第29話 筒磨き④
「おぉっ」
トイレの姿見の前で、俺はかつてないほどの感嘆の声を漏らした。
目の前に映っているのは制服から服装をフルチェンジしてケタ違いなオシャレさを手に入れたスーパー筒乃宮の姿。
なお、さらにオシャレになってスーパー筒乃宮スリーになった時は長髪の金髪になる予定。
そうなったらかめはめ波ぐらいは撃てるかな、などと思考が違う路線にズレかけたので、俺は慌てて我に戻る。そして意気揚々とした足取りでトイレを出た。
「いいじゃんツッチー! すっごくカッコいいよ!」
生まれ変わった俺を見て、西川大先生も黄色い声をあげる。うん、やはり悪い気はしない。こうやって学校でも人気のある女子から『カッコいい』と言ってもらえるほどに、今の俺はイケてる男になっているのだろう。
その自信と西川と親しくなった証も兼ねて、「今の俺だったらジェニーズ事務所ぐらいなら入れるかな」と冗談を言えるほどにはなったのだが、その言葉を聞いた直後彼女が本気でドン引きしたような目で見てきたのでどうやら俺の思い違いだったようだ。
その後、俺の服と靴が一通り揃ったということで、残った金券を使ってオシャレにスタバでカフェタイムをしてみたり、西川先生も自分の服を買いに行きたいと言い出したのでレディースショップに足を踏み入れたりして時間を過ごした。
結果、大森が身体を売って(おそらく)手に入れた金券は気付けば華麗さっぱりになくなっていた。
「だはぁ……疲れた」
制服が入った紙袋やら女もののセクシーな服が入った紙袋やらをベンチに置いて俺も一緒に腰掛けると深い息を吐き出す。よく来るショッピングモールとはいえ普段とは違う経験の連続だったので、俺の両足はクタクタだった。
「ちょっと、女の子と一緒に遊びに来てそのセリフはないんじゃない?」
知らぬ間に買ったクレープ片手に隣に座ってきた西川が、そんな言葉と共に俺の顔を睨む。
「ち、違うってそういう意味じゃなくてこれはだな……」
どうやら服装のセンスが上がっても言葉のセンスは上がらないようで、ついポロリとこぼしてしまった言葉の言い訳をしようと口を開くも、「はいはい」と西川に軽くあしらわれてしまった。
「べつに気にしてないから良いですよーだ。私こんな見た目と性格だし、よく男子から似たようなこと言われるしね」
言葉はムスっとしながらも、別にこれといって気にしている素振りもなくパクリとクレープを頬張る西川。
大森といい西川といい、自分に自信を持っている人間はこうやって自らの欠点をも堂々と言えるから凄いと思う。
俺だったら出来るだけ良く見せようとか悪いことは言わないようにしようとか思考が働くのだが、西川たちはきっとありのままの自分を受け入れているのだろう。
疲れた身体でそんなことをふと考えていたからだろう。俺は珍しく思ったことを口にする。
「いやそんなことはないって。西川ってよく色んなことに気付くし、さりげなく会話のフォローとかもしてくれるだろ? 今日だって俺にわざわざ合わせて好みの服選んでくれたりとかさ。この前四人で遊びに行った時も川波が一人ぼっちにならないように話しかけてくれたりもしてたし。やっぱモテるやつってそーいうとこが違うんだなって勉強になった」
だから西川は凄いよ、と俺は柄にもなくスムーズに褒め言葉を述べる。まあ俺がこんなことを口にしたところでどうせ、「ツッチーのくせに生意気」とか笑われるんだろうなーと思いながら。
けれども意外にも西川からの返答は何もなく、俺は「え?」と声を漏らして彼女の顔を見た。すると何やら西川は少し頬を赤くして驚いたような表情を浮かべて固まっているではないか。
「ちょっと……急に変なこと言わないでよ」
「変なことって、俺はけっこう真面目に言ったぞ?」
想定とは違う西川の反応に俺も戸惑いつつも、ちょっとムキになって反論する。すると相手は「なんか調子狂うな」と一人ぼそぼそと呟きながら、制服の胸元を掴んでパタパタとあおぎ始めた。
「やめてよね。そういう不意打ちみたいなこと言うの」
「……」
俺としては誠心誠意の褒め言葉のつもりだったのだが、どうやら西川にとっては違っていたようだ。いやマジでむずいって、女心。
そんなことを一人思い黙って西川のことを見ていると、「何よ?」と今度はギロリとした目で睨まれたので俺は慌てて顔を逸らした。
「あんた私が照れたからって、調子乗ってんじゃないわよね?」
「の、乗ってないって! ってかなに、さっきの照れてただけなの?」
再びポロリと口にしてしまった言葉はどうやらNGワードだったようで、「んなわけないでしょ!」と肩を叩かれてしまった。いや照れ隠しにしては暴力過ぎるだろっ!
