第41話 (アンジェリーナ目線)
『ティアナステッチ』を取り入れたドレスは、アンジェリーナの目論見通り大流行した。
自称『ティアナ様のマネージャー』のメアリーの提案によって『ティアナステッチ』を使用する際には、ティアナの名と技術の使用料として売り上げの一部がティアナへと還元される仕組みも整えられたため、ティアナの下には莫大な資産が築かれることとなった。
おまけに商魂たくましいアンジェリーナの粘り強い交渉にティアナが折れ、ティアナがデザインを請け負う『ティアナモデル』と銘打ったドレスの販売も始めた。
そちらは売り出す前に上得意客に伝えた情報が口コミで広がってしまい、予約の時点で収拾がつかなくなった。そのため、予約販売限定商品となり、かなりの付加価値がつくものとなった。
実際出来上がったドレスは身に付ける女性の魅力を最大限に引き出す素晴らしい出来だったため、社交界では『ティアナモデル』のドレスを身に付けることが最上級のステータスとなり、ティアナは今や皇都で一番人気のデザイナーとなっていた。
そのおかげで人質を取ってまで納品させたアマンダのドレスは素晴らしいものではあるが、少し流行遅れのドレスと成り果ててしまったのだが、それはまた別の話である。
丁度ウィルバート達皇太子派の働きにより皇帝派の貴族たちの粛清が始まったことでその勢力が弱まり、ティアナへかけられた嫌疑は冤罪だったことが明らかになった時期とも重なったため、ティアナの汚名も返上され、ファッション業界への多大なる貢献も相まり、ティアナの名声は高まるばかりとなっていた。
「あらぁ。今日も大量に届いていますわねぇ」
どこから情報が漏れたのか、アンジェリーナの住む屋敷にお世話になっているティアナの元へは毎日大量に求婚の手紙や面会を求める書状が届くようになっていた。
執事からティアナ宛の書状の束を受け取ったアンジェリーナは、自ら一通一通目を通して中身を検めた。
「ティアナ様はルスネリア公爵家で虐げられていた時期の記憶が強く深く心に刻まれすぎていますわ。そのせいで自己評価が恐ろしく低い。……この書状の束をそのままお渡ししたら十中八九良くないことに巻き込まれそうですわね」
バサリ、バサリと紙の束を選り分けていく。
「……ですが、こういう純粋なファンレターは心の栄養に良さそうですわ。ご自身の存在の価値の高さを早く理解していただけるといいですわね」
アンジェリーナは内容に目を通しながら強張った顔を綻ばせた。その手紙をティアナに渡していい分として選り分け、執事に持たせる。
「ティアナ様はご息災かしら?」
「ええ。本日もブランシュに赴き、刺繍の腕を振るわれていると聞き及んでおります」
執事は恭しく目を伏せながら答えた。
「はぁ。ティアナ様ったら働き者ですわねぇ。まぁ、わたくしが働かせているようなものですが……」
「ええ。お陰様で従業員の士気も上がり、ティアナモデルのドレスを専売している店ということで来店客も急増しました。何故か紳士のご来店も急増しております」
「あわよくばティアナ様にお会いできないかと考えていらっしゃる殿方ですわね。……ふっ。浅はかな」
「ティアナ様のご尊顔を拝することができるのは私どもの特権ですね」
「そうですわねぇ。ティアナ様の笑顔はもうブランシュになくてはならないものになっていますものね。……本当に、あの時は後先考えずについ動いてしまって後悔していましたけれど、あのような素晴らしい方に助けを求めたことがわたくしの人生で一番の功績ですわ」
「そうでもありません……とも言い切れない私はクラーク家の執事失格ですね」
「いいえ。この件に関しては別次元のお話ですわ。ティアナ様はクラーク家にとっても非常に重要な方です。お父様にも許可は取ってありますから、申し付けている通り、今後もクラーク家の者と同様……いいえ、それ以上に礼を尽くして仕えるように。お願いしますわね」
「しかと心得ておきます」
「働き詰めで体調の方も心配ですわ。しっかりとフォローをお願いしますわね。では、頼みましたわよ」
「承知いたしました」
アンジェリーナがもう話は終わりと目配せすると、それを合図に執事は慇懃に首を垂れて退出した。
「ティアナ様には返しきれないほどの恩ができてしまいましたから、私にできることはできる限りやらせてきただかないと。まずは……どなたに嫁ぐにしても、社交界との関わりは避けられないでしょうから……そろそろ復帰してもいい頃かしら?きちんと教えて差し上げなくてはね」
アンジェリーナはティアナの女神の如き満面の笑みを思い出して微笑んだ……まま固まり、難しい顔でこめかみを押さえて目を閉じた。
「きっと殿方が殺到するでしょうね……」
アンジェリーナにはその様子が容易に想像できた。
「さぁて。ウィルとサミュエルはどうするのかしら?ふふ。面白くなりそうですわ。それから……私の勘が正しければもう一人現れるはず。これから楽しみですわ」
ぱっと開いたアンジェリーナの瞳は、面白いおもちゃを見つけた子どものように輝いていた。
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