第4話 戦場を席巻する姫騎士の闘志

 たとえノラがどんな覚悟で彼処に立っていようが、おっさん達にとっては小娘が喚いているだけにしか見えない。

 彼女の実力を見抜く目も持っている者もいなかったようで、無謀にも一人ずつ順番にかかる事にしたようだ。


「ここまで楽チンな仕事なら、話は別だ。やっぱり、その緊急依頼を受けてやるぜ!」


 先鋒を買って出たのは、例の小太り男。

 節くれだった木の棒を片手に、悠々とノラの前へと足を進める。


「……ふん」


 一方、ノラはもう挑発は不要とばかりに、一つ鼻を鳴らすのみ。

 ……すでにきっちり意識を切り替え終えており、慢心している様子は窺えない。


「うらぁっ!」


 先手をとったのは小太り男。頭上高く掲げた棍棒を、石槍の穂先目掛けて思いっきり振り下ろす。

 殺さずに捉えるつもりなら、当然の一手。


 だけど、それでは……


「はっ!」


 軽い掛け声とともに翻った穂先は、雑な一撃を難なく回避。

 木製の長柄は流れるように棍棒の持ち手を打ち据えて、形勢は瞬く間に決まってしまった。


「ぐっ! ぐぇっ! ぐわぁっ!」


 痛みに呻くおっさんを容赦なく襲う石突きの乱打は、爪先、膝頭、肩口など、敢えて急所を外しているかのよう。

 体力を温存すべきこの場面で、一気に勝負を決めない理由は……


「……なるほど」


 ノラの狙いはあの小太り男ではなく、周囲のおっさん全員だ。

 存分に実力差を見せつけて戦意を挫き、さっさと白旗を上げさせるのが目的だろう。


 穂先を使わないのも、おそらくその一環。

 血を見ることになれば、堕落したおっさん達と言えども後先構わず襲いかかってくる恐れがある。


 ……その冷静な思考を、どうして平時は発揮しないのか。


「はい、お疲れ様」


 散々に打ち据えられた小太り男は、とうとう頭を抱えて蹲ってしまった。

 その首筋にノラが穂先を添えて、あっけなくも勝負は決着。


 確かな実力差を見せつけたわけだけど……他のおっさん達の戦意はまだ萎えていない。

 小太り男の無様を笑い、次なる挑戦者を決めるべくジャンケンを始めている。

 

 とはいえ、その程度はノラも織り込み済みだったのか、ふうっと一息ついた後にちょいちょいと手招き。


 彼女の下らない出し物は、まだしばらく続くらしい。


     ◇


 さすがに一対一では埒が開かないと悟ったおっさん達は、対峙する人数を二人、三人と増やしていく。

 この期に及んで全員でかからないのは、油断か意地か。あるいは、その両方か。


「……っ!……っ!」


 対するノラは、多少人数が増えたくらいでは苦戦などしない。

 さすがに軽口を叩く余裕はなくなったようだけど、まだまだ元気いっぱいだ。


「おら、もう次は五人くらい一気に行っちまえや!」


 同じく元気いっぱいなのは、一番最初にぶちのめしたはずの小太り男。

 今はその気恥ずかしさを誤魔化すかのように、周囲を徹底的に煽っている。


 ……ノラの大きな誤算は、おっさん達の想像以上の『鈍さ』だ。

 互いの間の実力差をいまいち理解していないうえに、もし彼女が本気を出していれば殺されていたという危機感も持っていない。


 結果、完膚なきまでに負けたおっさん達も、図々しく何度も再挑戦していやがるのだ。


「…………」


 当然、ノラも思惑が外れたことには気づいており、きっちり息の根を止めるべきか逡巡し始めている。

 脳筋の彼女でも、その一線を踏み越えるのは容易ではないらしい。


 彼女がどんな決断を下すのかと固唾を飲んで見守っていると……皮肉なことに、別の理由で事態が動いた。


     ◇


 それは五人のうち四人を片付けて、最後の一人の悪足掻きをあしらおうとした瞬間だった。


「っ!?……たあぁっ!」


 ここまで打擲に防御にと酷使されていた石槍が、穂先の付け根辺りでめきりと折れる。

 すぐさま格闘に切り替えたおかげで事なきを得たものの、ノラの顔は僅かに歪む。


 ……なるべく損耗しないように気をつけていたようだけど、さすがに五人相手ではそこまで気を遣えなかったか。


「どうって事ないわ!」


 これまで打倒したおっさん達の武器がそこら中に転がっているので、代わりの得物に困りはしない。

 数あるそれらの中から、ノラが選んだのは……大振りの鉈。


「…………」


 それを見たおっさん達の空気が、突如すうっと冷え込む。

 石槍を遥かに超える殺傷力を備えた得物が彼女の技量で振るわれれば、どんな事態になるかなんて火を見るより明らか。


 血みどろの死闘への予感に、おっさん達が選択したのは……全員で囲んで畳むこと。

 次第に狭まる包囲にもノラは怯まず笑みを浮かべ、毛皮のドレスで手の汗を拭った。


     ◇


 さすがに割って入らなくては不味いと判断した僕は、藪の中から慌てて立ち上がる。

 同時に、自身の手もじっとりと汗ばんでいたことに気づいた。


「……何をしているんだ、僕は」


 答えなんて、考えるまでもない。

 ワガママ姫の愚行の行く末を、冷めた目で眺めていただけ。


 ……まぁ、手に汗握るほどの熱量は伝わって来ていたけれど。


「うりゃあっ!」


 そのワガママ姫は、今も力を振り絞って奮闘している。

 それも、鉈の峰と柄頭だけで戦うというハンデを自らに課して。


 ……作戦か、意地か、信念か。いずれにせよ、何ともご苦労な話だ。


「……何をしているんだ、僕は」


 改めて自問してみたところで、答えは変わらない。

 ワガママ姫の尻拭いをするべく、やれやれと腰を上げたところだ。


 ……彼女に痛い目を見てもらうという目的は叶った。つまり、全くもって想定どおりの展開。


 なのに……何だ、この言葉にならない悔しさと情けなさは。


「があぁっ!」


 野獣のごとく吠えたノラは、身体を一回転させるほどに渾身の横薙ぎを放った。

 重い刃の軌跡がおっさん達にたたらを踏ませ、ひととき円い無人の空間が出来上がる。


 そして、今度は確固たる意味と意志が込められた咆哮。


「私には、決して譲れぬ目標がある! だから……こんな所で! 貴方たちごときに! てこずってなんかいられないのよ!」


 その強烈な空気の振動は、密林に囲まれた広場を悠々と飛び越え、僕の脳と心臓を激しく揺さぶった。

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