ねこ好きたちの夢祭典
みぃ。
序章 ――アルドとフィーネのねこ好き巡り――
緑の芽吹くのどかな村バルオキー。
大剣を腰に携えた冒険者、アルドは久しぶりに戻ってきた故郷の平和を満喫していた。
村長の家の二階、アルドとフィーネの部屋のカーテンを開けると穏やかな陽射しが差し込んでいる。アルドの家に居ついてしまっていた魔獣たちは珍しく留守のようで、アルドは今日が激しい冒険に旅立つ前の休日であるかのような懐かしい気持ちになっていた。
「お日様は、まだペカリの樹の後ろ、か」
そろそろ村の普通の人が起きだすくらいの時間だが、今日はダルニスとの約束もなければ警備隊の仕事もないのでフィーネに叩き起こされることもない、本当に穏やかな一日だ。アルドは窓辺で日の光を浴びで大きく伸びをして、ベッドで丸くなる黒猫、ヴァルヲへと目を向けた。
「なぁヴァルヲ。たまには一緒に遊ばないか?」
アルドがヴァルヲに向かって、ねこじゃらしを振ってみると
「にゃーん」
ヴァルヲは興味なさげにそっぽを向いて後ろ足で顔をかりかりして、また丸くなった。
「最近、付き合い悪いんだよなぁヴァルヲ」
相手にされずひとりごちたアルドに洗濯物を畳んで持ってきたフィーネが微笑む。
「お兄ちゃんがねこ好きじゃないってことに気づいちゃったんじゃないかな」
アルドは眉間にしわをよせた。
「ねこ好きじゃない? そうなのかな? これでもねこは好きなほうだと思うけど」
「お兄ちゃんはみんなに優しいだけで真のねこ好きじゃないんだよ。そうだよねー、ヴァルヲ」
「にゃぉーん」
ヴァルヲはタンスに服を仕舞うフィーネの足元に近づいて、その足に愛おしそうに頬をすりよせた。
明らかに違うヴァルヲの反応に、アルドは少し落ち込んだ。
「……ねこ好き……ねこ好きか。あんまり考えたことがなかったから、どういうのがねこ好きなのか、いまいちわからないな」
アルドは腕組みして考えてみたが、どうにも結論は得られそうにもない。
思案するアルドに、フィーネが窓を開けて風を浴びながら提案する。
「ねぇお兄ちゃん。せっかくだから、ねこ好きの人がどんな感じなのか見に行ってみようよ!」
「見に行くっていうと?」
「世の中には本物のねこ好きがたくさんいるんだよ。そういう人をたくさん見たら、どんな人がねこ好きなのかきっとわかるよ! ねっ、そうしようよ」
「面白そうだな。でも、どうやってねこ好きを見つけるんだ?」
「今日はヴァルヲがねこ好きさんたちに逢いに行く日だから、ヴァルヲについていけば大丈夫!」
「ねこ好きに逢いに行く日?」
「うん。ヴァルヲって定期的にねこ好きさんたちに逢いに行くいい子なの。一昨日が大冒険の日で昨日はまったりお昼寝の日だったから、今日はきっとみんなに逢いに行く日だよ」
「フィーネはなんでそんなことを知っているんだ?」
「それはね……わたしも本物のねこ好きだから!」
フィーネはくるんとその場でターンして手のひらを天に掲げて宣言した。スカートがひらりと翻る。妙な気迫にアルドは圧倒されてしまった。
「そ、そっか。じゃあ、これからヴァルヲのあとをつけてみよう」
こうしてアルドとフィーネは物陰に隠れてヴァルヲを見守ることにした。
- Quest Accepted -
ヴァルヲは二人の話が終わるのを見計らったかのように階段を駆け下りて元気よく村長の家から飛び出した。
「最初はどこに行くんだろうな」
「急がないと見失うよ!」「あ、ああ」
ヴァルヲは風のように草原を疾走し、着陸していた次元戦艦――アルドの仲間の自立思考型飛行要塞――に、ぴょんと飛び乗った。
