第5話 主人公の資格 その1

 なにが起きたかもわからないまま、ぼくたちは床に放り投げられた。


 目を開けると、うつ伏せになったルッカの姿が見えた。

 慌てて彼女に駆け寄る。


「ルッカ! 大丈夫……!?」


「んっ……な、なにが……」


 幸いなことに、ぼくもルッカも怪我はしていなかった。

 手を貸して一緒に立ち上がると、ほかの乗客たちの悲鳴が聞こえてきた。

 ぼくは戦慄しながら、いま何が起きているのかを察した。


「テロリストの襲撃だ……」


 ウィザアカで主人公たちに降りかかる最初の試練。

 それがこの汽車の襲撃事件だ。

 敵は、某国のテロリスト。

 将来有望な魔術師を輩出する魔術学園ウィザード・アカデミアは、外国から標的になることが多い。

 とくに自分たちがいま目指しているマグナル魔術学園は、世界最高峰の魔術師たちが集う、魔術界における総本山のひとつだ。

 テロリストの目的は、生徒たちが一人前の魔術師となるのを事前に阻止すること。


 つまり、この場で皆殺しにすることが目的だ。


 ぼくだけはその事実を知っているが、ルッカやほかのみんなは、なにが起きているのかなど予想もつかないだろう。

 ルッカも怯えた表情で震えていた。


「お、オネス君……」


「しっかりつかまって! また、次の攻撃が来るかも」


「わ、わかった……!」


 直後、ルッカがぼくの腰にぎゅっと抱きついた。

 柔らかな感触と体温に、全身の血が沸騰するような感覚がした。


「ち、ちがっ……! ぼくに抱き着くんじゃなくて、椅子とかどこかに……」

「え……? ひゃっ、ご、ごめん」


 ルッカは赤面し、すぐにぼくから離れた。

 とにかく今は悠長に恥ずかしがっている余裕もない。


「ルッカ、さっきのローブ羽織っておいた方がいい。ローブがあるのとないのとじゃ、魔術の攻撃を受けたときのダメージが大違いだから」


「う、うん……!」


 ルッカが、お祖母さんのそのまたお祖母さんの代から受け継いだという真っ赤なローブを羽織る。実際、古い魔術道具には高い魔力が込められていることが多い。


 身構えた直後、さらに大きな衝撃が来た。

 身体が浮くような風が吹き込む。


 なぜ風が?

 そう思って目を開けた瞬間、驚愕の事態が明らかになった。


 列車の屋根ごと、車体の半分が吹き飛んでいた。

 無防備にさらされた通路や客室に、すさまじい風が荒れ狂う。


 そこに、全身を黒いローブで覆った者たちがいた。

 手には短い黒塗りの杖を持っている。

 敵国のテロリスト――

 人を殺傷するのも厭わない無慈悲な魔術師たちだ。

 知っているはずのぼくでさえ、その気配にぞっとした。


「あいつら……なんなの!?」


「やつらは、ぼくたちを狙ってるんだ! とにかくいまは逃げないと……こっち!」


 ぼくは無我夢中でルッカの手を引き、後ろの車両へと駆け込んだ。


 少しでも時間を稼げば……。

 ここでは主人公が活躍し、彼らを撃退する場面だ。

 だが、主人公の姿はどこにも見えない。

 どこにいる?

 なぜぼくたちを助けてくれないのか?


 もしかしたらぼくが本来の物語とちがう行動を取ってしまったせいか。

 そんな憶測が脳裏をよぎるも、いまは深く考えている余裕もなかった。

 かろうじて前の車両に逃げ込み、扉を閉める。

 だが次の瞬間、一撃で扉が破壊された。


「……!」


「止まっちゃだめだ! 急いで!」


テロリストが放った衝撃魔術だ。食らったら、ひとたまりもない。

 けれど、ぼくにもルッカにも、対抗できる術はなかった。


 原作では主人公がルッカを守るためその特別な能力を発揮し、彼らを見事撃退してみせるのだが……そんな力、この自分(オネス)にあるはずもない。


「お、オネス君……」


 握ったルッカの手が、ひどく重く感じられた。


 ぼくのたったひとつの行動が、彼女の運命を変えてしまうかもしれない。

 まるで、物語の主人公のように。

 知らなかった。こんな重さを、彼は背負わされていたのか。

 主人公になれなかったことを残念がっていた自分を、ぼくはひどく恥じた。


 どうすればいい。

 考えろ、考えろ、考えろ――

 

「……! そうか」


 ぼくの脳裏に、出発前の母親ザマスの言葉が頭をよぎった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る