美しく忌まわしき鳥籠

第1話 星空を泳ぐ一羽の小鳥

 夜空から見下ろす王都の街灯りは、頭上に広がる星屑の海によく似ていた。


 その幻想的な光景に、もっと遠く、もっと自由に翔び回ってみたいという衝動が募るけれど……私の拙い羽ばたきでは、それは叶わぬ願いだ。

 やむなく私はクルリと旋回。開け放たれた自室の窓を目掛けて急降下した。


 窓縁から周囲の様子を窺い、人の目がないのを確認してから中に入る。

 薄暗い部屋の中に飾り気はなく、調度品も最小限であれば、色彩もシンプルそのもの。

 我ながら、もう少し何とかすべきだと思うけれど……それはまぁ、さておき。


 数少ない調度品の一つであるベッドでは、これまた飾り気のない地味な女が身を横たえている。

 しばらくは逢瀬のために不慣れな化粧をしていたけれど、それも今ではすっかり止めてしまっていた。


 ……こんな顔を熱心に見つめたところで、いったい何が楽しかったんだか。


「…………♪」


 そんな心の中の呟きは、私の嘴から囀りとなって溢れた。


     ◇


 代々続く魔術師の家系には、その家独自の魔術が存在するケースがある。

 現代的な魔術の区分に属さないそれらの魔術は、かつては血によって受け継がれるものだと信じられてきた。

 しかし、最近では研究が進み、その家独自の習慣や鍛錬方法によって形成される後天的な技術だという考えが主流となっている。


 とはいえ、そんな曖昧なものを体系化するのは容易ではなく、血を引く一族の者だけが承継できるという実態に変わりはない。

 したがって、それらの魔術を有する一族は代え難き人材として重用されるというメリットと……望まぬ仕事や政略結婚を強いられるというデメリットにも、何ら変わりはない。


 私の生家であり、遥か昔には『精霊の民』と名乗っていたらしいエルウッド家にも、その手の独自魔術が存在する。

 今でもなお『精霊術』の古称を冠されるほどに精緻な自律制御魔術と、『精霊術』で象った生物の知覚を感じ取るという特殊技能。

 美しい名前とは裏腹に諜報向きのその魔術は、私の家系に確かな地位を保証する財産であり……同時に、汚れ仕事に従事することを強いる運命の枷でもあった。


 そんな運命に嫌気が差した私の父は、代々受け継がれて来た財産を投げ出して、枷を断ち切ることを選択した。

 すなわち、その独自魔術の秘密を解き明かすことで、誰もが習得できるようにしてしまおうという決断だ。

 父が私を汚れ仕事に関わらせず、多大なる代償を支払ってまで王宮に送り出してくれたのも、その悲願を達成するため。


 だったんだけど……


     ◇


「……ぷっ」


 小鳥から自身の身体に意識を移し替えた私は、瞼を開けるなり天井に向けて吹き出してしまう。

 こんなにも呆気なく、我が一族の悲願が達成目前となるだなんて……いったい誰が想像するだろうか。


 あの日、レヴィン君はこの独自魔術を目にするや否や、「なるほど、さしずめ『感覚同期』ってとこかな?」などと言い出した。

 そのうえ、「リンジー先輩、子供の頃リスでも飼ってましたか?」などと続けたのだ。


 行使した本人ですら自覚していなかった要訣を即座に見抜き、秘していたはずの偏執的な小動物愛の伝統にまで気づいてしまった。

 ……彼の才能と発想に、もはや嫉妬する気にもならなかった。


「…………ふふっ」


 彼は事ある毎に「先輩が困っていたら、僕が助けますから!」とか言っていたのだけれど……もうとっくに私は救われていたのだ。


     ◇


「……そうだ、忘れてた」


 開け放たれたままの鳥籠の中で小鳥が小首を傾げているのに気づき、私は慌ててその扉を閉じた。

 ……この子にとっては、『一瞬意識が途絶えたかと思ったら、妙に翼が疲れている』という、訳の分からない状況だっただろう。


「ごめんね、もうしばらく付き合ってね」


 もはや邪法と呼ぶべき魔術の犠牲となっているこの小鳥には、心から申し訳なく思うけれど……それでも私は、これからも犠牲を強いるつもりだ。


 我が家系に受け継がれていた独自魔術は、あくまで大雑把な感覚を曖昧に感知するだけのもの。

 小鳥に行使したのはその発展系で、生物に意識を乗り移らせるという、間違っても『精霊術』とは呼べない代物だ。


 つまり……これは彼とともに開発し、彼をして「コレはヤバいんで、やっぱり封印しましょう」と言わしめた『強制意識同期』。

 早い話が、御伽噺に出てくるような『憑依の呪術』と同じようなものだ。


「…………」


 ひとまずは、反復練習により憑依の安定性と持続性を向上させる。

 それから、十分な飛行訓練を行ったあと、王宮の各施設における防諜態勢を調査。

 しかるのちに、侵入させた小鳥の耳目を介して、レヴィン君に関わる情報を収集する。


 それが、現在遂行中の私の計画だ。


「…………」


 ……本当は分かっている。

 この邪法を人間も対象にできるように手を加えれば、そんなまどろっこしい事などする必要はないと。


 だけど……


「…………君なら、そう思うよね?」


 自分勝手で恥知らずで傲慢な思い込みかもしれないけれど……きっと彼は、自分のために私が人の道を踏み外す事を望まない。

 ……きっと彼は、世界中の誰よりも魔術を楽しんでいたのだから。


 こんな邪法を二人で生み出したのだって、本来は『同じ姿となって近づけば、動物たちも逃げないのでは?』という……呆れるほどに他愛のない、ほのぼのとした発想が元になっているくらいなのだ。


「…………よし!」


 ダラダラと思い出を楽しむのはそれまでとし、私は今日の訓練の成果を整理するべく机に向かう。


 彼の笑顔を守るのは、決して譲れぬ目標。

 だけど、その目標は通過点であり、さらに先には次なる目標を定めてある。


 ……もし再会することが叶うのなら、彼をとことん動物と戯れさせてあげて、あわよくば筋金入りの動物好きに育て上げる。


 きっと、私と彼の関係性は……そのくらい他愛のないのが相応しい。

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