第32話 違和感

朝なのか夜なのか。部屋の中は薄暗く、硝子で四方を囲まれた燈火だけがぼんやりと辺りを照らしていた。



寝起きですっきりしない頭を振る。


「っ…」


突き抜けるような左肩の痛みにアヤメが顔をしかめて目を向けると、そこには白い包帯が巻かれていた。少し前に巻いたのか、夜着から覗くそれは少し弛んでいる。


ーーそうか、これは


空木を庇った時に受けた傷である。


どうやらいつのまにか気を失ってしまったらしい。自分で唐桃に帰ってきた記憶がないため、ここまで運ばれてきたのだろう。

徐々にではあるが、うっすらと意識があった時のことを思い出し、アヤメは軽く唇を噛んだ。


兄に情けない姿を見せてしまった。


一ヶ月振りだろうか。前に見た時よりも髪が伸びていた気がする。

久しぶりに会うのに未熟な自分を見せてしまったことをアヤメは後悔した。


…いや、今はそのことよりも


落ち込みそうになる自分を抑え、首を横に振った。


今はそんなことよりも、考えなくてはいけないことがある。


アヤメは一連の出来事で感じ続けた違和感を頭に呼び起こした。



『軍事施設…?そんなものは知らん!』



空木のあの言葉ーー

嘘を吐いているようには感じられなかった。純粋に、何のことを言われているのかわからないといった顔だった。


おかしい…


予想外の反応に首を捻る。

もともと空木の目的が施設建設のための視察であるという可能性は低いとは思っていた。

本来の目的を隠すため、周囲を欺くために、わざと『本当の目的は軍事施設建設の下見である』という噂を自らが流したのだと。


しかし、空木の反応を見た限りではそんな小細工は初めからしていないように感じ取れた。


それに、兄のあのタイミング…


まるで、こちらの状況を全て知った上で図ったようなタイミングだった。


「……」


琥珀の目を細め、暗闇を見つめてアヤメは思案していると、不意に前方の扉が静かに開いた。

パッと顔をあげると、誰かが部屋に入ってくるところだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る