第7話妖魔退治1回目(1)

「本日より妖魔退治の実践を行う」


 いつも座学で使用している部屋で、李書維が告げた。いよいよ実戦の開始で門弟達がざわつく。


「組分けを行った。それぞれの任務を確認するように」


 李書維は懐から巻物を取り出し順に読み上げていく。マリエッタは、炎輝、月娥、高長、芳明と同じ組分けだった。

 組分け順に席を移動し、今後は組単位で妖魔退治の作戦を練っていく。

 各組には、熟練の退治師が補助として参加をする。マリエッタ達の組の補助についたのは、楽紅夏氏の門弟である紅茶文俊ホンチャ・ウェンジュンであった。


「私たち一緒みたいだね。よろしく」


 月娥が楽しそうに言った。気心が知れている者達と一緒に組むことになってマリエッタも安心した。

 いまだに、マリエッタが異国出身だからと差別する者がいるのだ。


「黒色の鶴の退治か」


 任務が書かれた巻物を組単位で渡され、高長が巻物を開いた。そこには発見者から聞き取った内容が書かれている。

 黒色の鶴が出てきて人を襲っていると書かれていた。

「黒色の鶴?色が変わっているだけで妖魔なの?」


 マリエッタは、そんな珍しい鶴なら保護をして観賞用にすれば良いのにと首をかしげる。

 妖魔に詳しくないマリエッタに炎輝が言った。


「おそらく、陰摩羅鬼おんもらきの事だろう」


 マリエッタはカルチャーショックを受けたようにつぶやいた。


「黒い鶴だけれど鬼」


 陰摩羅鬼おんもらきは緋国では有名な妖魔である。人を驚かす程度のあまり害のない妖魔である。それを知っている芳明は不思議そうに問いかける。


「人を襲ったりしないはずじゃなかったっけ?」


「少ない情報では判断ができない。調査をするしかないだろう」


 巻物にも「陰摩羅鬼おんもらきっぽいもの」と書かれていて、陰摩羅鬼おんもらきとは断定されていない。

 陰摩羅鬼おんもらきが有名なので、黒い鶴すなわち、陰摩羅鬼おんもらきだと発見者が思った可能性があることを高長は言った。


 発見場所の記載を見て、マリエッタは驚く。


「え?陰摩羅鬼おんもらきってこの近くで出るの?」


「黒い鶴なんて見たかしら?」


 月娥も首をかしげる。黒い鶴なんて見かけたらこの集落で噂になっているはずだ。妖魔退治師は妖魔馬鹿の集団でもある。妖魔見たさに山狩りをするはずだ。特に、人的被害の少ない陰摩羅鬼おんもらきなど格好の標的である。


 このまま部屋であれこれ言っていても始まらないと思った炎輝が手分けをして調査をすることを指示した。どうやら、この組は自然と炎輝が長をするようだ。


「俺とマリエッタで六角堂で文献を探す。他の三人は聞き取りだ」


 なんとか授業にはついていけているが、いまだに速読はできないマリエッタは六角堂に向かいながら炎輝に尋ねる。


「私まで六角堂?」


「聞き取りは近くの集落まで行くからな。慣れた者が行った方が良い」


 炎輝としては、マリエッタが行くことによって好奇心を発揮して集落のあちこちをはしゃいで見て回るのが容易に想像ができた。

 観光をしにきたわけではないので、マリエッタを聞き取りする側に入れるわけにはいかなかった。


「そんなに私と一緒にいたいの?」


「黙れ!」


 マリエッタの茶化しに炎輝はイライラしながら六角堂へ先に向かう。炎輝の素直な反応にマリエッタは嬉しくなる。

 先ほどまで頭をすり寄せていた猫が、突然爪を立ててきたような感覚だ。


(炎輝ってすっごく猫っぽいわ)


