2章-9

真っ白に燃え尽きた俺は、その後どうやって部屋にたどり着いたのか覚えていない。

おそらくユレーナに手を引かれたのだろう、またしても介護の老人のように。


夕食はユレーナが外に買い出しに行ってくれた。

簡単なものだったが、それでも旅の間よりはマシだ。

いい加減ハンバーガーは飽き飽きだったからね。

お腹が膨れた頃には俺の心の傷も癒えて、しっかりと意識が戻ってくる。


「さっきは助かった、ありがとうユレーナ。」


素直にお礼を言っておく。

危うく道を踏み外す所だったのだから。

そして話は決闘の話へ。


「決闘、ユレーナは自信あるの?」


「はい!ヨウ様の前で負けるなどあってはならないことです!」


「でも相手もBランク、楽な試合にはならないと思うよ?なにか秘策でもあるの?」


「ありますが、それにはヨウ様の魔法が必要です。」


「え!?魔法頼りなの!?んーまぁ俺の使命のために頑張ってくれるんだから俺は構わないけど…ルールとか大丈夫?」


「ええ、そもそも魔法が法律で禁止されているのでルールに明記する必要がありません。」


「それって結局ルール違反じゃん!」


「いえいえ、魔法でやっつけて欲しいのではなく、私に付与魔法をかけていただきたいのです。」


付与魔法?

あー習った気がする…

バッグを手繰り寄せ、中から魔法ノートを取り出してパラパラとめくっていく。

あった、付与魔法。

『対象に様々な効果を付与することが出来る魔法。例)剣に火魔法、矢に風魔法、人に力倍増、など』

うん、すっかり忘れてたね。

確かこれは込めるマナに応じて効果が増減したはず。


「低級レベルの付与なら光らないからたぶん平気だけど、ほんとに使っていいの?」


「問題ありません!勝てばいいのです!」


「まぁユレーナがそういうならいいけど…てっきり正々堂々と戦いたいのかと思ったよ。」


「名誉のためならそうですが、今回は目的が違います。予定を狂わせるわけにはいきません。」


前も言われたことあるけど、ユレーナって結果重視だよね。

結果良ければすべて良しっていう。

まぁ悪いことではないけど、淡白な感じがする。


「そういうことならいいよ。当日は近くにいれるのかな?低級だと効果時間も短いから試合直前にかけてあげたいんだけど。」


「分かりました、交渉しておきます。」


ギルドとの交渉はユレーナが請け負ってくれた。

俺はあの受付にはもういきたくない。

それから今後のことを話し合い、少し早いが休むことにした。

幸いベッドは二つある。

特に何か起こるわけでもなく、夜は更けた。


翌日は朝からユレーナが受付で昨日の事を相談した。

交渉はうまくいったようで、ギリギリまで側にいてもいいということになった。

ちなみに会場は、一階の酒場の裏手に訓練場があるので、そこで行われるらしい。

対戦相手はジローパという双剣使いということだ。


ジローパについての情報が欲しかったので、一階の酒場で情報を集めることにした。

昼間は食堂になっている。

テキトーな席に座り給仕の子に朝ご飯を頼んだ。

しばらく待つとパンとスープを持ってきたので、少し話を聞いてみる。


「去年Bランクに昇格したジローパ殿をご存知かな?」


「ええ!知ってますよ!去年フォレストボアを単独撃破して昇格されました!ただ街の評判は良くもなく悪くもなくって感じでしょうか?」


「え、人気とか出ないのかの?Bランクはそこまで多くないじゃろうに。」


「そうなんですが、Bランクになったことで天狗になったというか…最近は討伐にも何かと理由をつけて参加されていないとか。」


そういう人もいるのか。

まぁ成功して身を持ち崩す人っていうのはどの世界にもいるものかのかもね。


「強いですか?」 


ユレーナが単刀直入に聞いた。

目の前の美女にそう言われ驚いたのか、しばしの間があった。


「強い、というか速い、というのがハンターさん達の意見みたいですね。足さえ止めれば勝てるみたいなことを言ってた人がいたので。」


双剣といえば確かに手数勝負なイメージがある。主にゲームなんかで、だけど。

周りにそう見られるってことはそこまで圧倒的な強さはないのだろう。

俺は何となく安心したが、ユレーナは違った。


「面白い、では速さ勝負だな。」


え?ユレーナさん?

相手が速さなら、こちらは一撃を重くするとか、防御に徹して疲れるのを待つとかじゃないの?

おーい?


