第13話 黒沢純也の場合 <日常>

 第二音楽室の中で爆音が響いていた。

 耳を劈くようなギターに低く絡みつくベース、腹の底に響くバスドラムに軽快なリズムを刻むスネアドラム。そしてその楽器たちを支配するような圧倒的なボーカル。

 男四人が全身を使いながら魂を込めて演奏している様子を、ただひたすらに一台のデジタルカメラが凝視していた。


「ふひぃ、お疲れ~」

「おう。お疲れ」

「マジ気持ちかったわー」

「今日も最高だったな」


 最後の演奏を終えると黒沢純也はギターを手にしたまま、仲間たちとハイタッチを交わした。そのまま三脚に設置したスマホに触れ、先ほどの演奏がきちんと撮れているかどうか確認した。

 とりあえずバンド全体の絵が撮れていて、音も飛んでないからまぁ大丈夫だろ、と純也は判断した。


「黒沢、どう? 撮れてる?」

「おう。大丈夫、撮れてる」


 声をかけてきたのはボーカルの池上だ。甘いマスクのイケメンで体全体が鳴っているような迫力のある声、広い音域を難なく響かせることができる歌唱力を持っているこのバンドのリーダーだ。

 池上とカメラを確認していると他のメンバーも寄ってきた。ベースの中野とドラムの町田だ。


 純也たち四人はバンドを組んでいた。バンド名はFAKE(フェイク)という。五色学園高等部の軽音楽部に所属する高校二年生だ。入学当初からバンドを組み活動している。同じ部の他のバンドメンバーはこの学校が進学校のため、青春のための部活と位置付けているが自分たちは本気でメジャーデビューを目指している。


「黒沢、今日の曲も編集して動画にアップするんだろ?」

「やるよ」

「そろそろ再生回数欲しいよなぁ」

「それな」


 中野のぼやきに純也は同意した。

 学校の定期演奏会や月一のライブだけでは観客が増えるはずがなく、当然音楽事務所から声がかかるわけでもない。だから、昨今のバンドが手を出しているように純也たちも世界的な動画サイトに登録し楽曲をアップしていた。

 動画サイトにアップしようと提案したのは純也だ。メジャーデビューを夢見ているが動画サイトの中で同じ高校生が活躍しているのを見て、正直焦っている気持ちがあった。けれども、四人とも動画を編集したことがなかった。結局、言い出しっぺの法則ということで、純也が独学で編集を学んで動画サイトにアップする役割を担っている。

 元々細かい作業は嫌いじゃない。どちらかと言えば得意だ。

 純也は自分のバンドのライブ演奏シーンや今日のようにスタジオで撮影したりし、拙いながらも編集をして動画をアップしてきた。

 動画で起死回生を図りたいところだが、一年ほど続けているがまだ登録者数は千人にも満たないし、再生回数も一万を超えたことはない。

 どうしたら再生回数が超えるのか? 毎日疑問に感じている。

 それでもコツコツ動画をアップし続けるしかないと、純也は勉強をそっちのけで毎日音楽と動画編集に明け暮れていた。


「この間同い年のバンドがさ、十万回再生されてたぜ。見た?」

「え、マジで?」


 スマホをいじっていた町田が動画サイトを見せてきた。純也はそのスマホを確認すると確かに十万回再生されている。音楽はバズれば再生回数は伸びる。そして音楽は言葉の壁すら乗り越えるから億のという大台に乗る夢すらある。


「オレたちもそうなりたいよなぁ」

「いや、なるっしょ。オレたちはメジャーデビューするんだから」


 女子高生が黄色い声を上げそうな甘い笑みを浮かべる池上に純也は挑発的に口笛を吹いた。


「頼むよ、リーダー。使える武器は使ってかなきゃな」

「当たり前だろ。オレがファンを引っ張ってきてやるよ。編集頼むな」

「任せろ」


 拳同士を突き合わせて純也と池上はニヤリと笑った。

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