 猫っぽくて、ついかまいたくなってしまうのだ。



 六角堂の数ある本棚から、陰摩羅鬼おんもらきに関係がありそうな本を机の上に積み上げていく。マリエッタはかろうじて子供向けの本の中に陰摩羅鬼おんもらきの記述を見つけて、それを積み上げる。

 順番に文献を読んでいくと、だいたい陰摩羅鬼おんもらきは黒い鶴の姿で人前に現れ声をかけて脅かしどこかに飛び去っていくと書かれている。


陰摩羅鬼おんもらきは……黒い鶴の姿で現れ人を脅かす。鬼と言っても脅かすだけなら放っておいても」


「本当にそれが陰摩羅鬼おんもらきならな」


「どういうこと?」


陰摩羅鬼おんもらきは人が死んだときに無念の思いが鬼となった者だ。近くの集落で何かあったのだろう」


 炎輝は暗に殺人事件があったのではないかと示唆する。それを敏感に感じ取ったマリエッタは眉を寄せて不快そうだ。


「そういう事情にまで首を突っ込むの?」


「ここら辺は山が深く、集落で起こった出来事は隠蔽されがちだ。悪いことなら、なおさら」


「それを暴くの?」


「暴かれなければ、亡くなった者が浮かばれないことが多い」


 炎輝の言葉に、マリエッタは脳裏に悪夢がよみがえる。

 死んだかつての私。棺に眠っていたはずが――


「何か?」


 ぼんやりしているマリエッタに炎輝が声をかける。マリエッタは取り繕うように首を振った。


「いいえ。私なら死んでまで起こされてすべてを話さないといけないなんて、どう思うかなと」


「死んだ経験があるのか?」


 マリエッタは「ある」とは答えられず、あいまいに笑った。




 夕食の時間になって、食堂にみんなで集まった。

 それぞれに鹹粥シェンゾウを盆にのせている。てっきりみんな鹹粥シェンゾウだけしか食べていないのかとマリエッタは思っていたが、芳明や高長の盆には他の小皿が乗っていた。

