第9話妖魔退治1回目(3)

 炎輝は戻ってきてすぐ紅茶文俊に山で発見したことを説明した。彼の話を聞いていくうちに文俊の眉も寄っていく。


「事情はわかりました。でも、もう術は発動した後なんですよね?」


 文俊は炎輝に問いかける。


「そうです。不可逆の術式なので戻すこともできません」


「夜を待って妖魔が出てきたところで実力行使をするしかなさそうですね。そちらは、何かわかりましたか?」


 文俊は、炎輝とマリエッタが帰ってきたことで集まってきた三人に話を振った。

 最初に、李芳明が話し始める。


陰摩羅鬼おんもらきの原因になったと思われる方の家に行きましたが、生活感が無く……生前に使っていた者はすべて燃やした、と聞きました」


「それにどうやって生計を立てていたのか。農耕をしていれば農耕具が残っていそうなのですが、そういった物もありません」


「食事は村の人が交代で届けていたみたいですし、近所の人や人手の足りないところで農作業をして日々生活をしていたみたいなんです」


 月娥、高長が交代で説明をする。三人の説明で炎輝は何かに気がついたようで少し考えた後、文俊に視線を送る。


「紅茶老師、これは」


「十中八九そうだと思います」


 文俊は炎輝に同意し、続きを言うように促す。


「彼は、村で何かあった場合に生け贄として殺される役目を負っていた。だから日々の生活に必要な物は村から提供された。村で何かが起こり彼は生け贄になった。だから死んだ」


「辰炎輝、完璧な回答です」


 文俊は炎輝の回答を拍手で賞賛する。


「じゃあ、夜に出てくる陰摩羅鬼おんもらきは偽物っていうこと?」


 偽物のお化けがでてきて大騒ぎになるのか?とマリエッタは不思議そうだ。


陰摩羅鬼おんもらきについては、村人達の罪悪感から来るものでしょう。暗闇でススキが揺れれば幽霊になるのと同じです。ただ……困ったことに本当に何かが出るようになってしまった」


「村や山に染みついた怨念を増幅して怪異に仕立て上げる禁術が見つかった」


 炎輝とマリエッタが山で見つけたのは、禁止されている鬼道の術式である。


「あー……つまり陰摩羅鬼おんもらきは居ないけど、別の妖魔が村内を徘徊するってことか」


 炎輝と文俊の説明を受けて、高長が要約をした。


「今のところ目撃時間帯は夜だけですから、規模が小さいうちに片付けましょう」


 文俊が五人に夜までの待機と、戦いに向けた準備を命じた。



 マリエッタと炎輝は畑の近くにある木陰で二人で並んで座りながら時を待っていた。だんだんと空が橙色に染まる。畑仕事をしていた村人達がちらほらと家へと帰っていく。

 そんな光景を遠目で見ながらマリエッタは問いかけた。


「誰がそんなことをやったのかしら?」


「読み書きのできる者だろう。この村の識字率は低いらしい。自ずと限定できる」


 炎輝の淡々とした回答にマリエッタが眉根を寄せて聞き返した。


「犯人が村の中にいるの?」


「最近、旅人がこの村に寄っていないのであれば犯人は村人だ」


「でも、なんで」


「さあ?俺たちには計り知れないことだ」


「そもそも、生け贄になるための人間って何?生きる権利は無いの?」


 マリエッタは自分の知る範囲でそのような習慣が祖国には無かったと思っている。


「人の命を天に捧げることで、難を乗り切ろうとする昔ながらの方法なのだろう」


「そんなのおかしいわ!なんの罪も無いのに!」


 人の命を簡単に奪うと言うことが、マリエッタの癇に障る。心の奥底の炎が『許さない』と燃え上がっている気がした。


「今日はヤケに引っかかるな。どうした?」


 炎輝がマリエッタに視線を向ける。マリエッタと炎輝の視線が絡み合いマリエッタは急速に気分が沈むのを感じた。あの燃えさかるような炎のような感覚が静まった。


「何でも無いわ。ただ、理不尽だと思っただけ。生け贄になった人は生きたいって思ったかも知れないわ」


「いつか生け贄になるから、日々の生活は贅沢をさせてもらったんだろう。村人が持ち回りで食事の世話をしたのも、各家でできる限りのもてなしをしたからだ。仕事をしなくて良いのも、いずれ生け贄になるからだ」


