2章-13

俺は今、大金持ちである。

なにせ懐には金貨50枚を超える大金が収まっている。

決闘は、ユレーナまでもが倒れてしまったのでもしかして無効試合かと思ったけど、審判の判定がでた後の事だったのでちゃんと配当を受け取れた。

ちなみにユレーナはまだ宿のベッドで寝ている。

あとでなにか欲しいものを買ってあげよっと。


家は一週間以内に明け渡されるらしい。

ジローパも大変だ。

彼に罪は無いが、こっちにも世界樹再生の使命があるからね。

割り切るところは割り切ろう。


ふと扉がノックされ、誰かが訪ねてきた。

開けるとギルドのスタッフがいて、ギルド長から呼び出しがかかったらしい。

ユレーナを起こそうとしたが、呼んでいるのは俺だけと言われ、首を傾げる。

なんかしたっけ?

あ、魔法バレたとかないよね?

それだとルール違反で勝ち取り消しかも。

急に不安になってきた…


戦々恐々とする中、スタッフに連れられギルド長の部屋へ入ると、当たり前だがディンクさんがいた。


「お呼びですかな、ディンク殿。」


「わざわざ呼びつけて申し訳ない。二人で話をしたくてご足労願いました。」


「いえいえ気にせんでくだされ。して話とは?」


ディンクさんはスタッフにひらひらと手を振って退室を促す。

こういう人を使い慣れてる感って憧れるわぁ。


「まずはおめでとうございます。しっかり稼がれたようですね?」


「たははっ、あ、ありがとうございます…」


ちょんバレやん。

分け前寄越せって言われたらどうしよう。


「オレは酒代くらいしか稼げませんでしたよ。もっと張ってればよかった…」


ギルド長も賭けてたの!?

公然の秘密どころか、参加してんじゃん!

そして儲けてるし!

これ八百長とか言われないよね?


「さて、真面目な話なのですが…ユレーナちゃんをオレに預けて頂けませんか?」


へ?

どゆこと?

全く意図が分からないぞ。


「えっと、それは所謂、嫁に来い的なアレですかな?それなら本人に…」


「いやーオレ嫌われてるみたいなんで無理でしょう!そうではなく、オレは彼女の腕に惚れたのです。あのスピードはA、いやSランクに匹敵します!」


あーそういうことね。

評価してもらえたのは嬉しいけど、でもあれ付与魔法だからなー。

本当の事は言えないし、どう言えばいいだろう?


「えー、そ、それこそ本人次第というもの。ワシがどうこう言うつもりはありません。」


「そこをなんとか、師匠のヨウ殿からお口添えいただけませんか?オレはAランク止まりでしたが彼女なら確実にSランクを目指せるんです!」


「そう言われても本人が決めることじゃし…」


「いやいや、ホントにお願いします!そうだ!ヨウ殿、何か欲しいものはありませんか?なんでも言ってください!」


物で釣ろうとするなよ!

なんか絶対断りたくなってきた。

欲しいものなんかないわ!

欲しいもの、もの?いや、あるな。


「欲しいモノではないんじゃが、世界樹を間近で見たり触ったり出来たりしませんかの?」


「え?世界樹ですか?それは管轄外なので無理…ですが、管理している貴族家ならご紹介出来ますよ!」


すごい!やった!ダメ元で聞いてみたら大当たりだったな!

世界樹に一歩近付けるじゃん!

これでその貴族に気に入られれば、世界樹に触るくらいさせてもらえるかもしれない!

…だけどね。


「まぁ言ってみただけですじゃ。ユレーナ本人の気持ちを確かめてみん事にはなんとも言えぬ。ワシに出来るのは背中を押すことくらいかの。」


俺と離れて強くなりたいと思うならそれも悪くない。

むしろ頑張れと応援するだろう。

アグーラさんやイレーナさんだってきっとそうするはずだ。

俺は独りになるけど、いつまでも一緒って訳にはいかないよね。


「おお!それだけでも充分です!最後の一押しというのはとても重要で、気持ちを固めるのに師匠の言葉ほど強いものは無いでしょう!」


そんなものなのかな?

