第2話

それから僕たちは毎朝、屋上で予鈴がなるまでの30分を使ってたくさん話をした。

咲桜も音楽が趣味であるらしく、好きな歌手は誰か、どんなジャンルが好きなのかなどを、ひたすらに熱弁していた。

熱が籠っているのは咲桜の方だけでなく、僕も自分がどんな曲が好みかなどを必死で話し、身ぶり手振りでどれだけ好きなのかを伝えた。

咲桜とは音楽の趣味がよくあい、日を重ねるごとに議論は白熱し、距離もどんどん近くなっていった。

お互いに自分のことは、あまり話さなかったが、彼女が時おり見せる屈託のない笑顔や、音楽について話しているときの真剣な態度に僕は引かれていった。

3月が始まるのに合わせて春風が桜の花びらを連れてきてくれたなんてちょっと寒過ぎるだろろうか。


この楽しい時間を何日、何週間と重ねていくごとに僕の咲桜への気持ちは少しずつ大きさを増していった。

だが、僕は踏み出せずにいた。元来の性格が積極的ではないのもそうだが、昔の失敗を思い返すと足がすくんでしまうのだ。


そんな毎日が続くなかで、ある時、僕は彼女が歌っていたあの曲について聞いてみることにした。なんとなく気になったのだ。


「そういえば、前に歌ってたあの曲って誰が歌ってるやつ?もしかしてオリジナル?」


彼女は最初、きょとんとしてこちらを見つめていたが、思い出したように「あー」と口を開いた。


「春風のことね。あれは私のお父さんが作った曲だよ」


「お父さんが作ったんだ。いい曲だと思ってたんだよね」


一瞬、咲桜の顔が曇ったような気がした。

何かいけないことを言ってしまったのだろうか。

だが彼女はそれが杞憂であると言わんばかりに明るさ全快という感じで続けた。


「あれ、いい曲でしょ!私、大好きでさー!将来はねー歌手になってあの曲を歌うって決めてるんだー」


咲桜は口角をあげて笑顔を作ってみせた。

だけど、いつもと様子が違う。

たったの数週間を過ごしただけだが、彼女が普段とは違う様子なのは明らかだった。

僕は狼狽した。脳裏には浮かんだのはあの時の失敗の経験だった。

やはり僕が発する音は人を不幸にするのかもしれない。

しかし、僕には反省する前にやらなければならないことがあった。


僕は咲桜の前に行き、深く頭を下げた。


「僕は何か余計なことを言ってしまったのかもしれない。ごめんなさい。」


咲桜はただ呆然とこちらを見ていた。

そして直ぐに笑いだした。


「何、勝手に察してんのよ!ぜんぜん大丈夫!」


僕が頭をあげると、そこにはいつもと同じように笑う咲桜の姿があった。

本当に思い過ごしであったのだろう。僕は赤面し、その場で固まった。


「でも、そういうとこが春人のいいとこだとおもう」


咲桜が何かを呟いたようだが、硬直状態の僕には届かなかった。


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