第34話 決行

 すっかり陽が落ちて辺りが暗くなり始めた頃。

 渉と純也、一葉の三人は、五色学園高等部の正門前に来ていた。


「さみーな」


 純也が体をぶるりと震わせると、少しでも体温を逃さないように、羽織っていた黒のモッズコートのファスナーを首元まで引き上げた。

 また一段と気候は冬型になり、今朝から白い粉雪がちらついていたが、夜になって雪は徐々に強く降り始めていることが、正門を明るくしている街灯の光で分かった。

 渉のダッフルコートに雪が触れては染み込んでいく。


「静かですね」


 一葉が言った。震える唇から白い息が吐きだされる。

 下校時間もとっくに過ぎ運動部の気合の籠った声も聞こえない。生徒はとっくに帰宅しているのだろう。門から見える校舎の明かりが頼りなく光っていた。


「この時間は生徒はとっくに下校していますし、ほとんどの先生も退勤している時間だと思います」

「ただ、正門近くには警備員がうろうろしてるか……」


 純也の視線を辿ると、なるほど警備員と思われる影がうろついていた。


「どうすんだよ?」

「大丈夫です。向こうに行きましょう」


 純也の疑問にこたえるべく渉は正門から立ち去り、東の方へと歩き始めた。校舎をくるりと取り囲むような塀を伝って進むと、開けた場所が現れた。


「駐車場……ですか?」

「そうです。ここは教職員用の駐車場なんです」

「こんなところにあったのか」

「駐車場を抜けた奥にあまり使われていない出入り口があるんです。そこから出入りができます。鍵、持ってきたんで」


 渉はポケットに突っ込んでいた鍵を二人に見せた。


「本当に持ってた。学校にあったんだろ? バレなかったのかよ?」

「なんとか。この鍵は緊急時に使うことも想定されているんで理事長室にあるんですよ。だから、母さんが席を外している内にこっそり持ってきました」

「大胆だな」

「僕もびっくりしてます」


 渉はへらりと笑った。こんなに大胆に行動したことなんて今までなかった。

 けれども、今は仲間達とともに行動していることに勇気を与えてもらっているような気がしていた。

 渉たちは駐車場の奥へと進み、あまり背の高くない鉄製の扉を見つけた。

 渉は鍵穴に鍵を差し込みかちゃりと回した。カチンと鍵が開いた音がする。

 渉は後ろにいる二人に視線を送るとお互いこくりと頷きあい、扉をぐっと押して開けた。

 扉の奥へ進むと確かに学校の内部で、薄暗いながらもドーム型が印象的なカフェテリアや体育館が見えていた。渉と純也には見慣れた建物だった。


「どこへ向かえばいいんですか?」


 渉と並んで歩きながら一葉が質問した。


「旧棟って言って規模の小さい建物があるんですけど、そこの二階の部屋です」

「二階……?」

「そこに昔の保健室があるんです。そこに向かっています。確か左から数えて三番目だったかな」

「三番目……」


 一葉が少し考えるそぶりをした。それに関わらず渉は一葉を呼んだ。


「あそこにドーム型の建物があるんですけどそこを通ると近道なんです。行きましょう」


 樹木が植えられている花壇を抜けると、ドーム型が印象的なカフェテリアが見えてきた。カフェテリア前にある通路を横切ろうとした時、人影が現れた。


「遅い時間にどちらへ行かれるんですか?」


 二人はひゅっと息を飲んだ。ぐっと肩に力が入り、体が固まる。

 人影は二つ。申し訳程度に照らされた照明の下に白衣を着た男が二人現れた。

 一人は物腰が柔らかそうな、しかし食えない笑顔を浮かべている男で、もう一人は体躯の大きい目つきの鋭い男だった。


「あ……!」


 渉は短い声を上げた。ぎりりと奥歯を噛み締める。


「……もしかして怪しい二人組ってこの人たちですか?」

「そうです。メンタルケアを担当する精神科医の月島先生と竹橋先生」


 渉の背中に嫌な汗が流れた。見つかるには早すぎる。


「下校時間はとうに過ぎている。帰りなさい」

「それくらい大丈夫ですよ。理事長の息子なんでこの時間くらいは平気です」

「それはいけない。学校の安全面を考えてはどうです?」


 食えない笑顔を浮かべながら旧棟へ向かう道をやんわりと防いでいるところ見ると、これ以上の侵入は許さないと告げているようだった。


「どうして邪魔をするんですか? あんた達は本当は何者なんですか!?」

「答える必要はない」


 渉の問いはバッサリと切られた。しかし、ここで挫ける訳はいかない。

 渉はぐっと足に力を入れて、大人の威圧に屈しないように前を向いた。


「この学校に閉じ込められている生徒がいると聞きました。あなた達が何か関係しているんじゃないんですか!?」

「……面白い事を言いますね」

「僕たちは彼女に用があるんです。今すぐ会わなきゃいけないんです! そこを退いてください!!」

「帰りなさい」



 ――じりりりりりりぃっ



 突如、耳を劈く暴力的な音量で火災報知器が鳴り響いた。

 渉は驚き辺りをきょろきょろと見回せば、けたたましい音と共に大声を上げてドタバタと駆け寄ってくる人影を見つけた。


「大変だ! 大変だ!!」


 照明の下に来るとそれが後方で歩いていたはずの純也だと分かった。純也が二人組に駆け寄るとまた大声で喚いた。


「先生、ちょうど良かった! 何とかしてくれよ!」

「どうしたんですか!?」

「正門の方でぼやがあったみたいなんだ! 早く早く!」


 純也が二人組の腕をぐっと掴み、正門の方角へ走ろうと引っ張る。


「君たちはここを動かないように」


 さすがに見逃せないものがあったのか、大柄な竹橋がちっと小さく舌打ちをし、月島が仕方がないと言わんばかりに純也に引っ張られていく。

 二人の先生が前を向いた瞬間に純也は渉達を見た。くいっと顎を動かし行け、と伝えてくる。


「行きましょう」


 渉は一葉を促すと旧棟の方へ走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る