第15話 黒沢純也の場合 <変化>

「誰か来んの?」

「詩織先生。純也が帰ってくる前に連絡もらったの、ほら」


 芦花はカウンター越しに、スマホのSNSアプリのメッセージを見せてきた。


「もう閉店なんだから断ればいいじゃん」

「先生、お昼ご飯も食べられなかったみたいなのよぉ。かわいそうじゃない」

「はいはい、分かった。二つも三つも一緒だから」


 純也は冷蔵庫から、塩麹に漬けていた鶏もも肉を取り出した。

 今日はシンプルにグリルで焼くか。それに食べた後の皿洗いのことを考えるとワンプレートがいいな。

 純也は段取りを決めると早速取り掛かった。

 お腹を刺激する鶏肉の焼ける香ばしい匂いが充満してくる頃、からんからんとドアベルの音が響いた。


「芦花さーん。お腹すいたぁ……」

「いらっしゃいませ、詩織先生」


 普段溌剌としていて元気がトレードマークの教師だが、よろよろと歩いてくる様を見て今日も忙しかったんだなと純也は推測する。

 詩織は純也の通う学校の先生だが、担任でも授業を受け持ってもらったことはない。よくカフェを利用してくれるから顔を合わすため、どの先生よりも距離が近い感覚がした。時折、今日のように時間外の夕食時にやってくる。


「お、今日は黒沢くんのご飯?」

「そうっす」

「やったっ。それを聞いたら余計にお腹がすくわ」

「ふふふ、先生純也の料理気に入ってるものねぇ」


 カウンター越しに純也に話しかけてきた詩織は喜びながら手近なテーブル席に腰掛けた。芦花が水とフォークのナイフのセットをタイミングよく運んでいく。


「疲れてるところを見ると今日も忙しかったのかしら?」

「急に会議が入ったりでずっと働き通しだったんですよ。あー疲れた」

「芦花さん、もうできるから手伝って。先生、待ってて」

「はーい」


 芦花にワンプレート用の皿を三枚用意してもらい、純也はサラダを盛り付ける。その間芦花にはライスをカップによそってもらい、そのカップを裏返しにして丸くこんもりとしたライスを作った。そして、焼きあがった鶏肉をそれぞれの皿に盛り付けたら完成だ。


「はい、グリルチキンプレートの完成。芦花さん、スープ温めといたから入れてくれる?」


「もちろん」


 純也は完成した皿を詩織の席へ運んだ。


「どうぞ先生」

「うわぁ、美味しそう。いただきます!」


 詩織がフォークとナイフを手に取り、早速一口頬張ると顔を輝かせた。


「うーん、美味しいっ。癒されるわぁ」

「あざまーす」

「はい、スープもどうぞ。純也も食べましょう」


 純也と芦花も同じテーブルの上に食事を並べ終えるとともに、食事を食べ始めた。


「黒沢くんのご飯ホント美味しい。こんなに料理ができたら彼女が喜ぶでしょ?」

「彼女いねーし」

「そうなの? 女の子にモテるでしょ? 料理男子、女子に人気だし」

「そんなことねーし。披露できるタイミングなんかねーよ、マジ」

「ホントに? もったない」

「もったいないでしょぉ。女の子連れてきたことないのよ、この子」

「バンド活動で忙しいんだよ」

「バンドなんてしてたら余計に女子が寄ってくると思うけどなぁ」

「寄ってくるのはウチのボーカルだけだよ。その他はオマケ」

「オマケって……」


 自虐的に言った純也に詩織は眉尻を下げた。

 オレもモテると思ってた時代もありました、と声を大にして言いたいところだ。

 自分が割と料理ができると分かってライブでエピソードトークにぶっ込んでみたけど、思っていたより反応は薄かった。それよりも、オレ料理ができないから困ってる、と言ったイケメンボーカルに全部を持っていかれた苦い記憶の方が強い。


「そうだ、先生。オレ聞きたいことがあったんだけど」

「何?」

「先生さ、動画やってるじゃん」

「まぁ、一応ね」

「どうやって再生回数稼いでんの?」


 純也はプレートの半分ほど食べたあたりで詩織に質問した。

 詩織は教師をしている傍ら動画投稿をやっている。『毎日五分! 英語をしゃべりたいOLさんのための勉強チャンネル』というチャンネルで、学校のネイティブの先生と一緒に始めたというシロモノだ。元気な詩織とネイティブの先生の掛け合い漫才のようなトークが好評で、予想を超えて三万人の登録者がいた。


