第18話 8

 「な、中庭で上映会って、一体何を考えてるのよ」



 至極全う、一番勘九郎に誓い性質を持つミアですら動揺している。



 「何って、支配だよ。我々の映画で、全校生徒のエンターテインメントをジャックするんだ!」



 「やだ、素敵……」



 読者諸君には残念だが、そう言ったのはウォズだ。



 「でも、カントクは前に自分が満足出来ればそれでいいって」



 狼狽え、弱々しく反論するエリー。



 「それは変わっていない。ただ、自分が満足する為に他人の評価が必要だと気が付いただけだ。クロエが喜んでいるのを見てな」



 彼女が与えた達成感が、ただの雑誌の見出しを彼の新しい境地への扉にしてしまった事は疑いようがない。



 「エリー、なんかごめん」



 「あわわ……」



 慌てて顔を見合わせる二人。しかし、その中で、パソコンのモニターを見つめてから思考を巡らせる者がいた。



 「……このプロジェクターとスクリーンでやる訳ね。音はどうするの?」



 「以前拾ってきたボーズのいいやつがある。それを直して使う」



 「上映する映画は?エリーの映画を使う?」



 「いいや、新しいのを撮る」



 そう言って取り出したのは、ミアに見せたあの台本だ。



 「あ、それ私が選んだヤツ」



 エリーが呟く。ミアと出会った日、勘九郎が台本を持っていたのは、エリーが三本の中から選んだ物をブラッシュアップする為だったのだ。



 「その通り。こいつを元に、ダブル主演のコメディを書き上げる。ストーリーの大筋は変えないから、本番までの時間を大幅に短縮出来る」




 「短縮って、一体いつやるつもりなのよ」



 聞いて、待ってましたと言わんばかりの、ニヤリとした悪い顔を浮かべた。



 「近々、中庭にこの学園の生徒が一同に押し寄せるイベントがあるだろう?」



 イベントと言われて想像するのは体育祭や文化祭だが、直近には予定されていない。



 「……あ、中間テスト」



 思い出したように、クロエが呟く。



 「そうだ!ゲリラ上映は中間テストの最終日、全校生徒が帰るその時間を狙って行う!全員が最初から見ることが出来る、最もベストなタイミングだからな!連中の気の抜けたところへ、スペシャルサブライズのプレゼントを送ってやろう!」



 「いや、だって私たちもテスト勉強……」



 「心配するな!そんなもんは傾向と対策でいくらでも突破できる!俺がなんとかするから、お前らは安心して撮影に集中してくれ!」



 あぁ、この人には何を言っても無駄なんだな。と、クロエは思った。



 「……いいわ、あたしは乗った」



 「ミア!」



 懇願するように叫ぶエリー。



 「落ち着いて、あたしだって驚いたわよ。でも、この学園のメインヒロインになるって言ったでしょ?なら、それくらいのインパクトは必要よ。エリーがやらないなら、あたし一人でもやるわ」



 ミアもまた、理想を追い求める求道者だ。伸し上がるためなら、それくらいの苦難は上等だと捉えたのだ。



 「僕も、どうせやるなら賛成かな。やっぱり、カントクの映画は世に出すべきだよ。エリーちゃんには悪いけど、売り出そうと思ったら、これは抜群の企画だと思う」



 既に一線で働いている事もあり、ウォズも肯定的だった。コンテンツの繁栄に必要なのが新しい作品であると、彼は身をもって知っているからだ。



 「心強い、感謝するぞ。……さぁ、エリー、クロエ。俺達と一緒に行こう!二人がいれば、妄想ディレクションは無敵だ!」



 差し出された右手は、彼女たちの新しい世界への架け橋だ。



 「やっぱり、カントクくんは凄く変な人だね。……でも、いいよ。ミアちゃんとエリーのお手伝いが出来るなら、私も一緒に頑張りたい」



 一歩前に出て、エリーを見た。



 「……仕方ないなぁ。前に、約束しちゃったもんね」



 そう言って、彼女は再びカントクの手を握った。

 どうしてか、彼の温かい手を握ると全てが上手くいくような気がして。だから、エリーがさっきまで感じていた不安は綺麗サッパリ失わていったのだった。



 この瞬間、後に座頭市学園で語り継がれる事となる伝説が始まったのだ。

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