第16話 6

 「時にクロエよ。お前、映画に興味はないか?」



 「映画は結構見るけど。と言うか、クロエって?」



  箒を床に着いて立つミアが答える。



 「気にしないで。カントクの変な癖よ。多分、あんたの事だと思うわ」



 聞くと、存外気に食わない様子ではないクロエ。

 そんな彼女に、勘九郎は更にこう言葉を繋げた。



 「実は、我が妄想ディレクションでつい最近出来上がった映画があるんだ。ここに来たのも何かの縁だろう。よかったら見て行ってくれ」



 ひそひそと話すエリーとミア。

 きっと、聞きなれないその名前の意味を訪ねたのだろう。



 「いいよ。どうせ私も暇だしね」



 どこか、自虐を含んだ言い方に違和感を覚える勘九郎。

 カメラに繋いだノートパソコンを操作しながら、素直な質問をぶつけてみる。



 「なあ、俺の事をどう思ってる」



 探りを入れられているのが分かって、だから



 「どうって、凄く変な人だなって思うよ。カメラで撮られるし、凄く恥ずかしい」



 実を言うと、彼女を撮ったのは一度や二度ではない。

 例えば、バレンタインデーに女子に本気の告白をされた時。少し遅い雪が降り始めた校舎の裏側で申し訳なさそうに断る姿は、今もあの金庫に眠っている。



 しかし、やはり違和感。もし勘九郎の話を聞いているのなら、もう少し嫌悪感を抱いてもおかしくない筈だ。



 「どこでエリーと知り合った?」



 「校庭のベンチで一人でご飯食べてたら、絵凛……エリーが話しかけてきたの」



 恥ずかしそうに、だがわざわざその名前に言い直されたのを聞いて、エリーはクロエに肩を優しくぶつけた。



 ――寂しそうな人が居たら、一緒にいてあげようって。



 「なるほど」



 となれば、後は役割だが。そう思ったところで、二つの準備は整った。



 「それじゃあ、上映スタートだ」



 照明を落として、ノートパソコンの前の椅子にクロエを誘う。そして、自身もその横にしゃがみ込むと、再生ボタンを押して物思いにふけった。



20分後。



 「……凄く、凄く面白かったよ。カントクくんって、こんな事やってたんだね」



 まあな、と。お褒めの言葉を聞いて達成感を得ると、また一つ質問をする。



 「もし、クロエがここを更に盛り上げようと思ったら、どんな手を加える?」



 巻き戻して表示したのは、扉の向こう側の、真っ白な光に吸い込まれていく最後のシーンだ。



 「……そうだね。言われるまで思いつかなかったけど、もし私なら雫の落ちる音を足すと思う」



 「おぉ、涙か」



 「そう。扉を開けた後、何かを見たフラゥの感情を一つだけ足すの。そうすれば、見ている側もより報われたんだなって感じると思う」



 確かに、初期のシナリオの時点ではどっちの未来に転がるか不明だった為にあえて無機質な編集を施したのだが、エリーの演技を考えれば幸せの方向へ振り切ってしまった方がより感動を伝えられる。



 「決まりだな」



 「……何が?」



 「ようこそ、妄想ディレクションへ。クロエは今日からこのチームの音響担当だ。編集にも加わってもらう」



 「ど、どういう事?」



 感動も冷めやらぬうちに次の展開に直面し、どうしていいのかが分からなくなってしまうクロエ。

しかし、握手を求める勘九郎に思わず手を伸ばして、ギュッと誓いを交わしてしまった。



 「やっぱりこうなったわね。エリー、あんた分かっててやったでしょ」



 「えへへ、ちょっとだけね」



 前に勘九郎の映画を見たとき、音楽が無い事に物足りなさを感じていたエリーだから、彼女に見つかったときは少しだけチャンスだと思ったのだ。

 勘九郎の夢は、本人も気づかないうちにエリーの夢になっているのかもしれない。



 どうしたものかと困惑するクロエを見かねたのか、二人が歩み寄って事情を説明する。



 「……そう言う事なら、いいよ。エリーもいるし。あまり力になれないかもしれないけど」



 「いいや、そんな事はない。さっきの助言、確かに光るセンスを感じたからな」



 好きな物は褒める。分かりやすくてシンプルな事だが、他人を認められない思春期には案外難しい事だ。

 だが、勘九郎にはその器量がある。そこが、彼の魅力なのだろう。もちろん、ただ理想に近づきたいという思いが一番にあるのだが。



 「ふぅん、そう言うのもありなのね」



 意味ありげに呟くミア。この後の予想は、誰にも容易につく。



 「それでは、早速作業に入ろう。クロエ、放課後の予定は?」



 「一応吹奏楽部の練習があるかな」



 「じゃあそいつはキャンセルだ。二人の演技を見て、現場の雰囲気を知っておいた方がいい」



 「えぇ……」



 「こういう人なの、ごめんね」



 続いて「無理はしないで」とエリーが言うが、どうやらクロエは彼女にらしい。



 「えっと、でも演技見てみたいし、別にいいよ。吹奏楽部は、夏まで私の出番がないから」



 「よかった!それじゃあ、練習始めよう!」



 高らかに宣言するエリー。

 女子三人はどこか結束めいた絆で手を上げると、ワイワイと演技の練習を始めた。

 その間の勘九郎はと言えば、その練習風景は先ほど設置したカメラに任せて女性のファッション雑誌を読んでいる。以前ミアに渡したシナリオを改変して、次の映画を撮るつもりだったからだ。



 「……なるほどなぁ」



 型破りなシナリオを作る為には、まず型を知っていなけらばならない。破る型のない暴れっぷりは、ただの破天荒だからだ。

 しかし、その眩暈のしてくる記事の見出しを見ていると苦笑いを浮かべずにはいられなくなってきてしまう。



 「幸せそうだって思われたい、か」



 だが、笑ってしまうような売り文句は、深くため息を吐いて雑誌を閉じても、どうしてか針の様に引っ掛かかって頭から離れなかった。

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