第11話 黄木藍子の場合 <制作>

「や、やっと着いた……」


 藍子は大幅に遅れて、目的地である古民家カフェ・芦花に到着した。


「うわ、雪まで降ってるし。ナニコレ、私に対する追い打ち……?」


 寒さを感じてぶるっと震え、藍子は羽織っていたグレーのジャケットコートの前をぎゅっと握りしめた。

 時間は午後四時半。辺りは暗くなっており、さらには雪が降っている状況にげんなりした。

 せっかくお気に入りのキャメルオレンジのワイドパンツを穿いているのに、雪に濡れてしまうなんてツイてない。

 出張帰りのため所持していたスーツケースをゴロゴロと引きながら、カフェの木製のドアを開けた。からんからんとドアベルの音が響くといらっしゃいませ、と落ち着いた女性の声がかったと同時に名前を呼ばれた。


「あ、藍子ぉおおっ!」

「え、宏典!?」


 カフェの奥からすくっと立ち上がった見知った男を見つけ、藍子はぎょっとする。

 女性の平均身長より背丈の低い藍子とは違い、上背があり立派な体躯の持ち主である片倉が、何とも言えない情けない声を上げている姿は別の意味で迫力がある。


「何、どうしたの!?」


 片倉は言葉にならないほどに動揺しているのか、近づいた藍子に口をぱくぱくさせながら、ジェスチャーで事の成り行きを説明し始めた。

 ……いや、わかんないって。

 ただ手足をばたつかせているようにしか見えない藍子は、手足が動くと同時に「上下上下左右左右……」と口ずさめば、片倉から「俺はコナミコマンドかよ」とツッコミが入った。

 動揺はしているがツッコめる程度には、まだ片倉の精神状況は落ちてないらしい。


「……要するにまとまらなかったってことね」


 がっくりという擬音語が似合うくらい藍子は首を垂れた。


「すまん、藍子」

「いや、私こそゴメン。全く間に合わなかった。ツイてない、ツイてないわぁ」


 藍子は片倉と目を合わせるとはぁと深い溜息を吐いた。


「お客さん、そんな溜息を吐いてたら幸せが逃げてしまうわよぉ」


 声をかけられ振り返ると、白いシャツに黒のカフェエプロンを身に着けた白髪の年配の女性が立っていた。


「それにさっきツイてないって言ってたでしょう。良くないわぁ。運が逃げちゃう。とりあえず、座ってみたらどうかしら?」

「あ……すみません」

「どうもお騒がせしてます」


 藍子と片倉は彼女に対してぺこぺこと頭を下げてからようやく席に着いた。座ったとたん藍子はどっと疲れを感じた気がした。


「うちのコーヒーは美味しいって皆さん言ってくださるのよぉ。ぜひ飲んでいって」


 そろりと藍子は相手を伺うと芦花はにっこりと微笑んだ。笑った時にできる目元のしわがとてもチャーミングに見える。その芦花が藍子の目の前に水とおしぼりをテーブルに並べてくれた。


「あの、あなたは……?」

「私は古民家カフェ・芦花の店主、黒沢芦花よ。よろしくね、お嬢さん」

「こちらこそよろしくお願いします。私は黄木藍子と申します。こっちは同僚の片倉です」

「片倉宏典と申します」

「今日はこちらで商談をさせていただきありがとうございます」


 藍子はお礼を述べるとともに片倉と一緒に頭を下げた。


「ふふふ、商談に使っていただいて何よりだわぁ。どちらの会社なの?」

「データマークっていうIT企業です。あまり大きな会社ではないので、ご存じないかもしれませんが」


 芦花は首を横に振ってから詫びると、説明した片倉が謝らないでください、と芦花に返した。


 藍子が勤めている株式会社データマークは、主にインターネットのサーバーの管理やIT周辺機器の企画・開発、コンテンツ事業など、IT関連に関する事業を行っている創業十五年のベンチャー企業である。

 従業員は五十人にも満たない少数精鋭の企業で、藍子たちの世代が中心となって動いている。

 藍子たちの所属はコンテンツ事業部で『ニューワールド』チームに配属されている。このオンラインゲームはしばらくぶりのヒットコンテンツになり、データマーク社の利益の柱の一つとなりつつある。


「一応世間に知られているものと言えば、『ニューワールド』っていうオンラインゲームがあるんですけど……」


 藍子が恐る恐る伺ってみると芦花はあっ、と声を上げた。


「それなら知ってるわ。ウチの甥っ子がいつもやっているのよ」

「ご存じでしたか!」


 藍子は弾むように答えた。うれしいという気持ちが胸の内に広がる。

『ニューワールド』はメインプログラマーという役割を初めて担い、ヒットコンテンツへと成長に導けたことは藍子にとって思い入れのある仕事になっている。


「ねぇ、私見たことがなんだけど見せてもらえない?」

「ぜひ見てください」

「ありがと。あの子にお願いしても全然見せてくれなくって。あ、準備してもらっている間にコーヒー持ってくるわねぇ。ウチの看板メニューのオリジナルブレンドコーヒーでいいかしら?」

