第11話 征服と祝福のマウンティング
「おりゃおりゃぁっ!」
僕の稚拙な格闘技術と練度の低い魔術は、『モーションから着弾地点を予測できない』という、想定外の相乗効果を発揮した。
「ぐぅっ……!」
ローガンは全身から大量の魔力を垂れ流す新技……すなわち、『神の族長』で敢えて全弾受け止めることを選択した。
それは『全て受け切ってこそ完全勝利』という脳筋ルールでありながら、僕に触発された彼なりの挑戦のようでもあり……
途中、意図せず入った金的により、お互いちょっと気不味い雰囲気が漂うというトラブルはありつつも……
とにかく僕は、生まれて初めてスッカラカンになることが出来た。
◇
「……もう無理」
ろくに動かぬ腕を無理に振り回した勢いに引っ張られ、僕はバタリと地面に倒れ込む。
何とか頑張って顔だけ起こしてみれば……ローガンも尻餅をついて息を荒げていた。
「どっちが早かった……?」
その言葉を発したのが同時であれば、どっちでもいいやという結論に思い至ったのもたぶん同時。
早くもバッチリな仲間同士の連携に、僕たち二人は同時に顔を見合わせた。
……そして、同時に大声で笑い出す。
「はぁ…………疲れた!」
無理な姿勢で笑うのも辛くなり、ゴロリと寝返りを打ってみると……空はいつしか夕焼け色に染まりかけていた。
……いつから戦い始めたのかハッキリ覚えていないけれど、いつの間にか随分と長い時間が過ぎていたらしい。
「……リンジーさん、やりましたよ」
瞼越しのオレンジ色に思い映すのは、あの人に王宮から追放された日の記憶。
もう一度あの人の笑顔を見ることは、僕の決して譲れぬ目標だ。
それなのに、拳をブンブン振り回している間だけは、僕はその事を考えずにいた。
でも……きっと、それは悪いことじゃないんだと思う。
僕がずっと眉間に皺を寄せているのは、きっとあの人も望んでいないと思うから。
「…………うるさい」
そんな思いをしみじみと噛み締めるのを、ローガンの大イビキが邪魔をする。
僕は苦笑し、彼に付き合って意識を手放すことにした。
◇
……それから一体どれほど眠っていたのだろうか。
とにかく、その理不尽な暴力は突然に襲いかかってきた。
「ぐあぁっ!」
ローガンの悲鳴に飛び起きようとするも、僕の頭は勢い良く地面に叩きつけられた。
そして、腹の上に丸みを帯びた重みがズドンと乗っかり……ガサついた手のひらが僕の顔下半分をギリギリと締め上げる。
もう薄暗くてハッキリ顔は見えないけど、これは間違えようもなく……
「……!……!」
いくらなんでも、おふざけにしては乱暴に過ぎる。
しかし、ジタバタと抗議をしても顔面の締め付けは一向に緩まず、代わりに首筋へと添えられたのは……冷たい刃の感触。
「どう、降参?」
……どういう意味なのか、一体何がしたいのか。何もかもが、さっぱり分からない。
だけど、たしかに降参するしかない状況ではある。
これ以上の抵抗は無意味と判断し、僕は大人しく両手を挙げた。
「よし、じゃあ私がリーダーね!」
……こいつめ。僕とローガンが一騎打ちを始めた頃には、半分意識を取り戻していやがったな!
二人で定めた勝利の条件は『最後に立っていること』であって、『最後まで立っていること』ではない。
それに、この馬乗りの姿勢が立っていると言えるのかは、先んじて気絶させられたローガンも交えて審議が必要だと思うけど……
「…………」
この脳筋すらをも超越した原始人には、どうせ何を言っても無駄だろう。
僕は彼女の腕をタップし、やむなくリーダー承認の合図を送った。
すると……
「……お疲れ様。ほんのちょっとだけ、見直してあげてもいいわ」
ガサつく手のひらは僕の顔面を解放し、そのまま頬と髪とを優しく撫でる。
あれだけ頑張っても、ほんのちょっとしか加点が貰えないのか。
……本気で彼女の婚約者になりたい男は、さぞかし苦労することだろうな。
「……ま、どうでもいいけど」
夕闇に沈んだノラの笑顔は、きっと憎たらしいほどに澄み渡っているに違いない。
◇
明けて翌朝。
大荷物を抱えた僕たち三人は、出航時間ギリギリに定期船の甲板へと滑り込む。
……船員たちが堕落してしまわないよう、停泊期間は極々短いのだ。
穏やかな海を進む航海には、特筆すべきことなど何も起こらない。
慌ただしい船内作業を横目に三人で歓談をしているうちに、ボロ船は寂れた港町へと辿り着く。
その寂れた港に降り立ったあと、人気のない寂れた町外れに移動したところで……ここから一人は別行動をとることになる。
「じゃあな、お前らも頑張れよ!」
その一人とは、あの戦いに感化されて再起を目指すことにしたという小太り男。
後ろ向きに手を振りつつ、スキップしながら港を後にしていく。
それを見送った僕は、ローガンに担いでもらっていた大樽をノックした。
「……もういいよ」
念のため、ノラには船員たちに姿を晒さないよう隠れてもらっていたのだ。
……ちなみに、彼女は未だに例の原始人ルック。動き易くて、いたく気に入ってしまったらしい。
「貴方たち、よくそんなにスラスラと嘘がつけるわね……」
ぴょんと飛び出した彼女が呆れているのは、僕とローガンが小太り男と交わしていた会話の内容だ。
あいつには、僕たちの目的地について出鱈目を伝えてある。
つまり……あいつが本当に企図しているのは、僕たちの情報を売り飛ばして得た報酬で再起すること。
あまりにも丸分かりだったので、欺瞞工作に利用させてもらったわけだ。
……わざわざノラを樽詰めにしておいたのは、その工作メンバーから除外する意味合いもあったのは秘密にしておく。
「この程度の謀り事は出来るようになっておかないと、お前さんも後々大変だぞ?」
そう苦笑するローガンも脳筋だけど、さすがに人生経験豊富なだけあって上手く話を合わせてくれていた。
たしかに、彼女にはもう少し頭を使う習慣をつけてもらわないと、僕たちのリーダーとしても……貴族のご令嬢としても、先行きが不安しかない。
「で、本当は何処に行くのよ?ここから真っ直ぐクリスタリア領を目指すわけじゃないんでしょう?」
それについては、船に乗る前にローガンと二人で相談済み。
多少遠回りにはなるけれど、旅の準備と情報収集などのために別方面の街に立ち寄る予定だ。
ぷうっと膨れ始めたリーダーを宥めつつ、僕は慌てて説明を始める。
「えっと、まずはね……」
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