2章-7

森の奥から出てきたのは二頭の狼だった。

薄緑の毛がフサフサして綺麗だ。

尖った牙を剥いてこちらを睨んでいる、こちらというか俺だな、狙われてるの。

俺は美味しくないぞ!


「グリーンウルフです!素早いので注意してください!足止めした方がいいですか!?」


「大丈夫、やってみる!危なくなったら助けて!」


「承知しました!」


先手必勝!

前の戦いから、オーバーキルにならないよう魔法を選ぶ。


「ウインドカッター!」


突き出した両手から、それぞれ一陣の風の刃が飛び出した。

と思ったら一瞬でグリーンウルフに到達し、二頭の首を同時にはね飛ばした。


……


「ふぉぉぉぁぁぁぁああ!素晴らしい!一瞬でグリーンウルフを倒すとはさすがヨウ様です!たまりません!」


一体なにがたまらないのだろうか。

考えないようにしよう…

しかし自分の魔法の威力に驚いた。

ウインドカッターは低級の風魔法だから、エナジーヒール並みのマナ消費である。

つまり殆どマナは使っていない。

それでこの威力だから、前回どれだけオーバーキルだったんだって話で。


「ユ、ユレーナ?グリーンウルフってどの位の強さなの?」


「はぁはぁ…そ、そうですね。ハンターランクでいうとCランクでまともに戦える程度でしょうか。素早いので厄介なのです。」


それを一撃か、我ながら恐ろしいな魔法って…

あ、どっちも魔石が出てる、ラッキー!

魔石は灰色がかっていて、ウッドマンの時とは明らかに色が違う。

これは幸先いいスタートなんじゃない?


それからはしばらく魔物に出会わなかったが、夕暮れ時になり、名前だけは知っていたマッスルームに遭遇した。

両腕で力こぶを作ったような外見で、本当に筋肉モリモリに見える。

他の魔法の効果も試してみたかったので、ユレーナに少し開けたところに誘導してもらい、マイナーファイアで倒した。

単なる着火魔法なのに、しっかりとマッスルームは燃え上がりそのまま炎と共に消えた。

魔石がまた落ちている。

ウッドマン同様、ほぼ黒い。

ユレーナは興奮して顔が赤い。


「ヨウ様!素晴らしいです!やはり魔法で倒すと確実に魔石になるのではないですか!?ウッドマンの時もそうでしたが、マッスルームも魔石になることは殆どありません!」


そうなの?

でもまだ数が少ないから…

そうだったら嬉しいけど、もう少し倒して確かめなきゃね。

マナは少ししたら回復するし、そもそも低級の魔法しか使わないからマナが減ってない。

数はこなせるだろう。

ただ、肝心の魔物とあまり出会わないのがね…

エンカウント率っていうんだっけ。


結局それ以降魔物とは出会わず、また街道近くまで戻って野宿した。


翌日はさらに森の深くまで行く。

かなり遠回りになるが、魔石のことを確かめたいし、オリジナル植物に出会えるかもしれない。

そして、ついにその時が!


「何コレ!?青い実が鈴なりになってる!ノシラン?いや、ジャノヘビでもない…葉っぱの形が全然違うからブドウでもない。うわー!なんだ!」


一人で興奮していると冷めた口調でユレーナから答えを聞かされる。


「ああ、パナの実ですね。酸っぱくてしばらく痺れますが、食べられなくはないですよ。取りますか?」


いや、痺れるって…

ダメじゃん、ほぼ毒じゃん、それ。

痺れの程度知らないけど。

でもせっかくのオリジナル植物、ノートに写生しておく。

ノートといってもただの綴った紙束だけど。

これは俺の秘密のオリジナル植物ノートだ。


写生も終わったので、物は試しと取ってもらったパナの実を小さくほんの一齧りだけしてみた。

思ったより甘い!

しかし痺れが酷い。

呼吸困難まではいかないけど、神経麻痺に、手足の痺れ、あと立っていられなくなったから、自律神経に作用してるか血圧降下って所かな。

一齧りでこれなら知らずにいくつか食べたら死ぬな、コレ。

急いでアグーラさんから一本だけ持たされた解毒ポーションを飲んだら、2,3分位で痺れが取れた。

魔法ポーションを使ったことがないけど、こんなにすぐ効くんだね回復ポーション。

これはかなり有用だ。

そりゃ価格差を考えたらハンターギルドが欲しがるだろう。


復活して、歩いているときに思い出した。

さっきの痺れ、解毒魔法を使えばよかったと。


ユレーナは方向感覚が優れているのか、ハンターなら皆そうなのか、不思議と森でも迷わない。

休憩するときは一旦森から出るのだが、すんなり戻れる。

何度目かの休憩の後、ウッドマンに遭遇。

サクッと倒すとやっぱり魔石が出た。

それよりもここに来てようやく魔法に慣れたのか、ユレーナが異常な反応を示さなくなった方が収穫かもしれない。

低級の魔法だと光らなくなったからかな?


