第31話 接触

 その日はとても静かだった。

 また一段と外の気候は冬型になり、今朝から白い粉雪がちらついていた。

 渉は母の手前もあり大人しく登校していたが、三時間目の授業を抜け出して走っていた。

 念のため朝からカフェいるけれど昼休みの時間にでも来てくれればいいから、と藍子がメールで言っていたが、居ても立っても居られなかったのだ。


 学校を出て西へ向かって走る。都会では珍しい緑が生い茂る庭に囲まれた古民家が見えた。古民家カフェ・芦花だ。

 息を切らせて走っていた渉はカフェに到着すると木製のドア勢いよくを開けた。からんからんとドアベルの音がけたたましく響く。昼には少し早い時間のためか客は数人しかいなかった。

 その店内でがたりと立ち上がった人物がいた。

 髪を綺麗にまとめ上げ、黒のニットにキャメルオレンジのワイドパンツを身に着けた大人の女性だった。目を丸くして渉を凝視した。


「もしかして渉くん……?」

「は、はいっ」


 名前を呼ばれ渉は慌てて返事をした。

 そのまま店の奥にいるその人の席へ向かった。


「初めまして。黄木藍子です」

「あ、赤坂渉です」


 ぺこりと渉は頭を下げた。


「もしかして学校を抜け出してきた? ごめんね、心配させちゃって……」

「あの、僕も『ニューワールド』のことが気になりすぎて集中できなかったので、思い切って来ちゃいました」

「そうだったんだ。あ、でも学校は大丈夫?」

「いや……あの、こんなことしたの初めてなんで……わからないです」


 語尾が消え入りそうな声で渉は言った。

 母が五色学園の理事長という職についているため、学校へは真面目に通うものだとずっと思ってきた。

 それなのに学校からすれば問題行動を起こした渉に対して、先生たちがどう反応するのか考えてもみなかった。


「安心して。私が後でフォローを入れるわ。渉くんはエライね。ちゃんと学校へ行ってて」

「エライ? あの、学校へは……?」

「私? 君ぐらいの歳はゲームばっかりしてたからサボってた」

「え!?」


 渉は目の前の女性の発言に目を丸くした。

 仕事ができる大人の女性という感じなのに、そんな高校生活を過ごしていたなんて想像がつかなかった。


「さて早速だけど、協力してもらってもいいかしら?」

「はい!」


 藍子が渉に向かいの席に座るように促し、藍子の足元にあったスーツケースからノートパソコンを一台取り出した。

 テーブルの上には藍子が使っていたと思われるパソコンが既に起動していて、あまり広いとは言えないテーブルに、そのもう一台のパソコンを置き起動させた。


「渉くんは『ニューワールド』をプレイしてるんだっけ?」

「はい。やってます」

「じゃあ、昨日ログインした?」

「夜はしてました。ただ朝になってログインしてみたら強制終了させられるというか……」

「だよね。ログを確認したら昨晩までは大丈夫だったみたいなんだけど、日付が変わったあたりから、ログインしても強制終了してしまうシステムエラーが起こっているみたいなの。今朝早くに会社に呼び出されて確認作業をしながら、『ニューワールド』チームを上げて復旧作業をしてるんだけど、思うようにいってないのよ」

「そうなんですか……」

「渉くんの方で『ニューワールド』でシステムエラーが起きた場合に、何か対処するシステムを組んでたりしてた?」

「いえ……僕もまさかこんなことが起こるとは思ってなかったんで」

「そっか。『ニューワールド』のシステムをそっちのパソコンでも開くから、プログラムをもう一度みてもらっていいかな?」

「分かりました」


 渉は藍子に言われた通り、パソコンから『ニューワールド』のプログラムを呼び起こし確認作業を始めた。

 渉が集中しようとしていると、ふと影が落ちてきた。


「アンタたち、『ニューワールド』の会社の人?」


 渉がぱっと顔を上げると、そこには渉と同じ制服を着た少年が立っていた。ツーブロックに整えた茶髪に肩にはギターをかけていた。同じ学年で見たことがないから先輩なのかもしれない。


「渉くんと同じ制服……知り合い?」

「いえ、知りません……」


 藍子の質問に渉は首を横に振った。


「どなたかしら? 今、話しかけられると困るんだけど」

「困ってるのはこっちの方だ! 『ニューワールド』にログインしても強制終了してしまうんだけど、どうなってんだよ!?」

「それは……今社内で対応してるんでそれを待ってもらうしかないですね」

「待つって……オレは十分待ったんだよ!」

「純也!」


 純也と呼ばれた少年が大声を出したと同時に、カウンターからこの店の女主人である芦花が慌てて出てきた。純也の傍に駆け寄ると純也の耳をぐっと引っ張った。


「いててててっ! 芦花さん、痛いって!」

「ごめんなさいねぇ。ウチの甥っ子がうるさくしちゃって。お仕事の邪魔しないで、純也」

「は? こっちは正当なクレームなんだけど」

「そんなことしてたら余計に遅くなってしまうかもしれないでしょう? それにしても純也、あなた学校はどうしたの?」

「……サボった」

「あなたって子は……バンドが解散するって騒動になってから随分じゃない」


 バンドが解散する……?

 渉はどこかで聞いた話だなとひっかかりを覚えた。


「いいだろ、別に。むしゃくしゃして『ニューワールド』をプレイしようと思ったらおかしくなってるし……あっちの世界でもごたついちまったから気になってたのに」


 渉は純也の言葉にぴくりと反応し、気がつけば純也に話しかけていた。


「あの、ごたついたって……昨日夜プレイしてたんですか?」

「してたよ」

「僕も『ニューワールド』をやっていて、仲間と言い争いになったんです」

「え……マジ?」


 純也がきょとんとして渉を見た。


「あの良かったら……どんなアバターか教えてもらってもいいですか? あの、僕のはこんなアバターです」

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