第22話 傷跡はまさに跡形もなく


 治療の為に魔力を傷口やその周辺に流していく。

 細胞の再生のためのエネルギーを魔力で補い、加速させていくイメージだ。


「温かい……」

「痛くはないかな?」

「はい、大丈夫です」

「傷が治ってくると少し痒みが出てくると思うんだけど、掻いちゃうと折角新しくできた皮膚が傷ついちゃうから少し我慢してね」

「わかりました!」


 痒いところを掻けないというのも結構辛いんだけど、それは我慢してもらうしかない。

 初めは緊張してソワソワしたり、目が合うと慌てて逸らしたりしていたエイミーちゃんだったが、しばらくすると寝息が聞こえてきた。

 怪我をしてから痛みやこれからの不安でまともに眠れていなかっただろうし、傷が治る安心感とこの魔法の心地良さで眠気がきたのだろう。

 何にせよ安心してもらえてよかった。


 その後もひたすら魔力を流し続け、傷も順調に小さくなっていった。

 時折心配そうにリルファちゃんが様子を見に来る中、魔力を送り続ける事6時間。

 顔の傷が完全に治った。

 思った以上に早く治ったのは、エイミーちゃんの若さもあるがオレも魔力操作に慣れてきたことが大きいだろう。

 ひとまずまだ寝息を立てているエイミーちゃんを起こす。


「エイミーちゃん。エイミーちゃん、顔の傷は治ったよ」

「うん……? あ、すみません、寝てしまいました」

「いいんだよ。最近ちゃんと眠れていなかったでしょ? どうせ起きていても退屈だろうしね。」

「すみません、久しぶりにちゃんと眠れた気がします」


 寝起きで若干ぼーっとしながらもほほ笑んだ。

 見た感じ引きつる様な感じもなさそうだ。


「鏡はある?」

「あ、はい」


 ベッドの脇から金属を磨いた鏡を取り出した。

 傷ついてから何度も自身の顔を見てショックを受けていたんだろうな。

 部屋もすっかり暗くなってしまったので“トーチ”で明かりを出しておく。

 エイミーちゃんは目を瞑って鏡を顔の前に持っていき、恐る恐る目を開けていく。


「あっ……、あああ、治ってます! 本当に治ってます!!」


 鏡を見ながら傷があったところに触れ、何度も確かめている。


「さっきも言ったように、よく見ると傷があった部分だけ少し皮膚の色が違って見えるけどね。普通に生活していれば目立たなくなると思うから、気になるようだったらお化粧とかしておけば分からないと思うよ」

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」


 泣きながら何度も傷跡を指で触れて確かめている。

 喜んでくれて本当に良かった。


 声が聞こえたらしく、リルファちゃんとサラさんも部屋に入ってきた。


「お姉ちゃん、治った?」

「リルファ! ありがとう! ちゃんと治してもらえたよ!!」

「本当だ! よかったね!」


 姉妹二人抱き合って喜んでいる。


「本当にありがとうございます。もう治らないんじゃないかと思っていたのに、あんなに綺麗に治るなんて……」


 サラさんも泣いて喜んでくれている。


「いえ、お礼を言うのはオレの方かもしれません」


 サラさんは不思議そうにこちらを見る。


「今回は偶々リルファちゃんに会えたから助けられましたけど、同じように魔物の被害で苦しんでいる人がいるかもしれません。魔物が人々に与える影響がどんなに大きいのか分かりました。そして、オレたちが頑張ればその苦しさを軽減出来るんだという事も実感できました。エイミーちゃんみたいな子を少しでも減らすために頑張りますね」

