第30話 少女の狂気

「貴様らは一体今まで何をしてきた?

ただ漫然と生活し、村を発展させる野心も意欲もなく、陰鬱に森の奥で暮らしてるだけじゃないか。

 無駄に動物たちをのさばらせているだけの土地を国のため有効活用しようとして何が悪い!

 この国の寄生虫があれこれ文句を言う資格などない!」


「てめぇ!!」


「事実だろう!だから年々白杏は過疎化が進んでいるんじゃないか!若い者は皆中央に働きに出、働き手は老いた者ばかりだ!」


「黙って聞いてりゃ…!!」


その言葉に限界を超えたのか、紫苑が唸るように声をあげた。


「村を発展させる野心?意欲だと?

 洸陣からの予算を教育や福祉には最低限しか割りふらないくせに軍事防衛費には湯水のごとく費やしやがって!

 それでどうやって学舎を増やせっていうんだよ!若い奴を他に行かせるしかないのにどうやって村の技術を伝承させて発展させていけっていうんだよ!?

 国のためだなんて笑わせるな!てめぇのツラを見てみろよ!自己保身しか考えない臆病者が!」


「それは貴様らが与えられたものだけで何とかできない無能だからだろうが!

 それに、この属が国に何を為した!?ろくな利益も成果もあげられてないのに見返りだけは欲しがるのか!」


「てめぇがそうやって目先の利潤しか考えないから現状維持するしかできないんだろうが!」


「ハッ。話にならんな。言い訳ばかり連ねよって」


ちらりと、獣と対峙する細い身体を見上げる。まだ若い。そして恐らく無知だ。自分を守って負傷してしまうくらいの甘さだ。

空木から見て懐柔するには容易そうに見えた。


「なぁ…悪いようにはしない…私に任せてさえくれればこの森を、白杏を、この国を活性化することができる…!」


若い長に向かって言葉を投げる。

触媒は今狼たちの側にある。それは空木の立場を致命的にさせるものである。

何とかしてこの場を切り抜け、術式を奪い返さなければ空木の地位は終わったも同然だった。


慎重に言葉を選び、優しく問いかける。

少女にとって魅力的な言葉を与えてやる。


「白杏を豊かにしたいだろう?今のままであれば衰えていくばかりだ。それは長であるお前にとっても本意ではないだろう…?私がこの土地に改革を起こし、繁栄させてみせる…!だから、なあ…」




「でも、森は死ぬでしょう?」




静かな声だった。

空木の動きが止まる。

目の前の少女。肩口はぐっしょりと血で染まっている。

いつの間にか振り返り、眼前に立ち黄金の眼差しで地に座る空木を見下ろしていた。


「豊かになるって何がですか?」


「こ、この白杏が…」


「それは人間に限った話でしょう?」


当たり前だと発しようとした言葉はぐっと飲み込まれた。

黄金を溶かしたような瞳。

どこまでも澄んだ目は、空木を無機物でも見るかのような目で見ていた。



「このまま人が減って滅びたとしても、それは自然の淘汰です」


「貴様…本気で言っているのか!?」


「ええ。むしろ、繁栄と言うのであれば人がいない方がこの土地は繁栄するでしょう。動物も植物も伸び伸びと暮らせます」


淡々と話す少女のことが空木は信じられなかった。仮にも長であるにも関わらず、領地が存続できなくなっても良いと平然と話して見せているのだ、この少女は。

しかもそれを本気で言っている。


ふ、とそこで初めて見せた表情は、この少女が村を案内する際によく見せていた困ったような笑みだった。


「っ…」


とんだ考え違いだった。

空木は自分の認識こそが甘かったのだとわかった。


この少女もあの男と一緒だ…、

ーーー正気じゃない。



「アヤメ!怪我してるんだから黙ってろ!

 この森に軍事施設を建てるとかふざけた噂まで流れてるんだよ。私腹を肥やしたいだけの詭弁にしか聞こえねえなぁ!」


「ぐ、軍事施設…?そんなものは知らん!」


「この期に及んでしらばっくれんな!じゃあなんで森に妙な魔術を仕掛けようとしたりしたんだよ!」


「それは…」


不意に妙な違和感を覚えた。


軍事施設


身に覚えのない単語である。

冷水を浴びせられたように恐慌状態から一転して空木は正気に戻る。


なんだ…私の知らないところで何が…


空木の様子に紫苑の瞳が見開く。

唇がわななき「どういうことだよ…」と疑問に形作られた。





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