21話。エリザに剣を捧げられる
「エリザはこれからもルカ姫様の剣となってお力添えいたします。あなた様こそ、私がお仕えすべき真の勇者。姫様に勝利を!」
片膝をついたエリザは、剣を抜いて逆手に持つ。刃を自分の胸に当て、柄の部分をボクに向けた。
これは相手に対して絶対の忠誠を誓う騎士の『剣の誓い』の儀式だ。
イルティアが騎士たちから剣を捧げられているの見て、やり方は知っていた。
剣を受け取れば、ボクはエリザの忠誠を受け取ったことになる。
早朝、部屋を訪ねてきたエリザは、改めてボクに忠誠を誓いたいと申し出た。
冒険者を目指してきたボクにとって、剣も魔法も達人の域に達し、ついには勇者の右腕の地位までのぼりつめたエリザは憧れの存在だった。
そんな彼女が、これからもボクに味方をしてくれるなんて夢のようだ。
だからこそ、確認しておかねばならないことがある。
「エリザ様。ボクは勇者でも、まして王女でもありません。【変身】というスキルで、イルティア姫の姿と能力をコピーし、身代わりとなっただけの15歳の少年です。
それでも、ボクに剣を捧げてくれるのですか?」
緊張に身を強張らせながら、ボクは自らの正体を明かした。
その一言で、エリザはピンと来たようだ。
「イルティア様が護衛役としていた少年が、あなた様だったのですね?」
ボクは静かに頷く。
「ルカ様のおかげで、オーダンの地はおろか、この国の大勢の人々が救われました。
魔王も数万の軍勢を失った上に、四天王をふたりも欠いては、しばらく侵攻などしてこれないでしょう。
これほどの偉業を成したお方が勇者でなくて、何なのでしょうか? あなた様こそ、真の勇者と呼ぶべきお方です」
エリザの言葉には、掛け値なしの尊敬が込められていた。
「勝てたのは、エリザ様やみんなのおかげです。あまり持ち上げないでください」
「そんな言葉が自然と出てくるあなた様だからこそ、エリザはお守りしたいと強く思うのです」
「……そ、そうですか?」
ボクはそんなに立派な人間じゃないけどな。
「ルカ様は私を信頼して、真実を話してくださいました。ならば、エリザも本当のことをお伝えします。
私がイルティア様ではなく、ルカ様を主君と仰いだ理由は、もうひとつございます。あなた様がアルビオン王家に反旗を翻すとハッキリおっしゃったからです」
エリザの瞳に炎のような強い激情が宿った。
「ふん! なるほどね。これ以上、私の下についていても、エルフの王女の解放はないって。見切りをつけたってわけね」
それまで黙って、ボクたちのやり取りを眺めていたイルティアが、不機嫌そうに口を挟んだ。
エルフの王女の解放?
確かエルフの国は、2年前に魔王に内通したとして、アルビオン王国に滅ぼされた。
エルフの王族は王女ひとりを残して処刑された。王女は囚われの身となった。
王女を人質に取られたエルフたちは、反抗を封じられ、奴隷にされてしまっている。
エリザはハーフエルフということで、勇者の側近でありながら、不当な陰口を叩かれていたのを思い出した。
「まっ、それは間違えじゃないわ。お父様はエルフの王女の持つ、スキルの効果を高めるスキル。【オーバースキル】を手放す気はないしね。エルフどもは永遠に奴隷。それがアルビオン王国の方針よ!」
イルティアはエリザに背かれたのが悔しかったのか、声に棘があった。
エリザはわずかに顔をしかめつつも続ける。
「ルカ様。エルフの王女殿下の救出とエルフ族の奴隷解放こそ、胸に抱いてきた我が悲願! ハーフエルフの私が、イルティア様をお守りし、魔王との戦で手柄を立てることで、エルフの罪を許してもらおうと考えておりました」
なるほど。
ボクにも話が見えてきた。
「イルティアは味方を見捨てて逃げ出した上に、この都市を滅ぼそうとした。
エリザ様は、これ以上そんな主君に尽くしても、報われることはないと判断したんですね?
それよりはボクに味方して、王家を打倒した方がエルフ族の解放に繋がると」
「はっ! その通りでございます。国にいた私の父は殺され、姉も奴隷として連れ去られました。私は平和を愛するエルフ族が魔王に寝返るハズがないと、イルティア様や国王陛下に訴えたのですが。口惜しくも逆心を疑われてしまい……手柄を立てる以外、なすすべがなかったのです」
気丈なエリザの目尻に、うっすらと涙が光った。
そんな気持ちが有りつつも、長年、仕えたイルティアが処刑されるのは忍びないと、彼女の助命を申し出たのか……
エリザはやっぱり、尊敬に値する騎士だと思う。
それなら、ひとつ確かめておきたいことがある。
「イルティア。エルフが魔王に内通していたというのは、事実なのか?」
「いいえ。エルフ王国に侵攻するための大義名分として、お父様がでっちあげたデタラメです。
ちょうど私が女神様から聖剣を与えれて勇者になった時期でしたので。勇者の名でエルフどもを断罪して、世界から孤立させました」
勇者とは正義と力の象徴だ。勇者が黒と言えば白いモノも黒になる。
悪びれた様子もなく告げたイルティアに、エリザが歯ぎしりした。
「イルティア様!」
声を荒げるエリザをボクは手で制す。
「アルビオン王家は本当に腐っているんだな」
ボクは思わずイルティアを睨みつけた。
彼女はボクが本気で怒ったことを感じ取ったのか、身を縮こまらせる。
家族を不当に奪われたエリザの心境は察して余りあった。
「エリザ様。ボクは王家に囚われたエルフの王女様を助け出して、エルフたちを奴隷から解放したいと思います。
イルティアに父親と戦えと言うのは多少抵抗があったのですが、これで決心がつきました。
これからも、どうかボクに力を貸してください」
「ルカ姫様っ! はっ! 無論でございます!」
エリザは感極まったようにボクを見上げた。そして改めて、剣の柄を差し出す。
「聖騎士エリザの剣。確かに受け取った」
ボクは作法通り、剣を受け取って掲げ、柄の部分をエリザに向けて返した。
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