第37話


「あの……!ティアナ様に是非ご教授いただきたいのですが……!!」


 アンジェリーナがティアナに手伝って欲しい内容について伝えようとしていたところ、黙々と作業に耽っていたお針子たちの中の数名が待ちきれないとばかりに、目を爛々と輝かせてティアナの元にやってきていた。


「こら、気が急くのはわかりますが、ティアナ様に失礼でしてよ」


 アンジェリーナがお針子たちを嗜めると、彼女たちはばつが悪そうな顔をしつつもティアナの顔をチラチラと盗み見ている。

 なんのことだろうかと考えてもわからないので、ティアナは話を進めてもらうことにした。


「もちろん、私にできることでしたら何なりとお申し付けください」


 その言葉を聞いた彼女たちはぱぁっと目を輝かせてティアナを囲んだ。

 そして、ティアナが思いもしなかった言葉を次々と口にした。


「私たちが縫ったドレスにティアナ様が手をくわえられて、それはもう本当に素敵なドレスに生まれ変わったと伺っております」

「特に宮殿の舞踏会でお召しになっていたドレスが非常に素敵だったので、ご覧になったご婦人方から当店に問い合わせが殺到したのです!」

「ですが、ティアナ様がドレスに施されていた刺繍が私たちも見たことがない手法で……」


 ティアナの周りを囲んだお針子たちが三者三様にティアナへと話しかける中、ちゃっかりとその輪に加わっていたアンジェリーナが一層興奮した様子でティアナへと詰め寄った。


「そう……!貴婦人方の間ではティアナ様がお召しになったドレスの噂で持ちきりになったのですわ!ティアナ様の美しさをより一層引き立てていたあのドレスはどちらのものかと……!

 もちろん、目の利く方はうちで仕立てたものだとお分かりになりますから、当店に問い合わせが殺到したのですわ。『ティアナ様のドレスと同じようなデザインのドレスを仕立てたい』と」


 興奮した様子だったアンジェリーナは一転悲しそうな表情でティアナの顔を覗きこんだ。


「……ですが、どうしてもティアナ様が独自の手法で施された刺繍の再現がうまくできず、途方に暮れていたのですわ。そんな時に、その噂を耳にしたアマンダ様からのドレスの注文があったのですわ。

 なんでも、『大好きなウィルバート殿下との婚約式と結婚式だから、心から尊敬するお義姉様と同じデザインのドレスを身にまといたい』んですってよ。笑止千万ですわ」


 ぷんぷんと怒りを露わにするアンジェリーナの言を受け、お針子たちも言葉を重ねた。


「私たちもティアナ様の事情を聞かされていましたから、すぐにそれがアマンダ様のティアナ様に対する嫌がらせなんだと察することができました」

「おかわいそうに。こんなに美しいティアナ様のためなら私たち、喜んでドレスをお仕立てしましたのに」

「アマンダ様がご自分を一番大切にされていることは話に聞いて知っていましたが、まさかティアナ様を虐げていたなんて……!私たちはみんな、ティアナ様の味方ですからね!!」


 最後のお針子の言葉に、アンジェリーナを含めティアナを囲むお針子たちはうんうんと頷いている。


 「話が逸れてきたかしら……?」とティアナは内心苦笑いしつつも、自分の刺繍の腕が認められたようで嬉しく、また、アマンダよりも自分の味方と言ってもらえたことでなんだかくすぐったい気持ちを抱えながら言葉を伝えた。


「皆様、ありがとうございます。味方と言っていただけてとても心強いです」


 ティアナは言葉を紡ぎながら無意識にも心からの笑みを浮かべていた。


 その場に居合わせた者はティアナのその表情を見て、皆その美しさに心打たれ嘆息した。

 見た者は皆が皆ひれ伏したくなるような、自然な美しさを内包する笑顔だった。


「それに、皆様が一生懸命縫ったドレスに私が勝手に手をくわえてしまったのに、そんな風に言っていただけるなんて思ってもみませんでした……。

 私が宮殿の舞踏会で着ていたドレスのことですよね?あの刺繍のデザインは思いつきでしたけど、ちょっと難しかったんですよ。でもきっと熟練の皆様の手にかかればすぐだと思います。一緒に縫いましょう!」


 照れ笑いをしながら説明するティアナの号令でその場の皆はやっと動き出した。



 その様子をサミュエルは目を細めながら眺めていた。胸に秘めた想いは募るばかりである。

 

 そんな彼の側に忍び寄ったのはこの騒動の渦中へとティアナを引きずりこんだアンジェリーナだ。


「サミュエル様、眺めているばかりではみすみすチャンスを逃すことになってしまいましてよ?」


「……あなたのおかげで私の愛しい人が苦労しようとしているのです。余計な悩み事は増やしたくないのですよ」

「あら、でも苦労だけじゃないかもしれなくてよ?その証拠に……ほら、あんなにも可愛らしい表情をしていらっしゃいますわ」

「可愛い……んん。やはり味方が私たちだけでは心細かったのでしょうね……。力不足を実感しました。そういった意味では感謝していますよ」

「ふふふ。社交界に積極的に顔を出せばあなたのような方々が今よりもっと増えるのでしょうね」

「私がお護りするから大丈夫ですよ。それより、『今よりもっと』とはどういう意味ですか?」

「ふふ。言葉の通りですわ。ティアナ様の婚約者は今や存在しませんもの。あの美しさを宮殿で目の当たりにした殿方から縁談が山のように舞い込んでいるそうですわ。

 おまけにうちの愚弟が皇太子殿下とティアナ様のご婚約を確固たるものにするためにティアナ様の出自も明かしてしまいましたから……婚約が解消された今、水面下ではティアナ様大争奪戦が勃発しているのですわ」

「……そうですか」

「ライバルは皇太子殿下だけじゃないということですわ。頑張ってくださいまし!」

「…………」


 アンジェリーナはしかめっ面で何か思案し始めたサミュエルを置いて、上機嫌でティアナを囲む輪の中に戻って行ったのであった。

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