第6話

 ーーなによ!なんなのよ!!


 アマンダは憤慨していた。

 幼い頃から何度も父と共に訪れたアドルファス宮殿。顔見知りの高位貴族の令息たち。いつもアマンダを美しいと褒めそやしてくれる殿方たち。


 ーーみんなみんな、どうして私じゃなくてあの女を見て……あの平民女を褒めるのよ!!


 アマンダはフランネア帝国の中でも皇族を除けば最上位にあたる公爵家の令嬢である。

 普段ならこういう場にアマンダが姿を現すと、見目麗しい殿方が一斉にアマンダを取り囲み、媚びへつらって褒めそやし、最高の気分にさせてくれるのだ。


 ーーどうしてよ……!私の方が何倍も素敵なドレスと最高の宝石を身に付けているのに……!


「あちらの美しい方がクリストファー様の娘にあたるご令嬢か。初めてお姿を拝見したが、さすがに美しい方だな。」


 クリストファーとはティアナの亡き父親のことである。アマンダは父ロバートから、クリストファーの話は聞いたことがなかった。ティアナがうちに連れて来られて初めてアマンダにも伯父がいたらしいということを知ったのだ。


「ああ。公爵令嬢なのにあまりゴテゴテ着飾っていなくて……ああ、でも関係ないな。あの女神のような笑顔はなにものにも替えがたい。どんな宝石も彼女の美しさの前では霞んでしまうに違いない」

「君、そんな気障なことを言う男だったっけ」

「うるさいな。これは社交辞令じゃない。私の本心だ。」

「本気か……。残念だが諦めろ。彼女はバッカス侯爵家のトーマス殿と婚約が内定しているらしいからな。さっきエスコートしているのを目にした。会話を小耳に挟んだが、あのトーマス殿が必死で口説いていたぞ」

「……そうなのか。あのような高貴な美しさを持つご令嬢だ。私のようなしがない伯爵家の人間の手に届くような方だとは思っていないさ。でも……トーマス・バッカス殿か。あまりいい噂は聞かないな」

「そうだな。容姿はすこぶるいいし、口も上手いから……まあでも、彼女の気を惹こうと必死だったからな。大丈夫なんじゃないか?大丈夫じゃなさそうなら君が攫ってやればいい」

「なにを……。でも、そうだな。幸せを見守るだけなら邪魔にはなるまい」

「がんばれよ」


 ティアナがいる方を見ながらそんな会話をして、彼らは去っていった。


 ーーしがない伯爵家の人間って……あの方、代々近衛騎士団長を務めるスペンサー伯爵家の嫡男、美形で有名なサミュエル様じゃない!私、社交辞令でもあの方に褒めてもらったことないわ!悔しい!悔しい……!


 内心地団駄を踏んでいたアマンダを、隣でずっと眺めていたのはランドールだ。彼は先程側を離れるロバートからアマンダのエスコート役を任されていた。

 アマンダをエスコートしつつ、ティアナを隣にべったりと張り付くトーマス・バッカスから解放するために、人を使って彼の足留めも指示していた。本日一番の功労者である。


「あなたの義姉上はどんな方なのですか?私はアマンダ嬢の方が可愛らしいと思いますが……」


 ーーふーん。この男は私の美しさをわかっているようね。さすがウィルバート様の側近だわ。


 やっと自分を褒めそやしてくれる存在を見つけ、アマンダは少し冷静になっていた。


「義姉ですか?実は私と義姉はあまり趣味が合いませんのよ。ですから義姉には『自分には近付かないように』と強く言われておりますの。とても残念なのですが、そういう理由でお話もあまりしませんし、どんな方なのかよく知らないのです……せっかく聞いてくださったのにごめんなさい」


 すかさず瞳を潤ませて上目遣いでしおらしく謝る。これで殿方はアマンダの魅力のとりこになってくれるのだと彼女は思っている。


「そうでしたか。謝る必要はありませんよ。それにしてもアマンダ嬢はいつも素敵な装いですよね。……あ、そのドレスはもしや『ブランシュ』のものではないですか?さすがアマンダ嬢ですね。美しく着こなされていて。私の姉も喜びます」

「よくおわかりになりますのね。『ブランシュ』は懇意にさせていただいていましてよ。お姉様にもよろしくお伝えくださいませ」

「ええ。ありがとうございます。そういえば先程ティアナ嬢のドレスも遠くから拝見したのですが、彼女も『ブランシュ』を利用してくださっているのでしょうか?似たようなドレスのデザイン画を以前姉の店で見たことがあった気がして……」


 アマンダは焦った。この男、なぜ女性の装いのことにそんなに詳しいのか、と。

 ティアナはブランシュでドレスを仕立てたことはない。けれど、ブランシュのドレスを着ている。ティアナにはブランシュで仕立てたアマンダのドレスの中から不要なものを下げ渡しているのだから。

 

 ーー適当に誤魔化すしかないわね。ああ、面倒だわ。


「まあ。そうなのですか?……ですが、申し訳ありません。先ほども申しました通り、私は義姉に近寄ることを許されていませんので、義姉がどちらでドレスを仕立てているかもよく知らないのです……」


 そこまで答えた時、アマンダはウィルバートが自分の父と話しているのを目敏く見つけた。


 ーーまあ!ウィルバート様だわ!きっと私をダンスに誘おうと探していらっしゃるのだわ!早く行かなきゃ!


「ランドール様ごめんなさい。私、この後お約束がありまして……」

「では、私がお約束先までエスコートしましょう」

「いえ、急いでいますのでお気持ちだけ頂戴しておきますわ。それではごきげんよう」


 挨拶もそこそこに、アマンダはそそくさとウィルバートのもとへと向かったのであった。

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