2章-11

次の朝、二階の受付を通ると例の受付嬢に声を掛けられた。

ビクッとしたが、おそらく決闘の事だろうと思い直し、ユレーナと二人してカウンターへ行く。


「二日後に決まったわよぉ。ホントにやるのぉ?」


心配げに見つめられるが、やるのは俺じゃないです。

ひきつった笑顔で曖昧な会釈をし、ユレーナをつっつく。


「もちろんです。手配ありがとうございます。」


「いいのよぉ、決闘なんて久し振りだしぃなんだか滾っちゃってぇ。」


くそっかわいいな!

なんで男なんだよ!

と、そんなことよりも。


「すみませんが、本番までに訓練場をお借りすることは出来ますかな?少しでいいので場を経験させてやりたいのです。」


「そういうことならまかせておいてぇ。今日だったら丁度お昼の時間が空いてると思うわぁ。それでいいかしらぁ?」


「おお、ありがたい。ではお言葉に甘えて今日の昼頃にまたお邪魔します。」


「はぁい、待ってるわねぇん。」


ナチュラルに投げキッスをしてきたので見なかった事にした。

お昼の予定が出来てしまったので、今からでは時間のかかる事はできない。


ひとまず朝食をと一階に降りると、マスターの姿が見えたので、今日はカウンターで食べることにした。


「おはようございます、ヨウ様、ユレーナ様。」


「様なんて、やめてくだされ。調子が狂いますわい。朝食二つお願いします。」


「分かりました、ヨウさん。すぐに作ります。」


マスターが奥に引っ込んで調理を始めたようだ。

朝は客が少ないからかマスター一人で回しているようだ。

その間にユレーナと今日の事を相談する。


「今日は例のを試そうと思ってるけど、ユレーナは大丈夫?」


「もちろんです!今から楽しみで叫び出したい気持ちです!」


うん、一回落ち着こう。

まだ予定を確認しただけだからそんなに顔を赤くして興奮しないで。

朝から鼻血は勘弁だからね。


「細かい作戦については、訓練場で話し合おう。見学がいないといいんだけど…」


「それもそうですね。二人きりになれないかちょっと聞いてきます。」


そう言い残すと、ユレーナはさっさと二階へ走っていった。

二人きりという言葉に反応したのは俺だけみたいだ。


ユレーナよりもマスターが戻ってくる方が早かった。

マスターはちらりとユレーナの席を見て、そのまま給仕した。

今のやり取りを奥で聞いていたのかもしれない。


「ごゆっくりどうぞ」


「ありがとう、いただきます。」


朝食は簡単なもので、バターが塗られている厚めに切って焼いたパンにスープにサラダ。

ドレッシングが無いのはそういう風土なのか、生野菜はそのまま食べるのが普通のようだ。

少しの間ユレーナを待っていたが、戻ってくる気配が無かったので先に食べることにした。

味は普通、サラダも食べたことのある葉物だった。

半ばまで食べ進めた頃、ユレーナが戻ってきた。


「ヨウ様、すみません。訓練場は広く、二人きりというのはできないそうです。


「そっか、残念。でも結構かかったね、問題あった?」


「少しばかり。他に人を入れないのは何か仕掛けをするんじゃないかと疑われたのでぶっ飛ばしておきました。」


「なんでぶっ飛ばすの!?そんな事しませんで済むじゃん!まさかあの受付の人じゃないよね!?」


「ええ、ヨウ様のお気に入りではありません。カウンターの奥にいたのでギルドの職員だとは思うのですが。」


「お気に入りってなんだよ!じゃなくて、スタッフさんに手を出しちゃダメでしょ!ちょっと謝りにいこう!今すぐ!!」


「えーーー。おなかが空いたので食べてからでいいですか?」


この娘はなにを悠長な…

引っ張ってでも行こうとしたら、奥の壁から顔を半分出したマスターが見えた。

泣きそうな顔で「食べないの?」とアピールしてくる。

くそっなんなんだよ!食べるよ!

