スタンド・バイ・ミー

第21話 1

 あれから二ヶ月。エリーとミアの生活は劇的に変わった。



 彼女たちの周りには常に人が集まるようになり、そして皆が一様に羨望の眼差しを向ける事となったのだ。一時期は彼女たちの受ける授業にまで人が殺到し、中断してしまう事もしばしばあった程だ。更には、学園内にはいくつものファンクラブが出来上がっていて、その数は温和なグループから過激派まで多岐に渡る。二人は名実ともに、座頭市学園のスターへ成り上がったのだ。



 そんな状況を教師陣が看過出来るはずもなく、挙句に追っかけまで現れたモノだから、彼らのスタジオの存在はすぐに白昼の元に晒される事となってしまったのだ。しかし。



 「生徒の自主性、大いに歓迎しましょうよ」



 理事長のその言葉によって、第三旧校舎は取り壊しを中止。チーム自体も存在を認められ、授業の妨げにならない配慮を条件に、妄想ディレクションは座頭市の名を背負う第二の映画部として活動を続ける事を許可されたのだった。



 「でもさ、どうしてカントクは表に出ないの?目立ちたいんじゃないの?」



 それはとある日の午後。少しの補修工事を行った宿直室での会話。この二ヶ月、作った作品は四本。強烈なスタートダッシュも落ち着きを見せた為、勘九郎とウォズは次回の作品へ向けての会議を終え、何もない日常を謳歌していた。



 「作品を目立たせたいだけで、俺はそう言うのに興味はない。それに、何かの拍子にアイデアが人の手に渡ってしまうかもしれないからな」



 勘九郎は、以前の出来事に少しのトラウマを抱えていた。



 「そうなんだ。まあ、懸命な判断だろうね。この学校、裏掲示板があるの知ってる?」



 「知らん」



 答えると、ウォズはスマホを操作して一つのウェブページを開いた。



 「その裏掲示板のまとめサイト。コンピューター研究部が運営してるんだけどさ、凄いよ」



 受け取って記事を読んでみると、更新された記事はそのほとんどがエリーとミアの話題であった。しかし、その中にたった一人、別の名前があるのを見つけた。



 「篤田勘九郎はゴーストライターを起用している、か」



 他にも、スターと同じ空気を吸っている事への嫉妬、罵詈雑言の雨嵐が綴られている。



 「ミゲルさんと僕に火の粉が降りかからないのは、全部カントクにヘイトが向いてるからだろうね。他のも見る?」



 因みに、ミゲルにもファンクラブはある。盾が無いのは、彼らだけだ。



 「いいや、結構だ。これ以上見ると気が滅入る。他の奴らには言うなよ」



 「分かった。……ごめんよ、ただ知っておけば用心出来ると思って。急に襲われるなんてこと、滅多にないと思うけどさ」



 「物騒な事を言うな。まあ、夜道には気を付けるさ。アーメン・ハレルヤ・ジャッキーカルパスだ」



 苦く笑うと、勘九郎は横になって目を閉じた。その姿を見たウォズは、彼を心配しながらもエロ同人誌を開いたのだった。



 しばらくして、校舎の外から賑やかな声が聞こえてくる。その声に気が付いて目を開くと、勘九郎はコップの水を飲み干してから立ち上がった。



 「来たな」



 「うん、来たね」



 喧騒は瞬く間にすぐそこにまで迫り、とうとうその中心にいる人物が宿直室へと入って来た。言うまでもない、エリーだ。



 「撮影見に行きますから!絶対教えてくださいね!」



 「というか、今日は練習とかないの?」



 「絵凛ちゃ~ん!」



 開かれた扉を勘九郎とウォズが閉めると、エリーは深いため息を吐いてその場に座り込んだ。



 「大変だな」



 冷蔵庫からパックのいちご牛乳を取り出して彼女に手渡す。それを受け取って一口飲むと、壁に寄りかかって上を向いた。



 「疲れた~」



 「……僕、次の授業出なきゃ。また後で来るよ」



 いたたまれない気持ちになったのか、ウォズは逃げるように部屋を出て行った。……もちろん、そう思っているのは勘九郎だけだ。他のメンバーだって、疲れたエリーの姿を見ればこうして気を遣う。



 外へ出て行ったのを確認すると、エリーはパソコンを弄る勘九郎に寄りかかって、頬を肩に摺り寄せる。うぅ~と唸る様に声を上げてから、いつものように愚痴をこぼし始めた。



 「もう嫌だよ~。疲れるよ~。ねえカントク、ボディーガードやってよ~」



 「俺の細い腕で何が出来るというんだ。レスリング部にでも声を掛けてみるか?」



 「そう言う事を言ってるんじゃないでしょ?ほんとばかなんだから」



 彼らは恋人同士では無い。それどころか、より一層映画を大切にするようになった勘九郎にとって、この時間は主演女優のメンタルケアでしかなかった。

 もしも二ヶ月前に同じことをしていれば変わっていたのかもしれないが、こうならなければエリーは甘える事をしなかった筈だ。たらればの話は、この際なしにしておこう。



 そのまま時間は過ぎていき、気が付けば太陽は西側に。全ての授業が終わる時間が訪れて、外で物音がした頃に、エリーはようやく勘九郎から離れる事が出来たのだっ

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