なんてことを心の中で思うも口にすれば今度はもっとすごいパンチが飛んできそうなので、ここはお口チャックとする。すると少しは余裕を取り戻したのか、西川がいつも通りの口調で口を開く。
「まあツッチーも私とこうやって遊べたんだから少しは女の子に対して免疫できたでしょ」
「免疫って……まあ確かにちょっとは慣れたよな」
それが相手からの圧力によっての麻痺なのか、それとも純粋に俺の経験値がアップしたからなのかはわからないが、たしかにこうやって西川と話すことにほとんど抵抗は無くなっている気がする。
すると俺の言葉を聞いた西川は、「ツッチーのくせに生意気なこと言うじゃん」とやっと俺が予想していた言葉を口にしたかと思うと、何やらニヤリとした不気味な笑みを浮かべる。
「じゃあツッチーがどれたけ免疫ができたかチェックしよう」
「は? チェック?」
意味不明かつ良からぬ言葉が耳に届き、俺が訝しむ目で彼女の顔を見た時だった。
半開きに開いていた自分の唇が突如柔らかい感触によって塞がれる。
「――っ!?」
突然の出来事に思わずフリーズしてしまう俺。そして鼻腔と唇をくすぐるのは意識がとろけてしまいそうなほどの甘い香り。
何を血迷ったのか西川は俺に突然キス……ではなく、俺の口にクレープを突っ込んできたのだ。
「ば、ばびぶんばよっ!(な、何すんだよ!)」
ムシャムシャとクレープを頬張りながら、慌ててそんな言葉を口にする俺。すると西川から「ちょっと、食べてから喋りなさいよ」と怒られてしまったので今度は急いで飲み込む。
「おいっ、いきなり何すんだよ!」
「何って、私のクレープあげただけじゃん」
動揺する俺が怒った口調で言葉を告げるも、けろりとした顔でそんなことを言ってくる西川。
「クレープあげただけって、これじゃあまるで……」
俺は自分の言葉に急速に勢いを失っていくのを感じながら、西川が手に持っているクレープをちらりと見る。もはや半分ほどしか残っていないそれは、さっきまで西川が食べていたものだ。
つまり……これは……
無意識に彼女の唇に視線を向けてしまい俺は慌てて顔を逸らした。するとそんな挙動不審な自分の姿を見て、西川が突然ぷっと吹き出す。
「あははっ、ツッチー照れてやんの。どうせ私と『間接キス』できたとかエロいこと思ってんでしょ」
「ば、バカヤロウっ! 俺がそんなこと思うわけないひゃろっ!」
勢いよく放った言葉は言葉はものの見事に噛んでしまい、さらに笑いと俺への疑いの度を増してくる西川。くそっ、俺は認めねー。これが自分の『初間接』だなんて認めねーぞっ!
絶対認めないからなっ、なんて主張を鋭い視線に滲ませて相手を睨むも効果はなく、けらけらと笑い続けていた西川が再び口を開く。
「べつにそんなに怒ることないじゃん。仲良かったらこれぐらい普通でしょ」
「……」
そう言われてしまうとこちらとしては反論できないわけで。どうやらリア充たちにとって間接ほにゃららは日常茶飯事の出来事らしい。……って、どれだけ盛ってんだよお前ら。
自分はそんなケダモノでもなければこんなことでは動揺もしないっ! と心の中で叫びつつもやっぱり視線は西川のぷるんとし潤んだ唇が気になってしまう。
するとそんな俺を見て彼女がわざとらしく呆れたようなため息をつく。
「やっぱりまだツッチーにこんなやり取りは早かったか」
「おい待て西川。俺にとってこれぐらい何ともない。むしろ普通だ」
「ふーん。だったらもう一回食べてみなさいよ。ハイ」
そう言って西川はあろうことか再び俺の口元へとクレープを近づけてきたではないか。その瞬間俺は慌てて顔を逸らす。
「やめろ西川! 俺はもうお腹も心もいっぱいいっぱいだ!」
「へぇ、私の食べてたクレープ食べて心もいっぱいになったんだ。これは川波さんに悪いことしたなぁ」
俺の揚げ足を取ってくる西川はそんなふざけたことを言ってくると、今度は自分がクレープに口をつけてニヤリとした笑みを浮かべる。
本当はさすがの俺も「あんまりおちょくるなよ!」と強く言いたいところなのだが、相手が西川だけに大森の時のように反論ができない。
すると俺をイジることに快感でも覚えたのか、口に含んだクレープを飲み込んだ西川が再び攻撃を始める。
「この程度で動揺してたら、川波さんと付き合った時にちゃんとリードできるかマジで心配」
「……」
その意見には悲しいことに、俺もごもっともだと思わず頷きそうになり慌てて止める。
事実初のホームセンターデートの時には道案内どころか段差一つ乗り越える時まで川波にリードされていた男。
それがもしも彼氏彼女の関係になり、間接うんぬんではなく直接うんぬんするようになった時、果たして俺は男として機能するのか?
そんな恐怖が顔に出てたのか、隣で俺のことを見ていた西川が呆れたような声を漏らす。
「これはファッションだけじゃなくて、他のことでも色々と調教が必要か」
「おい、その言い方は語弊があるぞ。だいたい服はともかくとしても西川が他のことまで教えられるのかよ」
「そりゃもちろんツッチーと違って私の方が恋愛については色々と詳しいに決まってるじゃん。なら試しに付き合ってみる?」
「おおいっ、マジでやめろ! そういう冗談はマジでダメだ。女子に免疫がない日陰暮らしの男はな、そういう言葉でコロッといっちゃうからな」
思わぬ西川の「付き合ってみる?」発言に、冗談だとわかりながらも心拍数を急上昇させてしまう俺。
そんな自分の反応が彼女に取ってはよほど面白かったのだろう。
結局その後三十分間はみっちりと西川からイジられてしまうことになり、俺たちは夫婦漫才ならぬカオス漫才をショッピングモールのベンチで繰り広げていた。
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