第16話 魔性の者に気を付けろ!

 王都滞在用に貰った家は、王城とハンターギルドの中間地点ほどにあった。

 緑が多めで繁華街へのアクセスも良く、繁華街よりもやや高い位置にあるため見晴らしも良かった。

 家自体も、家というよりは屋敷というサイズだ。

 さすがにオレたちが作った家よりは小さいが、内装や家具なども高級品であろうものが使われており、立地も考えると金貨数百枚以上はするのではないかと思われる。

 しかも使用人付きだ。


「さすがにこれは囲い込みなんじゃないのかなぁ……」

「そうですねー。こんなの貰っちゃっても大丈夫なんでしょうか? 今日だけじゃなく、これからずっとってことですよね」

「滞在用の家としては豪華すぎるわね。王国としても高ランクのハンターには近くにいてもらった方が安心でしょうから気持ちはわかるけど……。ここまでされちゃうと逆に落ち着かないわね」


 ハンターギルドは一応国からは独立した機関であり、ハンターも基本的に活動する場所は自由に選べる。

 国としては多少コストが掛かったとしても、人々や街の安全を考えると高ランクのハンターにはなるべく滞在していてほしいはずだ。

 誰だってこんなにいい屋敷を貰ってしまったら離れたくはなくなるだろうしね。


 オレとススリー、セラーナが若干屋敷の豪華さに引いている中、グウェンさんとタックは相変わらず屋敷に興奮している。


「これもまた見事な作りだなー! グウェンさん、この柱を見てみなよ!」

「む? タック、ただの柱にしか見えないぞ」

「そう、ただの柱なんだ。でもつなぎ目がないだろ? これは1枚の大きな岩から削り出したものなんだよ!」

「なんだってぇー!」


 実に楽しそうだ。

 でも、この2人がいつもマイペースで楽しそうにしてくれるからこそ、あまり考えすぎずにいられたりするし、その点は感謝しないとな。

 たまにムカツクのも事実だけど。


 案内役の人にお礼を言い、屋敷に入ると今度は男性の執事さん1人と女性のメイドさん4人が待ち構えていた。

 オレたちが不在の間も屋敷を管理するらしい。

 申し訳ないと感じたものの、この屋敷は元々他国の貴族が訪れた際の滞在に使っていたものらしく、その頃からずっとここを管理していたようなので、特に仕事自体は変わらないようだった。


 一通り屋敷を見学して自分が使う部屋を決め、既にいつでも食べられるように準備されていた食事を頂いてまったりと過ごしていた。

 執事さんやメイドさんたちも交えて王都やティルディスの話などをしていると、『ゴンゴン』とドアノッカーの音が聞こえてきた。


「なんか聞こえたね。誰か来たのかな?」

「確認してまいります」


 執事のゴートさんが玄関の方へ向かっていった。


「この家の事を知っている知り合いなんていないし、誰だろう?」

「王城の人とかですかね? あとはディリムスさんの所とか」

「あぁそうか、ディリムスさん達もこの辺に家を貰ったのかな」


 しばらくしてゴートさんが戻ってきた。


「おかしいですね。誰もいらっしゃいませんでした」

「え? 音は鳴ったよね?」

「はい。私もしっかり聞きました。あれはドアノッカーの音です。しかし誰もおらず、周囲に人影もありませんでした」


 初めてのオレたちならいざ知らず、長年ここで働いているゴートさんが言うなら間違いないだろう。


「音が鳴ったのに誰もいないって……。もしかしてオバケでしょうか……?」


 セラーナが泣きそうな顔になり、上目遣いでこちらを見ながらオレの右腕をつかんでくる。

 この破壊力はヤバい。


「そ、そんなことないよ」


 と言いながらとっさに目を逸らして左に顔を向けると、『出遅れた!』という顔をしたグウェンさんがいた。

 しかし、オレとばっちり目が合ってしまったことにより、機先を制された形になったグウェンさんは動くに動けず、『あぅっ、あぅっ』と言ってピクピク動くことしかできなかった。


