第二章 壊れゆく世界

第18話 『ニューワールド』 <計画>

 じりじりと日差しの強い太陽が白い砂浜を照らしていた。

 砂浜の向こうに広がる海は空の色を映して青々とし、穏やかに白波を立たせていた。


「美しいですね」


 マリンブルーの海を眺めながらムーンは深い味わいのコーヒーを一口飲んだ。

 海辺の傍にあるテラス席があり、開放的で全体を木製に纏めた南国を彷彿とさせるカフェの店内に彼らはいた。

 『ニューワールド』南地区のある人気のカフェだ。店内はウクレレのゆったりとした曲が流れ、客に癒しを提供していた。


「おい。馴染みすぎだろう」


 ムーンの向かいに座っていたブリッジがぎろりと睨み、木製のテーブルと拳でどんと叩いた。テーブルの上にあったマグカップの中の黒い液体がゆらゆらと波打った。


「いいじゃないですか。せっかくなんだから楽しまないと」

「楽しんでいる場合か。我々には計画があるだろう」

「せっかちですね、ブリッジは。もちろん忘れてはいませんよ」


 ムーンがブリッジの指摘に食えない笑顔を浮かべた。


「もともとチーム・ビタミンのメンバーに接触してバトルを仕掛けることで、コミュニケーションの度合いや人間関係の深み、またその綻びなどを確認したかったんですが、思った以上にバトルをする上でのレベルの差がありましたしね。計画の変更もやむなしですよ」

「それはそうだが……」

「我々は医者という本業が忙しくゲームとは無縁の生活を送っているわけですし、彼らの方が実力が上でも仕方がないと思っていましたが、これだけ差があるときちんと調査ができません。でも、我々は運がいい。あちらから穏やかなバトルを提案してくれたんですから」

「バーベキュー対決ねぇ……」

「まあ、まともにやるつもりはありませんよ。じっくりと観察できますし、我々の目的の一つであるアレを仕掛けることもできます」

「アレか……シェアハウス・ビタミンを壊す爆破アイテム」

「そうです」


 ムーンはテーブルの上にことりと四角い物体を置いた。黒を基調とした四角い物体はマーブル状に赤い文様が描かれており、手元側には起動させるスイッチが搭載されていた。


「なんていうか、その……雑な作りだな」

「こちらの世界で売っているアイテムを購入しただけですよ。爆破アイテムが売っているなんて物騒な世界ですね」

「まぁ……オンラインゲームの世界だしな」

「ともかく、我々の調査の目的はコミュニケーションの度合いや人間関係の深み、またその綻びなどを確認。そして、このシェアハウス・ビタミンが破壊されたらどういう反応を起こすのかを知ることです。今回のバトルでこのアイテムをぜひ仕掛けたい」

「そうだな」

「すみませーん! 遅くなりましたぁ!」


 店内に響き渡る大きな声でカフェに入ってきたのはブルーベリーだ。ムーンとブリッジが座っているテーブル席に向かって、どたどたどたと勢いよく駆け寄ってきた。


「な、なぜあの女が……」


 若干引き気味のブリッジとは対照的にムーンはにこにこと食えない笑顔を浮かべていた。


「お待たせして申し訳ございません! 私としたことがちょっとしたバトルの野暮用で遅くなってしまうとは。イケメンを待たせるなんて切腹もの!!」


 ブルーベリーはがばりと九十度のお辞儀をした。


「切腹までしなくて大丈夫ですよ」

「え、マジで!? イケメンって性格までイケメンなの!?」

「おい。コイツ大丈夫か?」

「あ、お仲間の方いたんだ。イケメンオーラの影に隠れてて全く気づかなかった。やっちゃった。テヘペロ☆」

「いい度胸をしてるじゃないか」

「やるんだったら構わないけど、レベルの差がありすぎて瞬殺するよ」


 ブルーベリーは腰に差していたショットガンを素早く抜き取り、ブリッジの額にピタリと据えた。

 ブリッジはブルーベリーに対応できず、ぎりっと奥歯を噛み締めた。


「まあまあ落ち着いてください、ブルーベリーさん。ブルーベリーさんの華麗なバトルも見たいですが、今日はご用件があって、我々をこのカフェに呼ばれたのでしょう?」

「あ、そうだった」


 ブルベリーはさっと銃を仕舞うと空いていたムーンの隣の席にさっと座った。ムーンを見つめて頬を赤く染め、すぐさま手のひらを反した姿にブリッジがどん引きした。


「ムーンさんをお呼びしたのは他でもないです。今度私たちとするバトル対決なんですけど、バーベキュー対決をするじゃないですか」

「そうですね」

「日時と会場、それにバトル方法を伝えようと思って呼んだんです」

「そうだったんですか。それはありがとうございます」

「時間は満月の日の夜の八時で、会場はシェアハウス・ビタミンです。この間来てもらった白いモダンハウスです。大丈夫ですか?」

「ええ、もちろん」

「良かった。それで対決方法はバーベキュー対決なんですけど、勝敗はどちらがおいしいバーベキューを作れるかで決まります。定番のバーベキューで豪華な食材にするのか、尖ったアイデアが楽しめるバーベキューにするのか、はたまたそれ以外のバーベキューか……それはチームのセンス次第」

「面白そうですね。バトルが楽しみです」

「じゃあ、バトルを正式登録しますね」


 ブルーベリーは身に着けていた腕時計型のウェアラブル端末を操作して、『ニューワールド』のバトル運営事務局のサイトにあるフォームを呼び出し、今回のバトルを申請した。すぐさま『バトル登録完了』の文字が表示され、今回のバトルが『ニューワールド』で行われる正式なバトルとして認証された。

 バトル運営事務局にバトルが認証されるとバトルポイントが加算され、バトルゲームに存在する様々なランキングに参加でき、上位を目指すことができるようになる。

 特にチーム・ビタミンはバトルパーティーランキングにおいて現在三位をキープしているので、バトルをきちんと登録してバトルポイントを稼ぎたいところだ。

 ブルーベリーが腕時計型のウェアラブル端末を操作していると、ぽこんとメッセージが届いた。



 @レモン

 バトルゲームの団体戦の準備は進んでんの?



 この場にはいないが、『ニューワールド』で過ごしているらしいレモンからのメッセージだった。ブルーベリーは素早く操作して返信した。


「もちろん、と」



 @カカオ

 主に俺が進めてますよ。コンサルタントの俺に任せてください。



 カカオからもメッセージが返ってきて、ブルーベリーは満足げに頷いた。


「バトルの登録が完了しました。これで思う存分戦えますね」

「お手柔らかにお願いします」


 ムーンは手を差し出し、ブルーベリーの目をしっかりと見て微笑んだ。

 ブルーベリーはうっと喉を詰まらせて真顔になった。


「……じゃあ、話も終えたことですし、これからはデートということで」

「え!?」


 ブルーベリーが差し出された手をぎゅっと握った。思わぬ馬鹿力にムーンは手を引いてもその拘束から抜け出せない。

 これにはさすがのムーンも腰が引けた。

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