「バレないように、こそこそ」「こそこそ」
アルドとフィーネもまた、こっそり次元戦艦に乗り込んだ。次元戦艦は時空を超える飛行要塞だ。アルドたちは普段から移動の際には次元戦艦に乗せて貰っていた。
「まさかヴァルヲが次元戦艦にまで乗ってたなんてな。ってことは、まさか目的地は別の時代なのか?」
「しっ、左の一番奥の部屋に入って行ったみたいだよ……いこ! お兄ちゃん」
慎重に気配を殺しながら二人でこそこそと、左奥の部屋の様子を伺ってみる。
すると、そこではヴァルヲとピンク色のネコ型アンドロイドがじゃれ合っていた。
「にゃぁお」
「ヴァルヲさんは今日もかわいいですノデっ! ごろごろ」
喋ったのはピンクのネコ型アンドロイド、リィキャットだ。
アルドの頼れる仲間でKMS社製汎用アンドロイド、リィカの姉妹機で、リィカと同じくピンク色の機械的なボディだが、人型のリィカと違って子猫の体を持っている。
ヴェルヲはリィキャットにすりすりしてから甘えるようにひと鳴きして、その傍で丸くなった。
「そういえばここは……リィキャットがいる部屋だったんだな」
「ねこ同士、仲良しなんだね」
ほほえましい光景にフィーネは目を細め、アルドは天井を見つめながら考える。そういえばリィカもねこ好きだしリィキャットもねこ好きなんだろうな。
しばらくして、リィキャットは眠るヴァルヲの前で独り言をつぶやき始めた。
「最近アルドさんガ全然来てくれなくて寂しいですノデ……ヴァルヲさんには同じ悲しみを味あわせない為ニモ、思いっきりゴロゴロしてあげマス。ナデナデ」
ひそひそ声でフィーネがアルドを小突く。
「……もうっ、お兄ちゃんっ」
以前リィキャットはアルドにナデナデして欲しくてリィカに嫉妬し事件を起こしたことがある。
そのとき、リィキャットはアルドに撫でて貰ってとても喜んでいたのだが、それ以降アルドは冒険の日々に忙殺されて、ほどんどリィキャットをナデナデしていなかった。申し訳なさがアルドの胸いっぱいに広がる。
「あ、ああ、また思いっきりナデナデするよ」
静かな駆動音と共に次元戦艦がするすると晴天の空へと飛び立っていく。
平和な平和な午後だった。
時空を超えた次元戦艦は未来の浮遊街へとすみやかに着陸した。メタリックなタイルの街や街路樹が雲に近い高さに浮かんでいる。
「ここは……ニルヴァかな?」
「そうみたいだね」
「あっ、ヴァルヲが耳をぴょこぴょこさせたかと思うと一目散に飛び出した! 行ってみよう!」
二人がヴァルヲを追いかけるとニルヴァの東の道端に人だかりならぬ、ねこだかりが生まれていた。
その中心に何やら人がいるようだ。
二人は気づかれないように物陰から様子を伺おうとした。
「……物陰が、ない!」「ねこちゃんたちは夢中だからきっと大丈夫だよ」「そうだよな」
二人は隠れるのは諦めて遠巻きに様子を伺う。
「えっとあれは……シャノン? シャノンの周りにすごい数のねこが群がってる!」
シャノンはアルドの仲間でKMSグループのマーケティング会社に勤める、才色兼備のお姉さんだ。今日も桃色の長髪が優しく風になびいている。
「あらあら、私のファンかしら♪」
シャノンはモデルのようにポーズを決めて、群がるねこちゃんたちに笑顔で応対していた。
「それにしてもどうしてあんなに集まってるんだろ。餌でもあげてるのかな?」
「違うよ。あれは、ナデナデしてるだけだよ」
アルドが目を細めてよくよく見てみると、シャノンは笑顔で猫のおなかを代わるがわるナデナデしていた。絶妙な力加減でねこたちはうっとりしている。
