第33話 3

 「ちょっと待って、どうしてあたしたちには聞かないの?」



 ミアの言葉に、浅いため息をつく勘九郎。



 「お前も、エリーも、クロエもミゲルも、とんでもなくモテるだろう。お前たちの恋愛観が、高校生の等身大だとはとても思えん。今回は参考にならん」



 言われ、思わずコミカルに膝から崩れ落ちるエリー。それを見て、クロエとミゲルは彼女に駆け寄ると、励ましの言葉を言って何とか立ち上がれるように鼓舞していた。



 「あんた、それは言っちゃいけないでしょうよ」



 思わず庇ったのは、ミアが彼女の一途さを羨ましくすら思っているからだ。



 「何故だ?それは、価値観的にも誰もが喉から手が出る程に欲しい才能の一つだろう」



 勘九郎はコンテンツを作り出す人間であるから、どうしても物事を自分中心で考えずに社会的な事実や構成を差して意見してしまう。



 「いくらモテても、本人は一人の為に頑張ってることだってあるかもしれないじゃない」



 「そういうモノなのか。分かるか?ウォズ」



 「草、僕に振るなよ。それに、僕だってモテモテだぞ、今期だけで何人嫁がいると思ってる?」



 適当な事を言って誤魔化したのが分かったから、勘九郎は黙ってしまった。この手の話題になったとき、彼はどうして自分が否定されるのかが分からない。



 「……まぁいい。そこまで言うなら、今回はシナリオ作成に全員で関わろうじゃないか。いずれにせよ、理想の実現にはお前たちの力が必要だ。よろしく頼む」



 相変わらず、謙虚なのか傲慢なのかよく分からない態度であった。



 そんな中で、いつの間にか手に取っている台本をしゃがみ込んでそれを読むエリーが思う。



 ……もしかして、私が意見言ったら実質的な告白になってしまうんじゃないかな。



 急に顔を赤く染めると、両手で顔を隠してうずくまった。そんな態度を見て再び肩を撫でるクロエとミゲルであったが、そうさせているのが悲しみの感情でない事は彼らには分からなかった。



 ……その日の夕方、先にメンバーを返した勘九郎は一人で作業に没頭していた。ただ、施設も増強して認知されるようになったから、以前のように徹夜での仕事をすることは出来ない。警備員が、見回りに来てしまうからだ。



 今考えているのは、主なストーリーのディテールの部分だ。主人公が何の部活に入るだとか、バイト先でどんな失敗をするだとか、口癖、手癖、好きな食べ物エトセトラ。

 人格に説得力を持たせるため、彼は作中の関係のない設定まで作り込む。バックボーンは、発言に説得力を生むと知っているからだ。



 「……まだまだ暑いな」



 言って、冷蔵庫を開ける。すると、その中には一本の栄養ドリンクとチョコレートが入っていた。瓶の下には、白い紙が敷かれている。



 「頑張りすぎちゃダメだよ、か」



 端っこには、『の』の字で目を描いたイラストがある。差出人の名前はないが、これがエリーの仕業であることはすぐに分かった。



 「……ありがとう」



 呟き、蓋を捻って中身で喉を鳴らす。次いでチョコレートを口に含むと、脳みそにエネルギーが行き渡る感覚があった。それをプラシーボだと笑うには、あまりにも温かかった。



 やがて作業を終了し、部屋を片付けて外へ出る。大会に向けて居残りをする運動部の学生たちが楽しそうに笑って向こうを歩いている。まさしく青春の一ページで、彼らの何物にも代えがたい時間で、しかし、勘九郎はその姿を撮影する事は無かった。



 ……なぜ?



