように、

 ずるり、ずるりと後ずさり顔が真っ青になっていった。そして──。


「う、う、うわぁぁぁぁぁぁ」


 全速力でその場から走り去った!

 戦士が一人、散ったか。この告白は黒歴史確定だな。まぁ、強く生きろよ。


 俺もあれくらいの速度でスタートダッシュを切ればまだ間に合うのかな。教室。


 無理か。もう、無理だな。

 立ち尽くす真白色さんが去らなければ、下駄箱に靴もしまえず上履きも履けないのだから。


 無遅刻記録。終了──。


 そう思うと途端に腹が立ってきた。

 とぼとぼと敗残兵らしく歩いて行くのなら許せただろう。でも田中は全速力で走った。


 たぶんあいつ、出席にギリ間に合う。


 どこにもぶつけようのない怒りが込み上げて来る……。こんなところで、俺の無遅刻記録が終わるのかよ……。



 そして壁を脚で蹴ると「チッ」と舌打ちをした。


「死ねばいいのに」


 うんうん。まさに今、俺もそんな感じ!


 壁蹴り舌打ちからの死ね! スリーコンボ! イイネの三拍子!


 俺の心を代弁してくれて、ちょっとスッキリした……よ?


 って、……え?


 真白色さん……? えっ?


 その姿は、花のように美しく、凛として……清く……ない?


 まるで夢でも見ているかのような光景に、体が勝手に後ずさり──。


 ──カランッ。


 おおおおおおい! 空き缶空気読めよぉぉおお!!


「誰──?」


 コンマ0.2秒。刹那的速度で振り返る真白色さんの瞳に拘束されるのは、哀れな子羊な俺──。


 目が合うのは必然。

 キョトンとした表情の真白色さん。


 全俺が今すぐこの場から立ち去れと警報を鳴らすも、時既に遅し。


 逃げ場なんて、どこにもなかった──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る