「はい、どうか、どうかお願い致します」


 しばらくしてサラさんの旦那さんも帰ってきて、皆でひとしきり喜んだ。

 手足とお腹の傷もまだ残っていたが、夜も遅くなってしまったので続きは明日にすることにした。

 皆には『泊って行って』、『せめて食事だけでも』と言われたが、皆には何も連絡もせずここに来てしまっているので、帰ることにした。

 リルファちゃんには最後まで引っ付かれて抵抗されたが、何とか納得してもらった。

 明日来るときには何かお土産を持ってきてあげよう。


 ◆


 昨夜は帰宅後に、ギルドから治療に至るまでの出来事を皆に説明した。

 タックとススリーには特に心配されていなかったが、3人娘には心配されていたようだった。

 でもそれは『何か事件にでも巻き込まれたのでは』という心配ではなく、『浮気してるんじゃないか』という酷いものだった……。

 誤解どころかただの妄想を一蹴し、再度残りの傷を治して魔物の話を聞きに行くと伝え、一人早めに休んだ。

 セラーナがいれば同時に治療が出来るのでついて来てほしかったが、ギルドに呼ばれているらしく結局一人で向かうことにした。

 グウェンさんとプラントさんが着いてきたそうな目でこちらを見ていたが、来ても何もすることがないので丁重にお断りした。


 そして今、途中でリルファちゃんへのお土産用のお菓子をたくさん買い込み、サラさんの家に到着した。


「おはようございまーす。”ブルータクティクス”のヴィトでーす」


 ノックして声をかけるとすぐに扉が開いた。

 出迎えてくれたのはエイミーちゃんだった。


「おはようございます!」

「おはよう。治ったところの調子はどう? 違和感はない?」

「たまに痒みがありましたけど、今は大丈夫です! 痛みも違和感もありません!」


 元気よく答えてくれる。

 横からリルファちゃんも『おはよー』と腰のあたりに抱き着いてくる。


「それは良かった。リルファちゃんもおはよう。はい、これ、お土産だよ。後でみんなで食べてね」

「わー! ありがとう!!」

「治療をしてもらっているのにお土産まで……。何から何まで本当にすみません」

「気にしないで。あ、サラさん、おはようございます。お邪魔致します」


 サラさんにも何度もお礼を言われた後、エイミーちゃんの部屋に向かう。

 今日も長丁場になりそうなので、昨日と同じように横になってもらって治療を行う予定だ。


「さて、今日で全部治しちゃおうか。昨日みたいに時間は掛かるかもしれないけどまた寝ててもいいからね」

「今日は大丈夫です! 昨日沢山寝ましたので!」

「あら、じゃあ退屈かもしれないよ。本読んだりしててもいいからね」

「今日は見ていたいんです。ダメですか?」

「あぁそうか。もちろん構わないよ」

「やったぁ!」


 身体を揺らして喜びを表現するエイミーちゃん。

 一時は絶望を与えられた傷が消えていく様子を見れば、心の傷も少しは癒えるかもしれないな。


「よーし、じゃあ始めようか! 腕からにしようか?」

「はい! お願いします!」


 寝た姿勢だと見辛いはずなのでエイミーちゃんにはベッドに腰掛けてもらい、腕を前に出してもらう。

 それに対して直角になる様に椅子に座り、腕を支えながら傷の周辺に触れて魔力を流していく。


「温かくて気持ちいいです……」

「なんか、ほわーってしてくるよね。楽にしていていいからね」

「えへへ……。わかりました」


 顔の傷は自分では見れなかったが、今日は治っていくところをずっと見つめている。

 少しずつ傷が浅くなり、皮膚が戻っていくところを見て驚きと感動を繰り返していた。

 腕の傷が元通りになるまで4時間ちょっとかかってしまったが、エイミーちゃんはその間飽きることなく傷が消えていくところを見つめていた。

 そして先日と同様に、傷があった場所を何度も指で触れ、嬉し泣きをしながら『ありがとうございます』と繰り返していた。


 サラさんに昼食をごちそうになり、少し休憩した後、お腹の傷とその他の切り傷や打撲などを治療していった。

 こちらは3時間ほどで全て終了した。


 全ての傷が治った後、また姉妹は抱き合って喜び、サラさんも涙を流していた。


「本当にありがとうございます! あの傷が全て消えるなんて、信じられない気分です!」

「若いから傷の治りが早いのと、傷を負ってからまだそこまで時間が経っていなかったことがよかったね。時間がもっと経っていたら跡が残っていたかも。そう考えるとやっぱりリルファちゃんのおかげだね」


 ニコニコしてお姉ちゃんと抱き合っているリルファちゃんの頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めた。


「よし、傷の方は治ったから後は魔物の話を聞きたいけど、流石に今日は疲れたろうから明日にしておく?」

「いえ、私は大丈夫です! でもヴィトさんが疲れてませんか?」

「まぁ多少疲れはあるけど問題はないかな。じゃあ少し休憩してからお話を伺おうかな」


 治療中、大人しく待っていたリルファちゃんと遊んであげながら休憩をした後、ブロックホーン村に現れた魔物について話を聞くことにした。

 エイミーちゃんが襲われた日の事を話すのは初めてらしいので、帰宅した旦那さんを含め、食卓でみんなで聞くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る