「別にこれといったことは……強いて言えば、視聴者が知りたいと思うことを紹介してるって感じかなぁ」

「視聴者の知りたいこと……」

「ウチの視聴者さんはほとんどが女性だから悩みも似てるし、それに的確に答えた時の動画の再生回数の上がり具合はやっぱりスゴイかな」

「そっか」

「伸び悩んでる感じ?」

「オレらのバンドで動画上げてんだけど、登録者数は増えねーし再生回数も増えねーしで結構困ってんだよね。それで結果出してる先生に聞いたってわけ」

「そうなんだ。純也くんたちのチャンネルってどんな人が視聴してるの?」

「どっちかつーと女子が多いかな。十代から二十代くらいの。ロックテイストの楽曲が多いから男子がメインと思ってたんだけど意外と違ったつーか。まぁ、ウチのボーカルがイケメンだから」


 歌詞も男目線で書いてるし、テンポも速くロックテイストだから音楽が激しい。動画だって体を激しく動かしながら演奏している様は男向けになっていると思う。

 でも動画サイトのレポートを見ていると、女子が多いんだよなぁ、と純也は不思議に思っていた。


「嫌がるかもしれないけど、ボーカルの子をメインで動画編集してみたらどう?」

「え、ボーカルメイン……? でも立ち位置はボーカルが真ん中だからメインはボーカルになんじゃねーの?」

「そうじゃなくて。ボーカルの子の顔がよく流れるように動画を編集するの。ほら、女子ってやっぱりイケメン好きじゃない。それと歌っている姿だけじゃなくて、プライベートな姿とかも見たいと思うのよね。それを動画に組み込む。プライベートの動画とか撮ってないの?」

「確かあったと思うけど……」


 ズボンのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出しファイルを漁ると、バンド仲間で海に行った時に撮った動画やテーマパークへ行った動画、バンドの練習中でふざけて遊んだ動画など色んな動画出てきた。

 純也が詩織に見せるといいじゃん、と満足そうに彼女は言った。


「これを動画内で曲が流れている時に流すのか。ミュージックビデオみたいなノリって感じ?」

「そうね」

「本当にこんなんでいいの?」

「いいのいいの」

「女子はこんなの好きなの?」

「女子はギャップに弱いからね。再生回数が増えたら曲だけをアップするだけじゃなくて、曲が全く関係ないプライベート動画を上げるのもいいかもね」

「そんなもん?」

「そんなもんよ」

「先生の動画みたいに上手くいくかなぁ?」

「まぁ? やるかやらないかは純也くん次第だけど」


 ニヤリと不敵に笑った詩織に対して闘志が湧いてきた。


「おうよ。やってやるよ。先生見とけよっ」


 純也は残りの夕食をぺろりと平らげるとごちそうさま、と勢いよく言った。


「芦花さん、ゴメン。後片付け頼む!」

「はいはい」


 芦花の返事を聞き、詩織に礼を述べると純也はすぐさま二階へと上がった。

 二階の自室に入るとすぐにパソコンを立ち上げる。待っている間に今日第二音楽室で撮った動画と、先ほど詩織に見てもらった動画を確認する。この二つの動画を組み合わせることでどんな動画が生まれるのか、純也は徐々にわくわくしてきた。

 先生のおかげで突破口が出来た気がする。

 純也はそう感じ、詩織のアドバイスを素直に取り入れようと決めた。

 パソコンが立ち上がったのを確認するとすぐに動画ファイルをパソコンに取り込み、動画編集ソフトを立ち上げた。

 純也は頭の中でイメージする。

 今日撮った動画をメインにして演奏の合間にプライベート動画を挟む。アドバイスに従って池上のイケメン顔がよく流れるように編集する。歌っている時の口とプライベート動画の口の動きが似ていたら、プライベートの映像に編集しても面白いかもしれない。

 どんどんイメージが膨らみ、インスピレーションが湧いてくる。凝った動画編集なんて今までしたことがなかったけれど、やってみようと純也は気合を入れた。


 一時間ほど集中しできたものを確認すると思った以上のものが出来上がった。

 ボーカルの池上の魅力が詰まったミュージックビデオのような動画。同じ男としてはうへぇ、と思ってしまうがきっと女子にはウケるんだろうなと素直に思えて、手ごたえを感じた。

 これで見えない壁を突破できるかもしれない。

 純也が感じている達成感はここ最近なかったものだ。この動画をアップする日が楽しみだとわくわくしてきた。気分が高揚してどうもにも抑えられない。

 純也はスマホを取り出すと『ニューワールド』を起動させ、ログインした。

 仲間達に褒めてもらいたい。そんな気分だった。

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