その後はダークマッスルームという魔物と戦ったが、見た目が黒くなっただけで、やはり一撃なので何が違うのかよくわからない。

魔石も出た。


その次はレッサーグリズリーという熊の魔物と遭遇。

Dランク位らしい。

今度はユレーナに倒してもらったら、魔石は出なかった。

因みにウッドマンもマッスルームも最低のFランク相当だそうだ。

そりゃあ基本害のない魔物だもんね。

取りあえず魔石の件は、魔法で倒せば確実に魔石になるって事で結論づけた。

帰ったらシルに報告だ。


それからも同じ様に狩りを続けながら進む。

予定の半分である五日目に街道に出て、道を行く商隊にここがどの辺りか聞いたが、まだ1/3ぐらいしか進んでいなかった。

思っていたより遠回りになったみたいだ。

急ぐ旅ではないけど、あまりダラダラ進んでもしょうがない。

低級魔法はこっそり使えるようになったし、距離を稼ぐためにもこのまましばらく街道を歩くことにした。


その日、街道の脇で野宿の準備をしていると、近くで野営していた商人から声がかかった。

まだ店を持たない行商人らしく、名をモンドといった。

主に香辛料を取り扱っているようで、荷台を見ても余裕があり、荷は余り多くないように思えた。


「お一人で行商ですか?さすがに危ないのでは?」


「いえいえ、ちゃんと護衛を雇っていますよ。ただ、夜は警戒のために周囲を見回った方が安全らしく、今回ってもらっています。」


近くにいる方が良さそうだけどなーと思いつつ、そんなものかと考え直す。

ユレーナは耳をすませて警戒しているのか、集中した様子で周囲を窺っている。

モンドは話し好きのようで、こちらが合いの手を入れるだけで延々としゃべり続けた。

お陰で今は胡椒と砂糖がアツい事を知った。

うん、どうでもいい。

モンドさんは今回の行商の儲けによってはロイスに店を構えるつもりらしく、気合いが入っていた。



昨晩は遅くまで話に付き合わされ、少し寝不足だ。

ユレーナも同じみたいで眠そうに欠伸を連発している。

一方モンドさんは元気一杯で挨拶してきた。

昨日は会えなかった護衛と挨拶したが、なんともぶっきらぼうな返事をされた。

人嫌いなのかもしれない。


先に出発したモンドさんを追い掛ける形で俺達も出発する。

それから五日かけて街道を進んで、かなりの距離を稼ぐことができた。

おそらく王都まであと三日もあれば着くというところ。

ここからまた魔物を倒すために森に入りつつ進んでいく。

王都に近い森ではかなりの数の魔物が出た。

と言っても群れているわけではないので、簡単に倒していき、魔石を得る。


しかし次の日、俺はこの世界で初めての衝撃を体験する事になる。

死体だ。

ユレーナが最初に気付いたが、特に気にする風もなく近付いたので、何かと思って不用心に近付いた。

幸いそこまで近くに寄ることなく気付けたので、吐いたりはしていない。

でも衝撃だった。

だって死体はモンドさんだったのだから。


ユレーナが確認した限り、魔物にやられたわけではなく、刃物で斬りつけられ亡くなったようだ。

おそらく盗賊の仕業だろうと。

所持品もなく森近くに遺棄されたモンドさんは

亡くなってから三日は経っているらしい。

ユレーナにお願いして土葬してもらった。

何もないのもかわいそうだったので、枯れ枝を差して墓標代わりにして手を合わせた。


ふと確かめたい事があり、一直線に街道に戻る。

案の定、近くに荷馬車が一台放置されていて、

荷台は空っぽで、御者台には血痕が残っていた。

俺は改めてこの世界の怖さを知った。

魔物は倒せる。

だって魔物だから。 

盗賊は倒せない。

だって人だから。

幾ら自分の命がかかっているからって他人の命を奪えるか?

俺の答えはノーだ。

少なくとも今は。

そんな勇気も覚悟もない。

しばらくそのまま立ちすくんでしまっていた。


ユレーナは側にいた。

もしかしたら何も考えていなかったかもしれないが、それでも俺は救われた気がした。


「ありがとう、ユレーナ。もう大丈夫、さぁ行こうか!」


「はい!」


ユレーナは元気な声で応えてくれた。

俺のぐじぐじした気持ちを吹き飛ばすかのようだ。

また森に入り、魔物を倒す。

精度は落ちてるしマナ消費も上がってる。

魔法を使う度に体が淡く光る。

ユレーナはやはり体が光るのに反応するようで、下手になっているにも関わらず、素晴らしいだの素敵だのと褒めてくる。

この平常運転につられたのか、魔法の精度は徐々に戻っていき、夜になる頃には殆ど体は光らなくなった。


「ユレーナ、盗賊にああして殺されてしまうことはよくあるの?」


「そうですね、よくあります。普通は行商人でも何人かが組んで商隊として移動します。今回は一台でしたし、護衛が盗賊と通じていた可能性があるので残念だったとしか…」


やっぱりよくあることなんだ。

さっきまで凪いでいた気持ちも、またざわめき出す。

きっと商人だけじゃない。

家族連れとかが標的になった場合も例外はないだろう。

その先にモクロやリリアがいるのかもしれない。


夕食のハンバーガーは味がしなかった。

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