第2話

 アマンダの扇子に頬を傷付けられてから数日後、ティアナは久しぶりの舞踏会に出席するため、支度を整えていた。

 頬の傷はもう既に治りかけていて、化粧で誤魔化せそうでほっとした。


 デビュタントを迎えてから参加した舞踏会は最初の一度のみだが、今日の舞踏会は大きなものらしく、珍しいことに私も参加するよう義父から厳命されている。

 ミリィ曰く、アマンダの気合の入り具合が異様な程に高く、うんざりしているという。


 というのも、ご遊学に出られていた皇太子殿下が5年ぶりに戻っていらっしゃるとのことだ。この夜会で婚約者を選定するため、国内の名だたる令嬢が揃い踏みの大変華やかな会になるとの噂だ。


 ところで、私がルスネリア公爵家に引き取られる際に、義父になるロバートに約束させられたことがある。


 一つ、ロバートの言うことに従うこと。

 一つ、アマンダの言うことに従うこと。

 一つ、アマンダの引き立て役となること。


 私はここに来たばかりの頃、ロバートと約束事をしたものの、3つ目の意味がよくわからないとミリィに相談した。

ミリィによると、ティアナは「明るいブロンドの髪が緩いウェーブを描いてキラキラと輝き、理想的なアーモンド形をしたくっきり二重の瞳は美しい翠の虹彩を持つ10人が10人美人と判断する美人」だ(長い)。

 その美しさの前ではアマンダの美しさは霞んでしまうため、ティアナの美しさを隠せと言う意味だと教えてくれた。


 ティアナとアマンダの顔は比べるものでもないが、系統が異なるのでアマンダはアマンダの可愛さがあると反論したのだが、それはまた別の話だ、話の腰を折るなと怒られてしまった。

 その流れで、ロバートはティアナの魅力を隠させるのではなく、まずはアマンダの性格を矯正させるべきだとか、もっと真剣に勉強させて教養を身につけさせるべきだとか、根本が間違っているとぶつぶつ言っていたが……。

 その通りかもしれないけれど、本人が変わろうと努力しないとどうしようもないかしらねーとか思っていたことは今は割愛する。


 とりあえずは私は約束を守るため目立たないように装わないといけないようである。

 今日の舞踏会も然りだ。


 私にはアマンダのように専属の侍女もついていないため、自分の支度は自分でするし、ドレスはいつもアマンダが着なくなったものを自分で仕立て直している。

 最初は同僚のメイドが仕立て直してくれていたものを着ていたが、時間をかけて縫ってもらっても着るのは私なのが申し訳なかったので、やり方を教えてもらってある程度は自分でできるようになった。

 

 いつものように自分で仕立て直した元はアマンダのドレスを身に着け、お化粧は最低限申し訳程度にして、髪型は後ろでシニヨンにまとめて仕上げにお気に入りの髪飾りをつけた。

 この髪飾りは両親が亡くなる前に当時の恋人から贈られたもので、私とっては彼を思い出せる唯一と言っていい宝物だ。髪飾りに付けられた彼の澄んだ空色の瞳を思わせるブルートパーズに手を伸ばす。


 ーー突然いなくなった私のことなんて、彼はもう忘れてしまったわよね。


 彼はとてもモテる人だった。いつも物腰柔らかで、でも頑固なところもある、笑った顔がとても可愛い素敵な人だった。今でも彼と過ごした日々が鮮明に記憶に蘇る。


 ーーきっと素敵な恋人ができてるわ。もし……もし、そうじゃなくても……私のことをまだ好きでいてくれて、探し出してくれたとしても……彼と結婚するなんて許してもらえないだろうけどね。


 こんな日に彼のことをこんなにも思い出してしまうなんて、なんて皮肉だろうとティアナは思った。


 ーーいや、こんな日だからこそね。もう忘れなきゃいけないから。


 今日はティアナの婚約者となる人物と舞踏会会場で顔合わせをする、と義父から言い渡されていたのだった。

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