 一瞬の沈黙が流れた後、再び『ゴンゴン』とドアノッカーの音が響いた。

 皆一斉に、壁の向こうにある玄関の方へ目を向ける。

 何も言わず再びゴートさんが玄関へ向かい、その背中を何も言わず見送る。

 しばらくして戻ってきて予想通りの言葉が返ってきた。


「誰もいらっしゃ」

「キャー! オバケナノダー!」


 待ってましたと言わんばかりに、オレの左腕にわざとらしく絡みついてくるグウェンさん。

 以前、調合で使いたいからミイラを掘りに行きたいとか言っていた人が、今更オバケ如きを怖がるはずがないだろう。

 一方、セラーナの方は割と本気っぽく、微かに震えているのが伝わってくる。

 グウェンさんにぜひとも見習ってほしいところだ。

 セラーナのこれが演技だったとしても、オレは騙されたい。

 負けて悔いなしだ。


 キャーキャーうるさいグウェンさんを放っておいて、ススリーが改めて確認する。


「本当に誰もいなかったの?」

「はい。風もそこまで強い風は吹いていないと思われます」

「悪戯かしらね?」

「悪戯を仕掛けるにしても家は選ぶと思いますし、この時間にわざわざ悪戯しに来る者はいないかと……」

「そうよね。本当になに」

『ゴンゴン』


 再び音が鳴った。

 全員息を飲み、互いに視線を合わせあう。

 セラーナとメイドさんたちはもう泣きそうだ。

 そしてもう1度『ゴンゴン』となった瞬間、オレとタックは玄関に一気に駆けつけた。

 しかし、すぐに扉を開けるが誰もいない。

 そこで”スキャン“を応用して自身を中心に同心円状に魔力を広げていく。

 スキルの調査じゃなく、単純に存在を確認するだけのものだ。

 すると玄関のすぐ近くにある木の上の方に、微かに反応があった。


「誰だ!」

「ご、ごめんなさいぃぃぃ!」

「降りてこい!」

「は、はいぃぃ! ごめんなさいぃぃ! 今降りますぅぅ!」


 タックに対象の位置を伝えながら同時に“スキャン”をしておく。

 木の上から降りてきたのは、くるくるとした青髪の癖毛をした、小柄で華奢な女の子だった。

 敵意は感じられないが警戒しながら”スキャン“をしていると……、体術Lv2、杖術Lv4、隠密術Lv8、召喚術Lv8、火魔法Lv4、闇魔法Lv7、スキル“召喚士”を持っていた。


 あれ?

 なんか凄い高Lvだし初めて見るスキルも持っている。

 リッツィ王子が言っていたメイベル在住の姉妹だろうか。


「あの、もしかして神様からお告げを受けた方ですか?」

「は、はい! アガッシュ様からお告げを受けました!」


 俯きながらもじもじしていた少女は、驚いた顔でこちらを見ながら肯定した。


「ん? ヴィト、知ってるのか?」

「いや、初めて会うけど“スキャン”したら凄い高Lvだったし、見たことのないスキルも持ってたから。それに何となくセラーナと似た感覚もする」

「おぉなるほどな。じゃあリッツィ王子が言っていた人か。確かに初めましてだけどそんな感じもしないな。でもそんな人が何でノックダッシュなんて悪戯を?」

「い、悪戯じゃないんです! そんなつもりはなかったんです!」


 わたわたと両手を振りながら必死に否定している姿が小動物のようで可愛らしい。

 タックも同様の様で、さっきまでの警戒が薄れ、頬が僅かに緩んできている。


「まぁここで話すのもなんだし、中に入って話そうよ。用があったから来てくれたんでしょ?」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 皆がいるリビングに案内し、メイドさんにお茶をお願いする。

 ソファに座るよう促し、皆も腰を下ろしていく。


「とりあえず、お名前とご用件を伺ってもいいかな?」

「はい、僕はプラントと申します。用件は皆さんのお話を伺えればと思ってきたのですが……」

「え?? プラントさん??」

「はい、プラントです。すみません」


 てっきりメイベルに住む姉妹の一人だと思っていた。

 プラントさんということは王都に住む青年の方だったのか。

 ん? 青年?