「あんな風に撫でてもらえるなら夢中になる気持ちも分かるなぁ。あっ、いつの間にかヴァルヲが最前列に……あいつちゃっかりしてるなぁ」
「流石は本物のねこ好きシャノンさん。ミス・エルジオンで仕事もできる優しいお姉さんで、ねこちゃんにも好かれてるなんて憧れちゃう……ほら見て、お兄ちゃん。ああやって無造作にねこちゃんをなでなでしてるように見えて、ねこちゃん一匹一匹の好みに合わせて的確になでなでしてるんだよ。あの子にはお耳の裏をかりかり、あのこは優しくお腹をもふもふもふ。指先で竪琴を引くように背中をって技まで。もうみーんな、メロメロだね。あの技術……欲しい!」
フィーネはメモを取り出して、真剣な目つきでなにやらメモを取りはじめた。
「あの数のねこを一匹一匹把握してるのか!? って、またヴァルヲが割り込んだ」
「お兄ちゃん。あの子はエアポートにいるギュストくんだよ! 色も顔も全然違うじゃない」
「あ、言われてみると確かに灰色だ」
「ギュストくんはねぼすけさんなのに、こんなに朝早くに撫でられにくるだなんて、やっぱりシャノンさんってすごい。わたしもいつかあんな風に……」
「ねこの性格まで知ってるフィーネも十分すごいと思うぞ」
一時間くらいして、シャノンのなでなでタイムが終わった。
「今日はこれでお別れね。みんなで、さんはい!」
「にゃーん♪」
シャノンはにこやかに手を振ってねこと別れて、ねこたちは名残惜しそうにひと鳴きするもすぐに解散した。
「それにしても羨ましいなぁ……シャノンさん」
「ああ。いいよなぁ。ねこたち。優しく撫でてもらって、とっても気持ちよさそうだった」
余韻に浸るアルドたちを大樹の島が温かく見守っている。
一息ついたヴァルヲはアルドたちが付いてきているのを知ってか知らずか、時折振り返りながらまた俊敏な動作でぴょんぴょん飛ぶように走り始めた。
「そしてヴァルヲはまた次元戦艦に乗るのか。次はどこに行くのかな?」
「えっと現代のガルレアか、カレク湿原だと思うんだけど……他の人はいつどこにいるか分からないし……」
「そうなのか。とりあえず、見てみよう」
次に次元戦艦が現れたのは黒い瓦屋根の町、現代ガルレア、巳の国イザナの上空だった。次元戦艦はすみやかに着陸体勢に入っている。
「ここに来たってことは……あの人ね!」
「あのひと?」
「思い浮かばないの? ここにはあの人がいつもいるでしょ?」
「えっと、誰だったかな……ってヴァルヲがすごい速さで飛び降りていったぞ」
「追いかけましょ! もしかしたらあの人の謎が解けるかも!」
あの人の謎? 首を傾げるアルドを気にも留めずにフィーネも凄い速さで飛び降りていった。
「おーい、待ってくれよ。って、もう見えない」
アルドは追いかけるのは諦めて、石畳の町並みを眺めながらフィーネとヴァルヲを探すことにした。草履に髷に割烹着、どれもアルドの育ったミグレイナ大陸では滅多に目にすることのないものだ。王都ユニガンとは一風違った空気感に、遠いところまで来たんだなぁと実感する。
「あ、フィーネ。ようやく見つけた」
フィーネは何故か酒屋の傍の井戸と壺の間にしゃがみこんでいた。
アルドも同じようにフィーネの傍に隠れてみる。
「しっ、お兄ちゃん。今いいところなの」
フィーネは熱い視線を長椅子に座る人物に向けていた。
「ん? あそこの和傘の下に座っているのは……シグレだな」
シグレはアルドの仲間で普賢一刀流免許皆伝のサムライだ。
長椅子に腰かけて、ご満悦の様子でお団子を食べている。ヴァルヲの姿は見当たらない。
