第一章 発端

第5話 赤坂渉の場合 <日常>


 @アセロラ

 彼らにもパーティーに参加してもらって、彼らとどちらがおいしいバーベキューを作れるかバーベキュー対決をするのはどうだろう? 定番のバーベキューで豪華な食材にするのか、尖ったアイデアが楽しめるバーベキューにするのか、はたまたそれ以外のバーベキューか……それはチームのセンス次第。どうだい?



 素早く指を動かして、スマホにフリック入力で文字を打ち込む。

 すぐさま、ぽこん、とスマホの画面に映っているチャットに会話が追加された。



 @ブルーベリー

 アセロラさん天才! 絶対楽しいじゃん!!


 @アセロラ

 はっはっはっはっ。喜んでもらえて光栄だよ、ブルーベリー。私も仲間には甘いな



 口元がにこりと笑みの形になり、チャットの会話を目で追い、またフリック入力で文字を打ち込んだ。


「ああっ、ブルーベリーっ」


 スマホ画面の中で青を基調としたコスチュームを身にまとった女のキャラクターが卒倒した。びっくりして思わず声を上げてしまった少年は慌てて手で口を塞いだ。

 あわわわっ、と内心焦りながら辺りをきょろきょろと見回すが、教室には幸い誰もいなかった。代わりに聞こえてくるのは、運動場から聞こえる運動部の掛け声や軽音楽部が演奏する激しい音楽だ。

 木製の椅子に座りなおしながら、ほぅと一息吐き落ち着きを取り戻す。ここで喚くわけにはいかない。

 アレ……? そう言えば、時間結構経ってるのかな? と気づいた彼はこれまで使っていたスマホのアプリを閉じた。そして、ホーム画面の時計に視線を移した時、ふと影が落ちてきた。


「渉、悪ぃ。待たせたな」


 からりと教室の扉が開き、渉と呼ばれた少年・赤坂渉はスマホから顔を上げると、幼馴染・広尾俊輔が渉の座っている席にやってきた。


「あ、俊輔。先生の用事終わった?」

「おう。職員室にプリント届けるだけじゃなかったんだよ。ついでに準備室に地図とか分厚い本とか運ばされたんだ。マジめんどくせー」


 俊輔は苛立つように短髪の頭を掻いて、くあっと欠伸を零した。


「マジか。大変だったね。帰りに気晴らしにどっか寄ってく?」


 渉は立ち上がり、椅子にかけていたダッフルコートを手に取った。そのまま身に着けていた指定の制服の上から羽織った。


「行きてーけど……渉、今日体調崩してたって聞いたけど大丈夫なのかよ?」

「うん。大丈夫大丈夫。時折あるんだよね、なんか立ち眩みみたいなのが。保健室で寝てたらなんとかなった」

「だったらいいけど」


 渉は心配をかけないように、柔らかな黒髪からのぞくアーモンドアイを細めてへらりと笑った。

 二人は渉のクラスの教室を出て、家に帰るべく下駄箱へ向かった。


 渉達は高校一年生で、都内有数の進学校・私立五色学園高等部に通っている。住宅街にある学校は街路樹にくるりと囲まれており、白い近代的な三階建ての建物が二棟と規模の小さな古びた旧棟、ドーム型が印象的なカフェテリアや体育館が立ち並ぶ。広い運動場もあり文武両道を掲げる私立校だ。


 六時間目が終わってからしばらく経ち部活動をする生徒の声が聞こえてくるが、渉と俊輔は部活に所属していないため、二人は違うクラスにも関わらず毎日連れ立って下校していた。


「さっきから眠そうだね、俊輔」


 渉はさっきから俊輔が欠伸を零してるなぁと気が付いた。


「うーん眠ぃ。徹夜の読書が響いたかなぁ」

「何読んでたの?」

「ミステリ。北千住薫の最新刊が出てさ、『その時、研修医は見たシリーズ・看護師その秘密』ってやつな」

「相変わらず好きだね、そういうの」

「これが上下巻で読み応えがあって、犯人は後半くらいからもう解ってたけど、手に汗握る展開でさ。非合法組織やハッカーによるサイバーテロやなんやらで……あ、一番興奮したのは精神科医との心理戦で……」