「ふふふ、私は神速のユレーナ…ふふふ」


あ、ぶっ飛んでらしたのね。

なんか二つ名が付いてるわ。

まぁ戦うのはユレーナだからユレーナの思うように魔法はかけるけど…負けないでよ、ホント。


だらだらと朝食を食べた後、街を見て回ることにした。

平民街は活気に満ちていて、どこに行っても威勢のいい声が聞こえてくる。

昨日の高台に登って世界樹を見たが、昨日の今日で何が変わるわけでもない。

見える所にあるだけに、早くたどり着きたい気持ちに駆られ、思わず溜め息をつく。


「どうかなさいましたか?お爺さん。」


一瞬、お爺さん呼ばれてるよって思ったけど、よく考えたら俺だった。

振り返ると修道服を身にまとった女性が、手を組んで俺を見ている。

綺麗なひとだなぁ。

ぼーっと見とれているとユレーナから突っつかれる。


「ヨウ様?」


「あ、ああ、いや、なんでもないですじゃ。ちょっと世界樹を見ておっただけです。」


「まぁそうでしたか。今はあのようなお姿をされていますが、その昔は大きな枝を広げ、緑の葉と幸せのマナを振りまいたとされています。なんと素晴らしいことでしょう。」


「く、詳しいですね。」


「詳しいという程ではありません。教義の一部を抜粋しただけで…世界樹にご興味がおありですか?」


「興味というか、いやまぁそうですね、興味があって世界樹について知りたいと思っています。」


「まぁ!では是非教会にいらっしゃってください!立ち話で済むほど聖樹様は浅くないんです!さぁ参りましょう!」


おおぅ、ぐいぐいくるなこの人。

ユレーナもたじたじで、止めていいのかどうなのかちらちら俺を見て確認してくる。

宗教っぽいけど、今は世界樹の事を知りたいしついて行こう。

ユレーナにもそう告げ、一緒に教会へ行くことになった。


「ここが聖樹教会です。」


案内してもらったのは鋭角なとんがり屋根の教会だった。

かなり大きくて立派な建物だ。

元の世界のなんちゃらファミリアというのに似ているような気がする。

中に入ると、ステンドグラスだろう色とりどりの光が窓から降り注いでいた。


「ほぉぉ…これは綺麗じゃのぉ…」


思わず溜め息が漏れる。

ユレーナは興味がないのか特に反応はない。


「そうでしょう?私にはこの七色の光すらも聖樹様のお力の一つだと考えております。」


「そ、そうですか」


いや、光はお日さまの光で、色が付くのはステンドグラスのお陰なんだよ、なんて言わない。

宗教を語る人に意見したらダメなんだって、ばあちゃんが言ってた。知らないけど。


「申し遅れました、私はシウと申します。この聖樹教会でシスターをしております。」


「ワシはヨウといいます。こっちはユレーナ。世界樹を見てみたくてキールから来てしまいました。」


「まぁ!遠いところからお越しだったのですね!敬虔な教徒には聖樹様もあまねく救いの光をもたらして下さいますわ。あなた方にマナの加護があらんことを。」


「い、いや、ワシ等は別に教徒ではないんじゃが…世界樹、聖樹様ですかな?その事を教えていただきたいのですが。」


「あら、私ったら早とちりして失礼しました!そうでした、聖樹様についてお知りになりたいのでしたね。少し長くなりますが宜しいですか?」


そう断りを入れてから、シウさんは世界樹の歴史について話し出した。


世界樹はこの世界を創世し、維持している神なる存在。

その歴史は千年とも万年とも言われている。

枝葉を生やし、伸ばし、全てを包み込む。

全ての命の源は世界樹。

人も獣も魔族も、魔物でさえも。

世界樹からすれば全て我が子、神の子達。

故に平等にマナの光をもたらす。

人にも獣にも魔族にも、魔物にすらも。

世界樹は世界の理。

理から外れたとき、世界樹は力を失い枯れる。

業が深いのは人か獣か魔族か魔物か。

正さねば世界樹が枯れる。

世界樹が枯れれば世界が終わる。

正さねば世界が終わる。

正せるのは世界樹から祝福を受けた聖樹教会のみ。

聖樹教会でマナの祝福を受け、幸福な毎日を。


俺は話を聞いている間、何かヒントはないかとシウさんの話を掻い摘まみ、白紙の紙に書き殴っていく。

話すペースが早いんだよシウさん。

学校の授業だとこっちがノートに取るのを待ってくれてたのに!

一応要所は押さえたつもりだけど、話が長すぎて正直チンプンカンプンだ。

ユレーナは隣で船をこいでいる。


たっぷり二時間は話を聞いただろうか。

ようやく終わりが見えたので、ユレーナを肘でつつきながら、すかさず口を挟む。


「いやぁ、よく分かりました。ありがとうございます。」


「あら、もうよろしいの?まだ半分も聖樹様の素晴らしさをお話出来ていないのに…」


「いえいえ、とんでもない!年寄りはじっと座っとるのが辛いもので、この辺りで失礼させていただくとしますわい。」


「お爺さん、腰がお悪いのかしら?宜しければマナの祝福をお授け出来ますよ。ご寄付をお願いすることになりますが。」


祝福?さっきの教義にもでてきてたな。

祈祷的なやつかな?

元の世界の、神社のお払いを想像した俺はモノは試しとお願いすることにした。

寄付は銀貨1枚。

相場が分からないから、適当だ。


「まぁ、こんなに!?ありがとうございます。きっと聖樹様からの祝福にも還元されることでしょう。」


寄付の金額で効果が変わるの?

どっからどう見ても怪しい宗教じゃん。

どこの世界にもいるんだなぁと変に感心してしまった。


「それでは…」


シウさんは息を整えて俺に向けて手をかざす。

俺は何をされるのかと不安になりながら、じっと薄目を開けてシウさんを覗き見ている。


「キュア!」

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