「あっ、もしかしてフィーネはシグレを見に来たのか? あいつ格好いいもんな」
「そんなんじゃないよ。お兄ちゃんのバカっ」
「なら、やっぱりヴァルヲがシグレに逢いに来たのか? でもヴァルヲの姿はどこにも見えないぞ?」
「よく見てお兄ちゃん。とても気持ちよさそうにしてるよ」
「よく見てって言われても……どこをだ?」
シグレの足元を見てみてもヴァルヲはどこにもいない。長椅子に寝てもいないし。
「あそこよ。ほら!」
フィーネの指先を追いかけて、アルドは目を見開いた。
「あ、ヴァルヲがシグレの頭の上に乗ってる! 足元ばかり見てたから気づかなかったな……それにしてもなんて安定感だ。ねこを載せてるのに普段と全く変わらない様子だぞ」
「そこがシグレさんの凄いところなんだよ。ヴァルヲを頭の上に乗せても微動だにしない自然体。しかも時折、ゆりかごのように体を揺すって、ヴァルヲに快適な睡眠環境を提供している。あんな技術があるなら、ねこちゃんはイチコロだね!」
「そ、そうなのか」
「それだけじゃないの! 注目すべきは、シグレさんはなぜか知らないけど子供とねこに妙に好かれているところ! ねこに好かれるっていう、ねこ好きなら最も手に入れたい特性を最初から持っているの! はぁ……いいなぁ」
フィーネは熱っぽく呟いてまたも熱い視線をシグレに送る。
「どちらかと言えばフィーネも子供や動物に好かれるほうだと思うけどなぁ」
アルドのささやきは風に消えた。
ひと眠りしたヴァルヲは満足してシグレに「にゃぁ」とお別れを告げ、また次元戦艦に飛び乗った。そしてバルオキーに戻ってきたかと思うと今度は東のほうへと疾風のように走り出した。
二人も急いで追いかける。
「最後はカレク湿原ね。一瞬の出来事だから見逃しちゃダメだよ」
「ああ。あそこで風に吹かれているのは……シオンだな」
シオンもまた、シグレと同じく普賢一刀流のサムライだ。普賢一刀流の龍虎と言えばシオンとシグレを指す。シオンは今日もまた青紫の髪を風になびかせ、湿原で物思いに耽っていた。
シュパパパパッ。
そんなシグレに対し、ヴァルヲは超高速のフェイントを交えながら俊敏に間合いを詰める。
「……煮干しはいるか?」
――シュパッ。
シオンのただならぬ気迫に怯えながらもヴァルヲはシオンからひったくるようにニボシを奪って後方に離脱。その場で無我夢中で食べはじめた。シオンがそんなヴァルヲに音もなく近づいて優しく撫でようとするも、ヴァルヲは一瞥もくれずに機敏な動作でその手をよけた。
「しゃーっ!」
しっぽを立てて空気感威嚇して、また一心不乱に煮干しを食べるヴァルヲ。
「……む」
食べ終わった。
「煮干しはいるか?」
そのまま同じ光景が三回くらい続いて、とうとうシオンに一度も撫でられないままヴァルヲはシュタタタタッとバルオキーへと走り去った。
「なんだかシオンが不憫だったな。いつでもねこにあげるためのにぼしを持ってるくらいねこ好きなのに、結局触らせても貰えないなんて」
なぜかねこに好かれるシグレと、なぜかねこに嫌われるシオン。二人とも普賢一刀流のサムライで幼馴染で猫好きなのに、どうしてこうも違うんだろう。なぞだ。
アルドは腕組みして思案した。
「ヴァルヲもシオンさんのこと嫌いじゃないんだよ。わざわざ逢いに来るくらいだから、本物のねこ好きって認めてるんだよ」
「それって単にニボシが好きなだけなんじゃ」
アルドの声は風に消えた。
序章――アルドとフィーネのねこ好き巡り
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