「え? 男性ですか?」

「はい……。すみません……こんなので……」

「あ、いえいえ! こちらこそすみません!」


 しょんぼりして項垂れてしまったので慌てて謝った。

 ヤバい、さっき『可愛いなぁ』とか思ってしまった。

 実際今も可愛く見えてしまう。

 タックやススリーも驚いているし、タックはオレと同じく『やべぇ』という表情もしていた。

 グウェンさんとセラーナはホッとしたような表情だ。


「いえ、いいんです。よく、女性に間違われますので、はい」

「いや、あの、本当にすみませんでした。それで、オレたちの話を聞きたいというのは?」


 とりあえず話題を変えよう。


「はい、皆さんの噂を聞いて、神様が言っていた人たちかもしれないと思ったので、会ってお話をしてみたいと思ったんです」

「オレたちもリッツィ王子から、『プラントという人が神様からお告げを受けた』と聞いていたので、一度お会いしたいと思っていたんです」

「はわー!? そうだったんですか!? 嬉しいですぅ!」

「でもよくここがわかりましたね? オレたちも今日初めてここに来たのに」


 貰う家がここだというのは、オレたちもここにきて初めて知ったことだった。


「ちょうど王城から出てくるのをお見かけしたので、本当はその時、話しかけようと思っていたんです。でも僕、……人見知りが激しくて、なかなか勇気が出なくて……。そうこうしている内にここに着いちゃって、皆さん中に入ってしまったので尚更話しかけられなくなっちゃって……」

「えっ? ずっと着いて来てたんですか?」

「はいぃ、ごめんなさい……」

「いえ、いいんですけど、全然気が付かなかったです」

「隠密術Lv8があるので……。見つかって怒られたらどうしようと思ったので、こっそりついてきちゃいました」


 自分も隠密術Lv8だけど、全く気が付かなかった。

 プラントさんだったからいいけど、これが魔物とかだったら完全にやられてしまうな。

 さっきプラントさんを発見した時のように、周囲を探知する魔法も作って共有しておいた方がよさそうだ。


「それで、一度家に戻ってまた来てくれたわけですか?」

「いえ、ずっと玄関の所で待ってました」

「ずっと!? オレたちがここに来てからもう3時間位経ってますよ!?」

「やっぱりなかなか勇気が出なくて……。誰か出てきてくれないかなと思いながら待ってたんですが、ここまで来たら自分で動かなきゃと思って、ノックをしてみたんです。そしたら本当に誰か出てきてしまったので、慌てて隠れちゃったんです……」