「でも」


「言っただろう、生活を守るための規律があると」


「炎輝の馬鹿!」


 炎輝の言うこともマリエッタには理解できる。しかし無残に殺されたかつての自分の死に顔が脳裏によぎり心の底で燃えあがる。

 八つ当たりのように炎輝に言い放つとマリエッタは駆けだした。


「あ、おいそっちは……!」


 慌てたのは炎輝である。マリエッタが駆けていった方向は妖魔を追い込むために文俊が準備をしていた広場である。

 時刻はちょうど人の世界と妖魔の世界の境界が曖昧になる逢魔が時だ。



 マリエッタが広場に足を踏み込んだ瞬間、黒いもやのようなモノが広場の中心に集まってくる。それは徐々に大きくなり形をつくる。

 マリエッタは、鞘から剣を抜き構えた。初めての実戦に息を飲み込む。

 黒いもやは、マリエッタに狙いを定めたようだ。マリエッタの方へ黒いもやを腕のように伸ばした。それを横へ飛んで避ける。


 さらに腕の本数を伸ばして黒いもやがマリエッタに襲いかかる。マリエッタは俊敏に避けるが最後が避けきれない。

 マリエッタは、腕に直撃するのを覚悟したが直前で黒いもやの腕が二分される。

 炎輝がマリエッタの援護をしたのだ。宙に浮いた炎輝は何も無いところから剣を出現させる。


「馬鹿、一人で突っ走るな」


「大丈夫よ。炎輝は心配性ね」


 マリエッタは炎輝を見上げて応じる。

 すぐに異変を感じ取った月娥たちが広場に駆け寄ってきた。五人はそれぞれに黒いもやを取り囲むように位置取りをする。 

 マリエッタ達は個人個人では成績の良い部類に入るが黒いもやに思い思いに攻撃をしているため決定打を打ち込めないでいた。

 マリエッタ以外の四人は空中戦もできるようでひらひらと黒いもやの攻撃をかわしている。

 マリエッタだけが地面から離れられないので、すぐに息が上がる。


 黒いもやもマリエッタが一番最初に仕留められそうと判断をしたようだ。マリエッタの方へ集中的に腕を伸ばす。

 四人は援護をするが間に合わず黒い腕はマリエッタを捕らえる。四肢を押さえ込まれ首にまで腕が巻き付いている状態でマリエッタはうめき声を上げた。


 ――このままだと、息が。


 マリエッタは剣を握っている方の手をなんとか動かそうと力を込めるが微動だにしない。

 炎輝がマリエッタを捕らえている黒いもやの腕を切り落とそうとするがそのたびに黒いもやがマリエッタを盾にするのでうまくできない。


「ねぇ、見て!マリエッタの瞳の色」


 月娥がマリエッタの瞳の色の変化に気がつく。苦しそうな表情から覗く瞳の色が、空色から徐々に赤く色

づいていく。


「空色の瞳が、血のように赤い」


 高長が指摘したと同時に、マリエッタはそれまで押さえ込まれていたのとは正反対に簡単に黒いもやの拘束を解き放った。

 不敵そうな表情に、血の色に染まった瞳。彼女は空を飛べないはずなのに飛行術を使って浮いている。


「マリエッタ!!」


 さすがの異常事態に炎輝は焦った声で呼びかける。マリエッタは彼の声には応えずに赤い瞳のまま黒いもやに斬りかかる。

 斬りあげた箇所から炎が燃え上がる。剣に炎の術を付与して一閃したのだ。

 五人がかりで斬りかかっても致命傷を与えられなかったのに、マリエッタの一撃で黒いもやの体積が半分まで減る。

 すかさず文俊が妖魔を浄化する術を使って黒いもやにとどめを刺す。


 黒いもやが消えると同時に、マリエッタが瞳を閉じ空から落下する。

 炎輝がすばやく彼女を抱き留める。


「マリエッタの様子は?」


 高長が炎輝に問いかけた。炎輝は腕の中で気を失っているマリエッタを見下ろす。


 外傷はない、瞳は閉じている、規則正しい呼吸。


 炎輝は淡々と答えた。


「気を失っているだけだ」


 炎輝は大事な宝物でも抱えているかのようにしっかりとマリエッタを抱えている。いつものように冷静なふりをしているだけであった。


 四人が地面に降り立つと、文俊が待ち構えていた。マリエッタの様子を確認してから言った。


「妖魔退治はできましたが、統制はまったくとれていませんね。今後の課題です。ただ、マリエッタの事は楽紅夏氏の当主に話しておきましょう。ここまで夏氏の特徴が出るとは思いませんでした」


 剣に宿った炎の術、赤い瞳。どれも楽紅夏氏の特徴である。マリエッタは夏氏の直系に近い力の持ち主のようだった。

 炎輝のマリエッタを抱きかかえる手に力が篭もった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る