自分が経験してないからわからないけど、ギルドのトップが言うんだから間違いないんだろう。


「では、ユレーナを呼んできましょう。」


よっこらせと立ち上がるが、慌ててディンクさんがそれを手で制する。


「ヨウ殿はここでお待ちください。部下に呼んでこさせましょう!おーい!誰かユレーナちゃんをここに連れてきてくれ!」


はーい、とドアの外から声が聞こえた。

返事しながら舌出してそうな声だと思ったが、ディンクさんは知らぬが仏だろう。

呼んでくれるというのだから素直に甘えよう。


しばらくすると眠そうなユレーナが部屋に入ってきた。


「すみませんヨウ様、寝過ごしたようです。変な事されませんでしたか?」


変な事ってなに…

俺なにをされるところだったの…


「い、いやワシは大丈夫じゃ。それよりユレーナ、具合はどうかの?なんともないか?」


「はい、大丈夫です!ところでその男に呼ばれたようですが、どうかなさいましたか?」


「ユレーナちゃんにはまだ言ってなかったかな?オレはハンターギルドのトップ、ディンクだ。実は君を…」


「お断りします。」


「はやっ!オレまだ何も言ってないよ!」


「どうせろくでもないことに決まっている。」


「こ、これ!ギルド長に向かってその口のきき方はないじゃろう。」


「まぁまぁ、気にしないので問題ないですよ。

それよりちゃんと話を聞いて欲しい。ユレーナちゃん、オレの元で鍛えてSランクを目指さないか?」


「お断りします。」


「だから早いって!もう少し考えてみてよ!君のそのスピード、さらに磨けばホントにSランクを目指せるんだ!とりあえずやってみようよ!」


「私はヨウ様のお供をするためにここにいる。強いに越したことはないが、敢えて追い求めようとは思わない。」


「ユレーナ、別にワシに気を遣わなくてもよいのじゃぞ?お主の強さは分かっておるから、さらに上を目指すなら止めはせんて。」


「ヨウ様、私は望んでここにいるのです。ヨウ様の隣が私の居るべき場所です。」


「ユレーナ…ありがとう。その言葉を聞いて安心したわい。本当にありがとうな。」


ユレーナの言葉に目頭が熱くなる。


「…やれやれ、振られちまったか。まぁ勝算の低い賭けだったから負けは当然かな。はぁあ。」


ディンクさんは深いため息をつき、ソファに深く座り直した。

顔を覆って天を仰いでいる。

なんか勿体ぶるような事をしてしまった。

背中押すとか言っておきながら、断る言葉を聞いて安心した俺、最低じゃない?


「ま、ダメならダメで切り替えましょう!ユレーナちゃんはまた改めて口説くとしよう。」


「貴様に落ちることはない。」


「分からんじゃないの?そんなの。あいにく諦めが悪いタチでね。さてヨウ殿、さっきの話だが…」


「あぁ構わんよ、こっちでなんとかするわい。」


「いえいえ、ちゃんと援護してくれたじゃないですか。それでも失敗したのはオレの責任ですから。紹介しますよ、例の貴族様を。」


「おお!本当か!?これは助かる!」


なに、めっちゃいい人じゃんギルド長!

うまくいかなかったのにご褒美くれるなんて最高!


「ただ、口実になる実績が欲しい所です。できればAランクハンターとして紹介したい。」


え…俺ハンターですらないんだけど…

今更ハンターに登録したところで、魔法禁止なのにおじいちゃんの俺が活躍出来るはずがない。

俺の魔法は非合法なのだ。


「あ、もちろんユレーナちゃんがAランクになるんだよ?ヨウ殿は師匠という立場があるので問題ないでしょう。」


「無理だな。私はこの前Bランクに上がったばかりだから貢献度が足りない。そもそもなんの話をしているのか分からない。ヨウ様?」


水を向けられたので、さっきの話をしてあげたると、諸手を上げて喜んでくれた。


「流石ヨウ様です!使えるものは蟻すらこうも上手く使うとは!」


「オレを蟻扱いするの、さすがに酷くない?」


俺もそう思う。

仮にもディンクさんギルド長だよ?

いや仮じゃないんだけど…


「ユレーナはお仕置きしてもちっとも堪えんの。」


「お仕置き…ぽっ」


なぜそこで赤くなる。

そういえばこの娘変態だったな。

スイッチが入る前に話を進めよう。


「それでどうすればユレーナがAランクに?ディンク殿が言うってことは方法があるんじゃろう?」


「簡単な話です、Aランクの討伐依頼を単独でクリアすればいいのです。まぁ討伐は簡単ではないですがね。」


「なんだ、そんなことでいいのか。ではヨウ様、早速討伐に向かいましょう。」


「待て待て待て!話聞いてた?討伐は簡単じゃないの!だからAランク指定なの!うっかり突っ込んでヨウ殿に怪我させたらどうすんの!?」


「むぅ、それはまずい。仕方ない、詳しい話を聞かせてくれ。」


俺空気じゃんね。

展開早くて言葉挟み損ねたよ。

俺も行くこと決定してるし。

絶対危ない所だから行きたくないけど、ユレーナの事考えたら一人で行かせたくない。


「今王都にいるAランクハンターは別件で遠征中だから、正直この依頼は国軍に動いて貰おうかと思っていたところだ。既に東の穀倉地帯の村二つが喰われた。」


「喰われた?」


「ああ、喰われた。パイアという白猪のデカい魔物だ。食欲旺盛でなんでも喰いやがる。作物も家も…人も。」


そんな凶悪な魔物だなんて聞いてないよ…

無理だ、危険すぎる。

ユレーナにそんな危ない橋は渡らせられない。

これは断っていいやつだ。


「分かった。ではヨウ様、行きましょう。」


「え?話聞いてた?危険なの、分かる?」


「ヨウ様。お言葉ですがハンターはいつも危険と隣り合わせです。」


それはそうなんだろうけど…

ハンターやってる限りそりゃ危険がつきまとう。

でも、俺の事情に付き合わせて危険な目に合わすんじゃアグーラさんに申し訳が立たない。


うーん、と俺が渋っていると、痺れを切らしたのかユレーナが話を進めてしまう。


「場所の確認をしたい、地図か何かあるか?」


「もち!ちょっと待ってな。」


そう言ってディンクさんは大きい地図を持ってきて机に広げた。

見れば結構詳細に書かれているのが分かる。

伊能なんちゃらさんのように、踏破して完成させたのだろうか。

あ、キールがあった。

ってことはこの辺に…あーやっぱ何にもないことになってるな。


「喰われたのは、ここと、ここだ。次に狙うとすればここの村だが少し遠いから、周辺にまだ潜んでいると考えている。」


「なるほど、よし。地図は頭に入りました、では行きましょう、ヨウ様。」


「分かった、分かった。ただし手に負えないと分かったら逃げるんじゃよ?」


「ヨウ様もいるのです、負けるはずがありません。」


またその妙な自信…

信頼と取れれば気持ちのいいものだけど、いかんせん恐怖が勝つんだよね。

絶対ヤバい魔物だもん。


ともあれ準備は必要なので、昼食の後、買い出しに出掛けることにした。

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