第四章 ライフ・イズ・ビューティフル

第31話 1

 学校が再開した三日目の放課後、妄想ディレクションの作り上げたホラー映画『血の獄」はとてつもない反響を呼んだ。視聴覚室を貸し切って一度きりの上映の筈だったのだが、教室に入れずに視聴を断念せざるを得ない者やリピートを希望する者が現れて急遽予定を変更。三日間、六度に及ぶ上映の大ヒットを記録したのだ。



 今回の目玉は、何と言ってもミゲルの演技と学園のアイドルであるクロエの出演。そのせいか、女子の観客がいつもの四倍と言う異常事態となった。ホラーとミステリーには一定の熱狂的ファンがいる事も相まって、相乗効果は計り知れない。普通では中々出会えないスリルは、多感な高校生にとって絶好の娯楽であった。



 「なんか、とんでもない事になってるよ。カントク」



 「凄いな。夏休みが明けたら落ち着くとは一体何だったのか」



 珍しく授業に出る事を決めたカントクと、その隣を歩くウォズ。二階の廊下を往く彼らの目に飛び込んできたのは、校舎裏で非公式のグッズ販売を行う新聞部の姿だった。

 直近三本のパンフレットと、どこで撮影したのかポスターまで出来上がっている。当の本人たちが金儲けをしていないのに、知らない間にフリー素材のような使われ方をしてしまっていた。違法アップロードが出回るのも、時間の問題かもしれない。



 「そう言えば、あのポスター三日目には貼ってあったね。あれ、てっきりカントクが作ったのかと」



 「俺はウォズがやったのかと思っていたが。まぁいい、規制したところで闇市は消えない。せっかくだから、俺たちも買いに行こうか」



 そして、彼らは校舎裏の即売所へ降りて行った。パンフレット三冊にポスター。占めて900円だ。結局授業をサボる事になったのは、内緒の話だ。



 「中々良心的な価格じゃないか。それに見ろ、このポスターはかなり出来がいいぞ」



 引っ搔いたような黒の背景に、手前から伸びる真っ白な手。そして奥には、恐怖の顔を浮かべて注射を腕に刺すモノクロの男の姿。ポスターを真っ二つに割る様に赤い文字でタイトルが綴られていて、勘九郎はこれを作った人間も映画が好きなのだと直感で理解した。



 「このパンフ、結構ネタバレ凄いね。ほら、パロディの元ネタまで解説してある」



 「下手をすれば、これを書いた奴は俺よりも映画を知っているのかもしれん。脱帽だな」



 そんな会話をしながら花壇のレンガに腰を下ろしてそれらを読んでいると、一人の少女が二人の前を通り過ぎる。……しかし、その様子はどこかおかしい。まるで、話しかけられるのを待っているかのように、何度も目の前を往ったり来たりしているようだった。



 四度目の往復の後、ようやく勘九郎が前を向く。すると、彼女はオドオドした表情でこっちを見ていて、目が合った瞬間に「ひゃっ」と声を上げた。



 「どうした。お前もこれが読みたいのか?」



 「あっ、いや」



 しきりに目線を動かす、眼鏡をかけた少女。どうやら、一年のようだ。



 「凄いぞ、ここまで深く考察されれば、必死にシナリオを練った甲斐があると言うモノだ。お前は、血の獄は見てくれたか?」



 訊くと、うんうんと何度も縦に首を振る少女。すると、勘九郎はパンフレットを閉じてそれを彼女に手渡した。



 「読んでいいぞ。ほら」



 しかし、彼女はそれを受け取らなかった。不思議に思って、二人は俯くその表情を見ていたのだが。



 「あ、あっあの!アノアノですけど!ちょっと、ききき聞きたいことがアッテまして!」



 「お、落ち着いて。どうしたの?」



 目をぐるぐるに回して緊張する彼女を心配するウォズ。



 「え、えっともしかして、篤田監督と画狂若人卍映像指揮ですよね!?」



 久しぶりに呼ばれた仕事用の名前に、ウォズは目を見開く。映像指揮とは、勘九郎がネタでウォズにつけた役職だ。スタッフクレジットでは、彼はそう紹介されている。



 「指揮って言っても、制作は基本僕しかいないけどね」



 役職で呼ばれたのが嬉しかったのか、ウォズはへへと笑った。



 「ミゲルかクロエを紹介しろというなら無理だぞ」



 とりあえず思いついた話題を否定する勘九郎。しかしそうではないようで、モジモジと指をねまわしている。



 「なら、一体なんだ」



 言われ、彼女は意を決したのか大きく息を吸い込んだ。



 「私は、お二人のファンなんです!握手してください!」



 バッと差し出された腕を見て、「ほう」と呟いてから握り返す勘九郎。彼女はパッと咲いたような笑顔を見せると、今度はウォズの前に移動して再び手を伸ばした。



 「あ、ありがとう」



 困惑しながらも、勘九郎に倣うウォズ。手を離すと、彼女はその場で撥ねて喜んでいた。



 「す、すいません!自己紹介が遅れました!わたひ、私は桜庭蘭さくらばらんと申します!新聞部所属のライターです!」



 その名前を聞いて、勘九郎はふとパンフレットの一番最後に小さく記されている制作メンバー見た。ペンネームが三つ並ぶ中、一人どこかで知ったネームセンスの名前がある。



 「この『サラ』ってお前か?」



 訊かれ、折れそうな勢いで頭を下げるサラ。



 「すいません!すいません!色々すいません!」



 「落ち着けと言ってるだろう。確かに予想外だったが、同人作品を禁止なんてしてなかったからな。別に謝る必要なんてない。おまけに、こいつは素晴らしい出来だ」



 そう言って、中を捲る勘九郎。別に怒っている様子はないのだが、彼女は勝手に言い訳を始めた。



 「……ほ、本当はただの解説本のつもりだったんです。妄想ディレクションの映画がすっごく好きでして、だからもっと多くの人に知ってもらいたいなって。ポスターは、どうせなら表紙もと思って描きました。でも、を出す前に先輩に見つかってしまって」



 「商売になっちゃったんだ」



 「はい。本当は止めるべきだったのはわかってました。でも……」



 「気にするな。それよりも、見つかったという事はこの記事はサラが一人で書いたという事か?血の獄は上映が終わって、まだ一週間も経ってないぞ」



 「は、はい。そうでしゅ。ポスターは一回目の、三回目の上映の後に書きました」



 ところどころ噛んでしまうサラ。緊張し過ぎて、口の中がぱさぱさになっているようだ。しかし、感嘆の声を上げて再び中を見る二人の表情は、どこか尊敬にも似た色を浮かべていた。

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