第2話 ギャルと保健室


 俺は保健室で、ギャル子と結婚することになった。あのクラスの中で、1番のギャル系の女子と言ったら、ギャル子と言わざるを得ないくらい存在感があるのだから。


 クラスの中で、最下層の位置にいる見た目も普通にして、素行も普通に生きてきた俺にとっては、すごく遠い存在だ。

 だからだろうか、彼女のように分け隔てなく人と接せられる話し方に、寧ろ憧れを感じていたのだ。遠い輝きほど手を伸ばしたくなる、ギャル子は俺にとっての『一等星』なのだ。



 そんな彼女から、赤ちゃんがいたや、結婚してくれや言われてさ、もう頭の中は渦巻銀河のように奈落の底だよ。俺は保健室まで歩くギャル子と歩いてる最中、そう考えるだけで精一杯だった。




 「あら、いらっしゃいませ」



 保健室の扉を開けると、他人行儀に話す女性は、"大森"先生という保健医だ。一応、学校内では評判の高い先生なのだが……生徒の前でタバコを吸うかなりのベビースモーカーだ。俺たちの来訪に慌ててタバコの火を消すところが、赤ん坊に気を遣ってるのがわかる。そこだけでも、大人として助かる。


 

 「それが、例の子?」



 足を組みながら、灰皿にタバコを擦り付けるのは、少し高圧的な態度に見えるが、いつの間にか眠っている赤ん坊に目をつけて、声量は小さめだ。



 「はい、この人が私の力になってくれる人です……かも」



 いつも大声で友達と喋り尽くしているギャル子と、かけ離れている弱々しい姿だった。髪を金髪に染めたサイドポニーテールで、第二ボタンまで開けたラフな制服が、ここまで弱気に見えるとは、俺は横から見て驚いてる。



 「……全部、話したの?」



 「……私の口からは、とても」


 「はぁ……そっか」



 なんなんだ、この会話は。少なくとも、俺は巻き込まれた側の筈なのに、この空間にいる俺は明らかに浮いている。


 2人は何か、まだ重大な秘密を隠しているのでは?



 「全部、話してもらえませんか。大森先生」



 深いため息をついて頭を抱えている大森先生に、俺は容赦なく質問をぶつける。ギャル子は話にならないし、頼れるのは大人である先生しかいないのだから。



 「ん〜、話してもいいけどさ。あんた、この子の話してること、全部本当だと思う?」



 予想していた半分の答えが帰ってきた。残りの半分は、実はギャル子は寝込みを襲って子供を作らせたのを本気で信じてたことぐらいだ。



 「いや……正直、状況がまだ混乱してて……」



 俺は大森先生に頼るしかないのだ。だから、全部話してほしい。ギャル子についての詳細を。

 俺のしつこい質問に観念したのか、タバコを一本吸う動作をしたが、赤ん坊がいるのに気づいたのか、タバコを入れてあった箱から

元に戻した。



 「いやまあ、あんた帰っていいよ」



 ……はっ?この人は何を言ってるんだ?これだけ違和感のある会話をしているのに、帰れだと?いきなり赤ん坊を突きつけられた俺の立場は、どうなるんだよ



 「ギャル子が言ってたことは、ほぼデタラメだから。結婚してとかも、ナシだから。ほら、ギャル子も謝んなさい」



 いつにも増して、温厚な性格な先生が怒っている。どうやら本当に冗談らしい。

 それを聞いて安心した俺は、肩の力が抜くような感じがした。もうこれ以上、深追いはしなくていいという安心感。これで俺は帰れる。



 俺の隣にいる、泣いているギャル子の顔を見るまでは。



 ……なんだよ、その助けを欲しそうな目をするのは。先生がお前が言ったことは嘘だと白状したじゃないか。なのになんで泣きそうになるんだよ。



 ここからは俺の自白だが、自分はギャル子を助けたいと本気で思っていた。

 確かに、俺はクラスでは目立たない存在だと思っている。だが、現実はどうだ。ギャル子がいる美男美女グループに絡まれたら、俺は頭を下げるか見逃してくれか、愛想笑い浮かべて話を合わすしかないのだ。


 いつだってそうだ。そんな奴らが羨ましくて仕方なかった。その内の1人にいるギャル子が、いま俺に助けを求めている。

 平凡な日常……いや、何かの変わるきっかけを俺は望んでいた。それが、今だ。



 目の前で泣いている女の子を、手放すなんて男じゃない。



 「帰りません、ギャル子に何があったのか話してください」



 大森先生は、俺の口に出した言葉が意外だったのか、目を見開いてから俺を鋭い視線で射抜いた。



 「……あんた、本気で聞きたいの?」


 「はい」



これまでとは違う、力強い意志ではっきりと言い終えた。まだ数分間しか会話してないギャル子に、そこまで肩入れするのは馬鹿としか言いようがないが……



 俺は、平凡な男から脱したっか。それだけが原動力かもしれない。そして、ギャル子の涙も止まった。



 「はぁ……ギャル子が選んだ男なら、なんとなくわかる気がするね」



 観念したのか、安堵の表情を浮かべて大森先生はパイプ椅子に深く腰掛ける。そうした後、立ち上がって2人分のパイプ椅子を出して、俺たちを座らせた。



 「この赤ん坊はね。2年間、あたしとギャル子で育てたのよ」



 これまでとは違う真剣な面持ち。確実に何かあると思い、俺は両手の握り拳を強くする。



 「そしてギャル子はね、学校にいる悪魔崇拝者たちによって産まされた子供なのよ」



 真実は、いつも予想を遥かに超える。俺は、とんでもない騒動に自ら入っていったのだった。

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