 小麦粉と卵でネギを具として焼いた蛋餅ダンピン、雉肉をショウガやにんにく、バジルの葉で炒め酒、醤油で味をつけた三杯雉サンペイジーだ。どれも美味しそうな香りがする。

 炎輝は相変わらず鹹粥シェンゾウの椀だけなので炎輝があまり食べない部類なのかも知れない。

 蛋餅ダンピンの良い香りにマリエッタは今度は自分も食べようと思う。


月娥たち三人はさっそく目撃者のいる近くの集落まで行ってきたようだ。


「きいてきたよー。近くの村で陰摩羅鬼おんもらきが出たって大騒ぎしていたわ」


 月娥がだらだらとずっと話を続けそうだったので、炎輝が遮った。


「順番に話せ、芳明」


「集落で目撃情報はたくさんあったよ。だいたいが夜の目撃例が多い。黒い鶴という人が大半だけれど、黒っぽい人影が追いかけてくると言った人もいたよ」


「人影?……何人だ」


「三人だね。三人とも同じ日、同じ場所で目撃をしている。友人の家で酒を飲んで帰る途中に怪しげな影を見て追いかけてくるから這々の体で逃げたらしいよ」


 芳明は、いつも腰から帳面と携帯用の筆を下げている。いつでも書き取りができるのだ。それをぺらぺらと捲り読み上げていく。

 携帯用の小さな紙に細い筆で几帳面に書かれている。芳明も達筆である。


「他はみんな黒い鶴だね。声をかけられて驚いたとか、追いかけてきたとか」


「被害者は?」


「妖魔に殺されたというのはないけど、陰摩羅鬼おんもらきが目撃される前、人が一人亡くなっている」


「どういう人物だ?」


「それが……」


 炎輝の問いかけに芳明が言いづらそうに高長に視線を向けた。高長は鹹粥シェンゾウを食べていた手を止めた。


「ちょっとばかり発見が遅れたらしい。外れに住んでいて気がつかなかったようだ」


「そんな」


 マリエッタが声を上げるが炎輝は無視をして話を続ける。


「思いを残したまま亡くなれば、陰摩羅鬼おんもらきになる可能性は高い」


「みんなして何かを隠しているような感じだったかな?」


 月娥も食べていた手をとめて言った。


「ああいう村では独自の規律で秩序を保っていることがある。それをよそ者の俺たちにはわからない」


 炎輝が言葉を続ける。


「表向きは、陰摩羅鬼おんもらきとなった男の弔いとして退治しにきたということで全員でその村に訪問しよう。日取りは紅茶老師に頼もう」


「こういうのは老師のほうが巧みだからな」


 作戦が決まり、マリエッタ達は食事を続けた。 



 食事が終わり、それぞれの宿舎に移動しようというときにマリエッタが炎輝を引き留める。


「聞きたいことがあるんだけど」


「六角堂で」


 炎輝は、食堂では人が集まっているので邪魔されないように六角堂へ向かうように促す。マリエッタも心得たもので頷いて炎輝の後をついていく。

 あまりにも自然な二人のやりとりに月娥があきれていった。


「え?あれで付き合ってないとか嘘でしょ」


 高長と芳明も同意した。




「それで、何が聞きたいんだ」


 六角堂のいつもの定位置に座って炎輝が問う。燭台に明かりを灯し、わずかに炎が揺れる。


「亡くなった人の発見が遅れたって言っていたでしょ。ちょっとおかしいと思って」


「事件性を感じるか?」


「もちろん。月娥だって『何かを隠しているみたいだった』って言っているわ。もし事件なら……」


「ちゃんと調べて犯人を裁け、と?」


「そうよ、だから浮かばれないのでしょう?」


 数日前に炎輝が言っていたことだ。

 マリエッタは興奮して炎輝に前のめりにつめよった。マリエッタと近くなった距離と、マリエッタから香る花の香りに炎輝はたじろいで、体を後ろに避ける。


「落ち着け。適正な距離を保て。俺たちは陰摩羅鬼おんもらきをまだ調べていない。その亡くなった人が陰摩羅鬼おんもらきになった可能性は高いが、理由は不明だ」


 月娥たち三人が集落へ聞き込みに行ったときに、亡くなった原因についてははぐらかされたのだろう。炎輝たちはまだ仙洞門で学ぶ修行中の身なので当事者達からの協力を得られないことも多い。


「それに、ああいう村には独自の規律がある。それを守ることで生活を送っている。犯人を探すのは良いが、余計なことは言うなよ」


「理不尽なことでも?」


 マリエッタの空色の瞳が、炎のようにきらめく。炎輝はマリエッタの瞳が時折こうして輝くことを知っていた。星の瞬きよりも強いマリエッタの瞳の光が炎輝は好きだった。


「規律を重んじることは生活を守るためでもある」


「頭が固いって言われない?」


 羽黒辰氏の領地は緋国の北側にあり、領土の三分の一は田畑にならない不毛な土地である。そのような厳しい土地で生きる領民たちは、厳しい規律で生活を守っている。

 羽黒辰氏の直系である辰炎輝が規律を重んじる性格になるのは必然であった。


「適正な距離を保て」


 マリエッタは相手を問い詰めるときに詰め寄る癖があるようだ。また、炎輝の方に身を乗り出している。炎輝の耳がわずかに赤く染まっていることに気がついて、マリエッタは意地悪そうに笑った。


「辰家の若様には刺激が強すぎたのかしら?」


「黙れ!」


「耳まで赤くして、何を考えているんですか?若様」


「穢らわしい!出て行け!!」


 にやにや笑っているマリエッタを炎輝は追い出した。笑いながら出て行ったマリエッタの後ろ姿を見ながら炎輝は深く溜息をついた。


「良い匂いのする君を抱きしめたらどういう心地だろう、と思ったとは言えるわけないだろう」


 高くなる鼓動を沈めるために炎輝はもう一度溜息をついた。

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