 「よう、篤田」



 不意に声を掛けられて、疑問は消え失せる。体が硬直し、緊張が彼を支配する。一筋垂れるその汗を指で払い振り向くと、声の主は映研の部長の山口であった。周囲には、映研の部員を侍らせていて、その中にはやはり一ノ瀬の姿もあった。



 「遅いぞ、待ちわびた」



 言って、上目遣いでニヤリと笑みを浮かべる。その仕草から、彼らは勘九郎がわざと一人になったことが分かった。



 「お前、やってくれたな。こいつは一体、どういう了見だ?」



 彼が手に持っているのは、一枚のポスターだ。そこには『緊急告知』と銘があり、下記には内容が示されている。



 「映研と妄想ディレクションの観客動員対決。俺は、こんなものを承認した覚えはないが」



 学園の至る所に掲示されたこれは、既に裏掲示板でも大きな話題となっている。ホットニュースは血の獄の人気のおかげで爆発的に認知され、嫉妬の数々は既に生徒たちの忘却の彼方へ追いやられていた。



 「そう言うなよ、山口。ただ、俺がお前に喧嘩を売ったんだ。決着、つけようじゃないか」



 勝負の舞台は文化祭。学園が最も盛り上がる瞬間の一つ。



 「……少し、俺を見くびりすぎではないか?映研の放映は、毎年あの文化ホールで行われる。施設の段階で、お前らが勝てるとは思えないな」



 「だが、勝つ。俺たちは、映研を超える」



 「調子に乗りすぎたな、後悔するぞ」



 山口の表情には、余裕が浮かんでいた。当然だ、映研には何年もの歴史があり、いくつもの実績と信頼が積み重ねられている。いくら妄想ディレクションが話題の星とは言え、ムーブメントだけではこの牙城を崩す事は不可能だ。

 妄想ディレクションが持っているモノで、映研が持っていないモノなど一つもない。撮影スタジオから人材、集客のノウハウに広告屋とのパイプまで。その量も圧倒していて、おまけに文化ホールの収容数は100人にも及ぶ。座頭市学園を名門たらしめる、その理由の頂点に立つ男こそがこの山口千なのだ。



 「勝った方は、互いの代表に何でも言う事を聞かせることが出来る。どうだ?」



 「面白い。俺が勝ったら、お前の作品を全ていただく」



 「いいだろう。開戦だ」



 言って、踵を返す勘九郎。



 「まぁ、それはそれとして」



 後ろで嘲笑するような声。その後、頭を引っぱたかれて地面に倒れると、部員の一人が勘九郎の鞄をひったくって中身を覗く。その中には、当然あの台本もあった。



 「どうせ俺たちが勝つんだ。これ、貰って行くぞ。安心しろ、俺がもっと面白い作品に仕上げてやる」



 高笑いをして、校門へ向かう山口。その後に続く取り巻きたちは、すれ違いざまに一発ずつ、勘九郎に蹴りを入れていった。



 「……一ノ瀬、どうした」



 突っ伏せて、最後に残った彼に呟く。血を吐いて、地面にぐしゃりと顔を押し付けると、勘九郎は震えながら笑った。



 「お前、もしかしてわざと……」



 「……あの日の再現だ。山口もきっと、それを理解している。あいつは、必ずあの台本をベースに話を作るはずだ」



 咳き込んで、砂を吐き出す。赤黒い唾液は糸を引き、しかし勘九郎は更に笑った。



 「これで、シナリオは同じ、設備はお前たちの方が数段上。広告力だって桁違いだろう。ならば、後に俺に残るのは一体なんだ?」



 その言葉を聞いて、一ノ瀬の心にあったが音を立てて崩れた。



 「俺たちは、絶対に負けん。俺の仲間を侮辱したこと、必ず後悔するぞ」



 言って、ゆっくりと立ち上がる。これだけの劣勢であるにも関わらず、彼はほんの少しだって妄想ディレクションが負けるとは思っていないのだ。



 一ノ瀬は、ふらつきながら外へと向かう勘九郎の背中を見送る事しか出来なかった。ここで何かをしてしまえば、最後に残った自分のちっぽけなプライドさえ裏切ってしまう事になるから。



 「……知ってたさ。お前が、人のアイデアを盗むような奴じゃないなんて」



 彼は、初めて勘九郎と出会った時の事を思い出していた。あの時に読んだ台本のせいで、自分が映画を作る事を止めてしまった事。羨み、妬み、そして心の底から尊敬したこと。



 そんな勘九郎が、自らの才能をドブに捨てて、今までの全ての作品を賭けると言ったのだ。



 「靴を舐めても、守りたいって言ってたじゃねえか。殺されかけてまで、まもり、たいって……。……ッ!」



 感情は、言葉にならない。だから、彼は空を仰いでえる事しか出来なかった。

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