「そりゃノックされたら誰か出ますけども……」


 玄関の前で3時間も、『よし行こう!』と『やっぱり怖いな』を繰り返していたんだろうなぁ。

 それがノックダッシュにつながったわけか。

 こちらに全く非はないけど、もじもじしながら話す姿を見ていると、なんか申し訳ないことをした気分になってくる。


「とにかく、オレたちも会いたかったので来てくれて嬉しいです。そして、一応確認ですが、実際会ってみて、プラントさんはどうですか?」

「かっこい……じゃなかった、やっぱり神様が言っていた人たちなんだと感じました。こんな僕だけど、僕も“ブルータクティクス”に入れてほしいです」


 終始俯きがちでおどおどした様子ではあったが、最後の言葉はこちらの目をしっかり見て、力強くいってくれた。

 周りのみんなの反応を伺うと、反対の人はいなそうだが、最終的な判断はマスターだ。


「という事らしいけど、セラーナどう?」

「大歓迎です! ようこそ“ブルータクティクス”へ!!」

「いらっしゃいませなのだ!」


 セラーナとグウェンさんはプラントさんと握手をして新しい仲間を歓迎する。

 ゴートさんやメイドさんたちも拍手をして喜んでくれている。

 オレたちも順に握手をしていく。


「うぅ……ありがとうございますぅ。うううぇぇぇん。断られたらどうしようと思ってたよぉぉぉ」


 さぞかし緊張していたのだろう、ぽろぽろと涙を零して泣き出した。

 小柄な体を更に小さく丸め、蹲って泣く姿は、『あぁ守ってあげなきゃな』と感じてしまう。

 オレ以外のみんなも、なんとグウェンさんまでもが慈愛に満ちた目でプラントさんを見つめている。


「ほらほら、プラントさん。もう泣き止んで色々お話しましょ」

「グスッ……うん……ひっぐっ……」


 セラーナに促されて立ち上がり、改めて挨拶をするプラントさん。


「皆さん、改めまして、こんな僕ですけど、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」


 深々とお辞儀をするプラントさんに向かって、皆で再度『よろしくー!』と言いながら拍手をする。

 続いてプラントさんはオレとタックの方に向かって言う。


「ヴィトくん、タックくん、あの……、仲良く、してね。その、僕、こんなだし、人付き合いが苦手だったから、男の子の友達もいなくて、分からないことが多いんだ。だから、色々教えてくれると嬉しいな」


 泣いた後だからか、少し荒くなった息遣いのまま、赤く染まった頬に潤んだ瞳の上目遣いで言うのでやけに艶めかしく聞こえる。


 な、何を教えたらいいんだ?

 本当に色々教えてもいいのか?

 いや、オレもそんなに詳しくないからむしろ一緒に勉強しようか。

 でも捕まったりしないだろうか?

 まてまて、プラントさんは男だよな?

 いや、この際性別なんか関係ないのか?

 色々な考えがぐるぐる回る。


「あ、あ、あ……だ、ダメだっ! タック!! オレを殴って!!」

「ど、どうしたのだヴィト!?」

「任せろ!!」


 タックに思い切り頬を殴られ吹っ飛んでいくオレ。

 驚く女性陣(プラントさん含む)とゴートさん、悲鳴を上げるメイドさんたち。


「ヴィト!! 俺も頼む!!」

「あたぼうよ!!」


 立ち上がって助走の勢いそのままに思い切りタックを殴り飛ばす。

 唖然とするみんなの前をゆっくり通り過ぎ、吹っ飛んでいったタックに手を差し出す。

 ガシッと力強くオレの手を握り立ち上がるタック。

 頬には尋常じゃない痛みがあるが、これは必要な痛み、忘れてはならない痛みなのだ。

 二人とも口や鼻から血を流しながら並んでプラントさんの所へ戻る。


「「プラントさん、これからよろしくね!」」

「だ、大丈夫ですか!? どうしたんですか!?」

「大丈夫。これはプラントさんと男の友情を作るために、オレたちにとって必要な儀式だったんだ。気にしなくていいからね」

「うん。これで俺たちはプラントさんの仲間になれる。よろしく頼むぜ!」

「ぼ、僕の為に……!? ありがとうございますぅ!」


 ススリーは呆れたような表情でこちらを見ていたが、他のみんなはきょとんとしている。

 それでいい、分からなくていいこともあるんだよ。


 その後はセラーナの時と同じように、自分のスキルや今後についての話、今日あった<ワームホール>や魔物の話など話していた。

 ハンターギルドに行ったにも関わらず登録をしないで帰ったのは、“スキャン”の結果で注目を浴びてしまい、どうしていいか分からなくなったから逃げてしまったらしい。

 クラン員登録の事もあるし、明日みんなで一緒にハンターギルドに行く事にした。


 プラントさんは実家も王都らしいが、オレたちと一緒にティルディスに行きたいとのことだった。

 引っ越しするなら両親にご挨拶をしていた方がいいと思ったので、ハンターギルドに行った後、皆でプラントさんの家にお邪魔することにした。

 その後、セラーナの叔父さんにも挨拶をしに行く事にしたので、引っ越しの準備や挨拶周りなどで結局3日ほど王都に滞在することになりそうだった。


 最後にもう1つ驚愕だったのが、プラントさんはなんと19歳で俺たちの2つも年上だった。

 5歳くらい下のつもりで接していたのに、年齢も性別も惑わすなんてなんて魔性(?)の人なんだ……。

 オレもタックも気を付けておかないと、また危なくなるかもしれない……。


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