ドカッと椅子に座り直し、むしゃむしゃと残りを食べ、隣ではユレーナが幸せそうにパンを齧っていた。



「先程はこの娘が大変失礼をいたしました。誠に申し訳程度ございません。」


二階の受付カウンターの奥で顔面に氷嚢を乗せている男性に向かって、俺は平身低頭して謝罪した。

ユレーナは案の定頭を下げないので、無理矢理頭を押さえつけた。


「親御さんですか?いやーなかなか元気な娘さんで。」


「娘ではない、弟子だ。」


「ややこしくなるからちょっと黙ろうか、ユレーナ。」


「はははっ、冗談も言えて美人で強い!これは男が放っておきませんな!はっはっは!」


「冗談ではないし、ヨウ様が私の全てだから男なぞいらん。もう一度ぶっ飛ばすぞ。」


「うん、聞こえたかな?ユレーナ。一回黙ろっか。」


「ほぉ、もう心に決めた男がいるのか!しかしオレはそこらの男とは訳が違う。一度試してみるのも悪くないと思うぜ?」


そう言って男はユレーナの顎を手に取り顔を近づけた瞬間、真横に吹っ飛んだ。


「汚い手で触るんじゃない。触っていいのはヨウ様だけだ。」


「やめいと言うたらやめい!(ビットグラビティ!)」


我慢できず脳天チョップの後、すかさず低級の重力魔法を使ってユレーナを押しつぶす。

ぐえっと小さい悲鳴をあげてユレーナがカエルの干物のようになっている。

なぜか顔は幸せそうだ。

若干気持ち悪い。

師匠っぽく、おじいちゃんっぽく、威厳ある感じで言ってみたがどうだろう。


ひとまず静かになったので飛んでいった男に近寄ると、こちらも伸びていた。

ギルドのスタッフ数名に手伝ってもらって、誘導された奥にある一室に二人を運んだ。

なかなか起きない二人を尻目に、騒いでしまったことを謝る。


しかしスタッフ達は、スカッとしただのざまぁみろだの、男に対して辛辣だ。

この人嫌われているんだろうか…

あ、男が起きた。

と思ったらスタッフが一目散に部屋から出て持ち場に戻っていった。


「いててっ、久し振りに意識飛ぶまでやられたな…」


男は首をコキコキいわせながら呟く。

タフな人だなーと思いながらも、表情を引き締めてちゃんと謝る。


「度々のご無礼、どうかご容赦くだされ。」


言い訳せず、しっかりと頭を下げる。

殴られたらどうしようとか、賠償とか言われたらシルに泣きつこうとか色々考えるが、返事があるまで頭は下げ続けるつもりだ。

しかし予想に反してすぐに声を掛けられた。


「いや、悪いのはオレなんで謝られても困ります。こちらこそ娘さんに、いやお孫さんかな?ちょっかいを出して申し訳ない。」


「とんでもない!手を出したのはユレーナです!あとできっちりと言い聞かせますので…」


「いや、ホントに大丈夫ですよ。というかそのユレーナさんの方こそ大丈夫ですか?まだ起きないようですが…」


ユレーナは床に寝かせてある。

白目で涎を垂らしているので一見死んでいるが、ちゃんと生きていることは確認済みだ。


「ええ、問題ありません。本当に申し訳ありませんでした。」


「もういいですって!しつこいお爺さんだな…とりあえず一服しましょう!ねっ!おーい、お茶二つ持ってきて!」


しつこいって…

それにしてもお茶を頼むとか、偉い人だったのかな?

会社の事はよく分からないけど、課長とか部長とかそんなイメージだよね。

しばらくしてさっき手伝ってもらったスタッフの内の一人がお茶を持ってきてくれた。


「さぁさ、熱いうちにどうぞ。」


「すみません、いただきます。」


「あ、自己紹介がまだでしたね。ギルド長をしています、ディンクと申します。」


ブフーーー!!!

盛大にお茶を吹いてしまった!

ギ、ギ、ギルド長!?

ハンターギルドのトップ!社長!!


正面のディンクさんは無言でハンカチを取り出し拭いている。

はい死んだー、俺死んだー。

切り捨て御免って習ったよ、無礼討ちとも言うんだっけね。


「なかなか面白い反応です、初めてですよお茶を吹かれたのは、あっはっはっは!!」


「へ?あの?」


「どんな反応するかなーと思ってお茶を勧めてみました。騙したようで申し訳ない。こういう性格なんでさっきの事はほんとに気にしなくて結構ですよ。」


予想外すぎるよ!

ちょっとちびったじゃん!

ギルド長ってこういう人でも務まるの!?

失礼なのは分かってるけど、頭の中で考えるくらいいいよね?


「いやーそれにしてもお孫さんは強いですね、ところでなぜあそこで寝てるんですか?」


「はい、スタッフの皆さんにこちらへ運んでいただきました。」


「そうじゃなくて、どうして伸びてるのかを聞いたんですが…」


まずい。

こんな非力な老人がユレーナを倒すのは無理があるぞ。

何かいい言い訳を考えろ!ひねり出せ!


「し、師匠からの愛のムチですじゃ。」


…無理だ!

何も出てこなかった!

所詮俺の頭なんてこんなもの。


「なるほど、愛なら成せます。」


真顔で頷かれたーー!

どうして!?なんでうまくいったの!?

絶対ダメな言い訳だと思ったのに!


「それはそうと、弟子というのは本当だったんですね、失礼しました。あれほどの腕前の弟子を取られるのです、さぞや高名なお師匠様なんでしょう。宜しければお名前を聞いても?」


やっぱりダメじゃん!

なんなのこの人!ペース狂うよ!


「ワ…ワシの名はヨウと申します。別に高名でもなんでもない、ただの田舎の老人ですじゃ。」


「ただの田舎のねぇ、まぁそういうことにしておきましょう。ジローパも今回は勝てないでしょうね、あの娘には。」


「ギルド長殿はこのユレーナが優勢とお考えですかの?」


「ディンクで構いませんよ、ヨウ殿。優勢というか、まずユレーナちゃんが勝つでしょうね。Bランクでも上位じゃないでしょうか。」


「そんなにですか!?この間Bランクに上がったばかりじゃというのに…」


「ギルドのランク分けは、強さもそうですが貢献度による所が大きいのです。恐らくユレーナちゃんも貢献度の関係でCランクに甘んじていたんでしょう。」


やはりユレーナは強かったのか。

Cランク相当の魔物でも余裕だったし、ギルド長もぶっ飛ばしてるし。

ホントはAランクくらいの実力があったりして?

とりあえず起こすか。


「ユレーナ、ユレーナ!起きろ!」


「う、うぅん、あ、ヨウ様…おはようございます、ん。」


とぉぅぅぁぁぁ!

なんでキスしようとするの!!!

あわてて飛び退いたので尻餅をついてしまった。


「ちっ」


確信犯!?

いつからこんな子になったの!?

最初は単なる魔法好きの変な子だったのに!

あ、今も変な子だな、じゃあ元からか。


「熱いねぇお二人さん!そういえば訓練場の方はいいのかい?お昼に予約いれてたんじゃあ?」


「おお、もうそんな時間に?貴重な時間を無駄にはできんからの。」


挨拶もそこそこに俺とユレーナは部屋を飛び出した。

残されたディンクはぽつりと零す。


「ただの田舎のじじいがBランクを一撃なんてできるもんかい…」

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