「あ、お願いします」


 藍子が返事をすると綺麗なウインクを披露した芦花が店内のカウンターへ戻っていった。

 藍子はまだ脱いでいなかったジャケットを脱ぎ、どうせならと鞄から仕事で愛用しているタブレット端末を取り出した。芦花にしっかりと見てもらえるように準備を始めた。

 そうこうしているうちに、芦花が藍子と片倉のもとにコーヒーを持ってきてくれた。


「コーヒーありがとうございます。どうぞ座ってください。ゲームが立ち上がったので」


 藍子は隣の席を芦花に勧め、芦花は隣へ腰を下ろした。

 タブレット端末の画面には、四種類の特徴のある街が描かれた3Dグラフィックが映し出された。ゲームサウンドは明るくワクワクするような音楽で、これから始まるゲームに期待感を持たせるようになっている。


「あらぁ、綺麗な映像だわぁ。素敵」


 芦花が感嘆の声を上げると、藍子はにっこりと笑った。


「ありがとうございます。このオンラインゲーム『ニューワールド』はアバター、簡単に言うともう一人の自分が、ゲームの世界で生きているようなものなんです。今から私のアバターをお見せしますね」


 藍子が操作すると、画面には白を基調とした二階建てのモダンハウス、そして五人のアバターの名前、レモン、アセロラ、カカオ、ブルーベリー、ライチが表示されていた。


「あら、なんか出てきたわよ。これは……?」


 不思議そうに芦花が聞いてきた。画面にはレモン、カカオ、ブルーベリーが動いていた。どうやらカカオとブルーベリーがログインしているようだ。


「私はこの『ニューワールド』の世界で、五人のアバターとシェアハウスに住んでいるんです。私はこれ」


 藍子は茶髪のツインテールでワンサイズ大きい黄色のパーカーを着たレモンを指さした。


「ええっと……名前はレモン。十六歳……女子高生……」

「藍子、女子高生って……」


 片倉と芦花はジト目で藍子を見た。


「べ、別にいいじゃない。夢見たって……減るもんじゃなし」


 藍子は言い返すが片倉がサバを読みすぎだ、と目で訴えてくる。

 藍子はそんな片倉を無視して、チャット画面を開くとキーボードで文字を打った。



 @レモン

 バトルゲームの団体戦の準備は進んでんの?



 @ブルーベリー

 もちろん!



 @カカオ

 主に俺が進めてますよ。コンサルタントの俺に任せてください。



 リアルタイムでチャット画面上羅列する文字。それを見た芦花が目を丸くした。


「まぁ、スゴイわぁ。このゲームの向こうにいる人と会話ができるのねぇ」

「会話だけでなく職業に就いたり、バトルゲームに参加することができたりと遊ぶ要素が満載なんです」

「まぁ、そんなことまで! あの子がハマるわけだわぁ」

「ありがたいことに多くの方にプレイしてもらっているんです」

「あら、そうなのぉ。あなたたち、よくこんなものを思いつくわねぇ」

「このゲームは私達が発案したんじゃないんです。うちの会社が運営しているフリーゲームサイトに投稿されていたんです。プレイしたら本当に面白くって。これだ、と思って商品化の話を持ち掛けたんですよ」


 藍子はプライベートでよくゲームをプレイしかなりの腕を持っているが、それだけでは飽き足らずフリーゲームサイトも利用している。

 そこで『ニューワールド』と出会った。

 元々オンラインゲームではなかったのだが、藍子はオンラインゲームでこそこのゲームは輝くと思い、『ニューワールド』を商品化しようと会社に直談判し、片倉を巻き込んでオンラインゲームとして進化させて世に送り出したのだ。

 商品化した後モニターも兼ねて『ニューワールド』をプレイし始めたが、オンラインゲームの特徴である新しい出会いがあり仲間となった。そこで過ごしているともう一つの居場所が生まれた感覚があり、気が付いたら藍子はがっつりやりこんでいた。


「じゃあ、どんな方が考えたの?」

「実は高校生が作ったんです。黒沢さんだったらすぐ調べたら分かっちゃうと思うので……そこの五色学園の赤坂渉くんです」

「あらぁ、そうなの。だから今日あなたと理事長と渉くんとここにいたのね」


 実はそうなんです、と片倉が頷いた。


「大変そうだったわねぇ。渉くんが出て行っちゃって」

「え……出て行った……?」


 藍子は目を見開いた。

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