 あちゃぁ、スイッチ入ったな、コレ。渉はそっと俊輔から視線を逸らした。

 ミステリを熱く語るのは俊輔の一種のクセだ。瞳を少年のように輝かせながら饒舌に語る。特にお気に入りの北千住薫という作家の話の時はヒドい。

 僕、ミステリあんまりなんだけどなぁ……、と渉は心の中で呟いた。俊輔には悪いが話はほどほどに聞いておき、語りを止めるには興味がないという行動を示せばいい。

 僕は僕で熱くなるものを持っているから、と渉は先ほどまで利用していたスマホのアプリを立ち上げた。

 そのアプリはアバターを介して交流する仮想空間のオンラインゲーム『ニューワールド』だ。渉はスマホを操作して『ニューワールド』の画面を呼び出す。そこに現れたのは一人の男性キャラクターだ。名前はアセロラ。ダークレッドのスーツをスキンとしている渉のアバターだった。


「……何やってんだよ?」


 いつの間にかミステリ語りをやめた俊輔が話しかけてきた。渉の興味がありません作戦は成功したようだった。


「オンラインゲームの『ニューワールド』だよ。今度、僕がオーナーをしているシェアハウスで住人のみんなとバトルゲームの団体戦でバーベキュー対決をすることになったんだ」

「ん? バトルゲームって銃を使うサバイバルゲーム要素があるゲームじゃなかったか?」

「そうなんだけどさ、僕達はバトルパーティーランキング三位だから、相手チームと実力差があって。それでも相手チームがバトルをしたいっていうから、バーベキュー対決でバトルすることになったんだよ」

「すげー平和なバトルだな」

「無駄な争いごとは好まないから。これくらいがちょうどいいと思うんだよね。それにバーベキュー対決は仲間のランク昇給のお祝いパーティーも兼ねてるんだよ」

「へぇ。仲間のためにお祝いをしてあげるのか。いいじゃん。渉は仲間を大切にしてるよな」

「うん。大事な仲間達だから」


 渉はへらりと笑った。

 渉は『ニューワールド』内でアバターを介して、偶然出会った仲間とともに過ごしていた。渉はシェアハウスのオーナー兼バトルパーティーのリーダーとして存在感を発揮している。

 基本的にネジが一本ぶっ飛んでいるような仲間達だが現実を忘れさせてくれる楽しい仲間で、いつも渉を必要としてくれ、そして自分を優しく迎え入れてくれた。

 仲間達のことを想像するだけで口元が綻んでしまう。それくらい渉の中ではこの仲間が現実世界の人間関係よりも重みがあり、居場所になっていた。


「しっかし、いつも思うんだけど渉のアバター何でこれなの? 真っ赤なスーツを着たオジサン」


 不意にスマホを覗き込んできた俊輔が疑問を口にした。


「え、何で? かっこよくない?」

「年齢詐称じゃん」

「オンラインゲームの世界なんだからいいだろ別に。僕はこれが気に入ってんの」

「このオジサンが?」

「これでもイケオジって言われてんだからな」

「ぶぶっ! イケオジかよ、ないわーっ」


 吹き出すように笑った俊輔に頬を赤くした渉が噛みついた。


「そんなことないっ。むしろ、ありよりのありだろっ」

「なしよりのなし一択だね」


 げらげらと笑いが止まらない俊輔に対して、渉は唇を尖らせて分かりやすく拗ねた。

 このアバター、僕にとっては結構思い入れがあるんだよ、と渉は心の中で呟く。

 アバターのイメージである守りたいものを守れ、やりたいことをやる堂々とした大人の男は、渉にとってすぐにでもなりたい姿だった。ホンモノの自分は気弱だから、余計に。


「あ、いたいた。渉くん」


 急に声を掛けられ、驚いた渉はぱっと振り向いた。

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