第14話 4

 「随分仲が良さそうだね。誰かな、その子」



 静かな声だった。普段はあまり物怖じをしない勘九郎も、この時ばかりは言葉を探していた。

 しかし、そんな彼らの気など知らず、ミアは意気揚々と言葉を発したのだった。



 「よく聞いてくれたわ!私は辺見あずき!いずれこの学校のメインヒロインとして君臨する天才役者よ!」



 くわっ!と、高らかに自己紹介するが、相変わらず肩を支えられたままでイマイチ迫力に欠けてしまう。

 見た目も作用して、お腹を押したら喋るぬいぐるみの様に見える。



 「それで、そのメインヒロインさんがどうしてこんなところに?」



 「ここの主演女優とやらに挨拶しに来たのよ、カントクが痺れるだなんて言うから、ちょっと期待してたんだけど」



 言って、まじまじとエリーを見る。



 「正直、勝ったって感じね」



 カチン。何かを叩く様な音が聞こえた気がする男二人。



 「勝負する前から勝利宣言だなんて、負けキャラの常套句じゃない?」



 「やだやだ。ヒーローだって必ず勝利宣言をするでしょ?今のはそれよ」



 「きぃ~!大体あなたねぇ!」



 ポンコツ具合が垣間見えるセリフを皮切りにミアが勘九郎の元を離れ、二人の言い合いはますますヒートアップしていった。

 火花散る視線の隙間を潜り抜けて部屋の中にウォズが逃げ込む。



 「ねえカントク。この子たち、なんで喧嘩してるの?」



 「さぁ、でも面白いぞ」



 当たり前の様にカメラを回す勘九郎。



 「エリーも怒りの演技が出来るなら、グッと幅が広がるだろう」



 座り込み、飄々とした様子でジャッキーカルパス齧る。

 熊の様に大きな体を持つウォズが、何故か一番ビクビクとしていた。



 「ね、ねえ。止めた方がいいんじゃ?女の子同士で喧嘩なんてよくないよ」



 「好きにしたらいい。試しに止めてみたらどうだ?」



 言われ、何とかして二人の間に割って入ろうとするウォズ。



 「あ、あ、あの。アノ、デスネ。えっとぉ……」



 何とか口を挟もうとするが、勢いが凄すぎて割り込むことが出来ない。

 肩を落としてズコズコと帰ってくると、勘九郎の隣に腰を下ろした。



 「無理だ。僕には出来ない」



 「あぁ、このまま嵐が過ぎるのを待つのがいい」



 そんな事を言いながら、キャットファイトを観戦する二人。

 戦いは五分以上にも及んだが、やがて使う言葉が尽きたのか、彼女たちは息を切らせて互いを見ていた。

 しかし、全てを出し尽くしたからか、その表情はどこか清々しい。



 「あんた、名前は?」



 「姉崎絵凛。ここでは、エリーって呼ばれてるよ」



 「そう、あたしは……、ミアでいいわ」



 そして、少年漫画の主人公とライバルの様に固い握手を交わしたのだった。



 「こうなってくると、助演者が欲しいな。あと男の俳優も」



 「カントク、まずは目の前の出来事を喜ぼうよ」



 戦う理由が違う二人は、恐らく舌戦の中で違和感に気がついたのだろう。

 時折チラリと送る視線を見て、先に言葉をかけたのはミアの方だった。



 「別にそういうのじゃないわよ。ここに居るのは、カントクのシナリオが面白かったってだけ。心配しないで!」



 意味を察したエリーは、髪の毛で口元を隠した。

 役者は、人の心を読み取るエキスパートだ。常に演じるキャラクターの気持ちを考えているのだから、それも当然だろう。



 「……別に、私もそういうのじゃないデスケド?」



 チラリ。



 「なぁ、ウォズ。ラストシーンはこのパキーンって感じを強調してくれ。こう、今までの全部をぶっ飛ばすようなパキーンだ」



 視線の先には、パソコンを起動して編集画面を見ながら指示を送る姿が映っていた。



 「カントクくんさぁ……」



 あまりの間の悪さに、思わず絶句するウォズ。



 「苦労してるのね、応援するわよ」



 ポンポンとエリーの肩を叩くミア。



 「そういうのじゃないもん。大体、こんな物心の両面が映画で埋まってる男なんて!」



 「はいはい、そうね。頑張ってるわね」



 どちらが歳上なのか分からない光景を余所に、作業を開始する勘九郎。

 三人は何かを諦めたのか、それからはそれぞれが勝手な時間を過ごして、夕方頃ついに完成した映画の試写会を行ったのだった。



 「いやぁ、これは素晴らしい!全く素晴らしい!ブラボー、ブラバー、ブラベストだな!もっかい見よう!」



 嘗てない興奮で、勘九郎は再び再生ボタンを押す。そして、物語の中盤の場を何度も見返した。

 敵の姿はないが、アンドロイドの主人公が目線でを語るシーンだ。



 「ここだ。ここが完璧なんだ。本気で死にたくないって思いが伝わってくる」



 「……確かに。これで一気に人間っぽくなるわね。あんたが天才扱いするのも頷ける」



 画面にはフラゥの鼻から上しか映っていないが、足音と左右に揺れる瞳を見れば、すぐそこに危機が迫っている事を理解出来る。



 「は、恥ずかしいよぉ……」



 一方、何度も何度も自分の動きと顔を再生されるエリーは、顔を隠してしゃがみ込んでいた。

 演技をして、それを撮影する。そこまでは良かったものの、こうしてじっくり吟味されるところまでは想像が追いついていなかったのだ。

 芝居でない演技をしていた彼女にとって、それは致し方ない事なのかもしれない。



 「仕事あったのに……」



 その横では、どう考えても抱えている仕事が終わらない事を悟って絶望するウォズの姿。

 頭の中では、二徹か大幅割引の二択を考えている。

 置物のように並んでへこたれる二人を慰める人は、誰もいなかった。

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