第39話


「ティアナ様ー!ここ、どうするんでしたっけ……」

「ああ、そこ難しいですよね!ここをこうして……こうしたら……よし。こんな感じでいかがでしょうか」

「最高です!ティアナ様ありがとうございます!」


 ティアナが助っ人として加わり、環境を整えただけで見事にブランシュの雰囲気は一変した。


 社交界で噂になっているというティアナが自身で手直しして舞踏会で着たドレスは、精巧な刺繍がポイントとなったものであった。


 その刺繍のデザイン自体は従来の手法で真似できたのだが、刺繍を刺す生地にも無地に見えて無地ではない、網の目のような模様の刺繍が施されており、その手法がティアナが独自で編み出したものだったために誰一人として再現できず、お針子たちの頭を悩ませていたのだ。


 ティアナは劣悪な環境ゆえに、アマンダのお下がりのドレスを仕立て直すにも宝石や新しい布などを追加して縫うことができなかったので、ひたすら刺繍の腕を磨く以外の方法がなかったのである。


 両親と市井で暮らしていた頃から、家族の生活がより豊かになればと母から習った刺繍の腕を磨いてお店に買い取ってもらえるまでにはなっていたが、そこからルスネリア公爵家の劣悪な環境下で更にその腕に磨きがかかったため、ティアナの刺繍の腕は皇都でもトップクラスと言えるまでに昇華していた。

本人にその自覚は全くなかったがーー。


 皇都一のプロフェッショナルたちが集まったブランシュにおいて、そのティアナの神技ともいえる技術を目の当たりにして興奮しない者はいなかった。皆、ティアナの技術に敬服し、教えを乞い、今の状況が生まれたのである。

 

 ティアナが到着するまで、絶望が差し迫って皆が疲弊し、もう人質は取り戻せないのではないかという不安が漂っていたが、その雰囲気が嘘のように霧散していた。


 もはやアマンダに納品するドレスは驚くほど和気藹々とした雰囲気で、しかし超高速で仕上がりつつあった。ティアナが独自の手法を惜しげもなく伝授し、それを会得したお針子たちが水を得た魚のように作業に夢中になったためである。さすが皇都一の仕立て屋である。


「ティアナ様〜!ここもう一度教えてください!上手くできなくて……」

「あら?十分素敵ですけど……あ。ここですね。こうするとやりやすいですよ」

「本当!……ティアナ様、薄々感じてはいましたが、もはやプロの技術と比べても遜色ないです!むしろ、ここにいるお針子たちの誰もティアナ様には敵わないのではないでしょうか?」

「え……?まさか!私が皆様にお教えしていることもおこがましいのに!全然そんなことないですよ!ねぇ?」


 ティアナは同意を求めて周りを見渡したが、皆にっこりと笑みを浮かべたり、生温かい目で見ていたり、尊敬の眼差しで見つめるだけで、ティアナの言葉に同意する者は一向に現れなかった。


 ティアナが頭上にはてなを浮かべた顔でキョトンと首を傾げていると、その様子を見守っていたサミュエルが助け舟とばかりに後ろから声をかけた。


「ティアナ様、そろそろ休憩を挟まれたらいかがですか?」

「あら、もうこんな時間!皆様、休憩にしましょう!」


 ティアナは皆に声をかけてからサミュエルがいる後ろを振り向いた。


「サミュエル、教えてくれてありがとう。夢中になって時間を忘れてしまっていたわ」


 その言葉に、サミュエルは首を振って答える。


「私がサポートするから、ティアナは自分の思う通りにすればいい」


 サミュエルは対外的にはティアナに対して敬語をしっかりと使うが、約束通り個人的な会話をする時には砕けた口調で話してくれていた。


 ティアナは困り顔だったが、サミュエルの敬語を取り払って発せられた言葉が心からの言葉に思えてとても嬉しく、頼もしく思えたために輝くような笑顔を見せた。


「サミュエル本当にありがとう。あなたがいてくれてよかった」

「その言葉と笑顔をもらえるだけで私はなんでもできる気がするよ」


 甘い雰囲気を漂わせ始めた二人を、周囲の人々は温かく見守っていたのであった。

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