第13話 魔法の無駄遣い
「昨日は食事も摂らず、寝るまでしょんぼりしていた2人だったけど、一晩寝てようやく少し落ち着いてきたみたいね」
顔を洗わせて、朝食の準備をする。
「ほら、そんなに元気のない顔してると他の女の子にヴィトを取られちゃうわよ。ご飯もしっかり食べないと」
ピクッと反応し、朝食に手を伸ばし始めた。
ショックを受けるのも仕方のないことだけど、落ち込み続けていてもしょうがない。
大事なのはこれからなんだから。
その為にはしっかり食べておかなきゃね。
「ご飯食べたらヴィトの所へ行くわよ」
2人とも小さく頷いた。
昨日家に2人を連れて帰って以降、ヴィトからの連絡はなかった。
多分後片付けで大変だったんだろう。
夜はタックの家にでも泊ったんだろうか?
ヴィトの部屋は大丈夫だったから、もしかしたらそのまま寝ていたのかもしれない。
やはりショックを受けているだろうな……。
俯いたままの2人としばらく歩いていると、ヴィトの家についた。
ノックをしてみるが、返事はない。
やはりタックの家に泊まったのだろうか?
「ヴィトー? 入るわよー?」
扉を開けてみると、テーブルや戸棚、割れた食器などは昨日のままだった。
やっぱりショックで昨日は動けなかったのね……。
2人も改めて自分たちがやらかした惨状を目の当たりにし、再び泣きそうになっていた。
その時、家の裏の方に何か違和感を感じた。
セラーナと会った時の様な感覚だった。
「裏の方に……。何かしら?」
畑の方に回ってみると、やはり結界が貼ってあった。
「こんなところに結界を張って何をしてるのかしら?」
不思議に思いながら結界に入ってみると、見たこともない立派な建物が目に飛び込んできた。
「えっ? なにこれ?」
セラーナとグウェンさんも目を丸くしている。
そしてこちらに気づいたヴィトとタックがやってきた。
「おー! みんなー! 見てよこれ! すごくない!?」
「ちょうどいい時に来たな! たった今完成したんだぜ! すごいだろー!?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! どうしたのよこれ!?」
「どうしたって、作ったに決まってるじゃないか」
「いい出来だろ!? 俺が図面を描いたんだ! あの柱とか壁の模様とか格好いいだろ!?」
「オレはあそこのバルコニーがおススメだと思うんだよ! 職人の技が出ててさぁ!」
「そうなんだよヴィト! あのデザインは手彫りでやるとかなり難しいんだけど、さすが魔法だとそのまま再現できちゃうんだもんな!」
ヴィトもタックも凄くテンションが高く、話が止まらない。
「ちょっと待ちなさいってば! なんでこんなのが建ってるのよ!?」
「いや、家を直すにはお金かかるしさ、それだったら魔法で作っちゃおうぜ! ってなってさ。タックと相談して昨日の夜から作り始めて、ついさっき出来たのさ。といってもまだ外観だけで、細かい内装とか家具はこれからだけどね! ちょうど今呼びに行こうと思っていたところなんだよ」
「作るにしてもなんでこんな立派な家になってるのよ……。貴族のお屋敷みたいじゃないの……」
「いやー、どうせなら凄いの作ろうぜってなってさぁ。アイデアが止まらなくなっちゃってね。ブルータクティクス作戦会議室も作ったよ! あ、グウェンさんとセラーナの部屋はもちろん、タックとススリーの部屋もあるんだよ!」
「なんでそうなるの!?」
「え? いらない?」
「いや、欲しいけど……。あーもう! そうじゃないでしょ!」
ハイテンションのまま計画をし、ハイテンションのまま作った結果こんな豪邸が出来てしまったらしい。
しかも一晩で。
ヴィトも向こう側の人間だったのね……。
「グウェンさんもセラーナも、もう昨日の事は気にしなくて大丈夫だからね! 今度の家は建物全体に結界魔法と強化魔法をかけておいたから火事になることはないし、多分隕石が直撃してもビクともしないよ!」
満面の笑みで2人に話しかける。
もしかしたら2人が引きずらないようにあえて新しく家を作ったのかもしれない。
「うぅ……ごめんなさいなのだ」
「本当にごめんなさい。どれだけ謝っても償えないですが……」
「もー! 2人とももういいんだって! 2人は無事だった。そして新しい家が出来た。これでもう解決してるんだから、気にしないで! それよりも早く中に入ろうよ! 今日からこっちに住むんだから!」
ヴィトが2人の手を引いて屋敷の方へ連れていく。
昨日の事は本当に気にしていないようで、とにかく新しい家を自慢したい様子だった。
「まず玄関なんだけどさ、この上の玉を見てよ。これに付与術を使ってあってね、みてて。“トーチ”」
ヴィトが“トーチ”を唱えると、天井に取り付けられた石の玉が光りだした。
「なにこれ……。どういうことなの?」
「暗いと不便じゃない? だから付与術で“トーチ”という言葉に反応して魔法が発動するようにしたんだよ。これなら魔法が使えなくても明るくできるんだよ! 家の中の明かりも全部これにしたから! いいでしょ!?」
「いいでしょって……」
「じゃあ次は中ね! 扉を開けると……。じゃーん!」
建物の中央部分にある玄関から入ると、そこには広い玄関ホールが広がっていた。
もちろん調度品などがあるわけではなく、色味は少ないが、白く光沢のある石で作られた床や壁に施された模様は明るく清潔感もあり、見事なものだった。
正面には階段があり、壁に突き当たって左右に分かれて2階へと続いているようだ。
高い天井や壁には先ほどの“トーチ”の玉がついているのが見える。
1階部分は廊下の両側に部屋があるように見える。
「うわー……。すごいのだ……」
「素敵……」
「とりあえず1階部分は左側が基本的にみんなで使う部分なんだ。リビングとかダイニングとかキッチン、お風呂とかがあるよ。あとトイレも。右側は応接室とか執務室とかにしてあって、お客さんの対応とか書類仕事をしたりするんだよ! まずリビングの方から案内するね!」
先日の事を引きずっていないのは良かったけど、こんなもの作って大丈夫なんだろうかという不安はある。
“トーチ”のライトだって技術的には極めて高度なもので普通の他の人には作れないだろう。
貴族や王族に目を付けられたりしないだろうか……。
そんな心配をよそに上機嫌で家を案内していくヴィト。
◆
一通り案内してもらったが、やはりすごかった。
キッチンやお風呂などは、栓を開ければ水やお湯が出てくるようになっていた。
水を通す管に付与術を使い、管を通った水が暖められる仕組みになっているらしい。
また、貯水槽も“
さすがにまだそこまで貯めていないようだが、一度補給しておけばしばらく持つようだし、減ってきたら“トーチ”が光って教えてくれるそうだ。
さらに排水についても“
お風呂自体も“
更にこちらの配管には浄化と風魔法の付与を加えて常にきれいな水を循環させているらしく、一日中何時でも入れるそうだ。
もちろん溢れた水は浄化の下水管から川の方に流れていくようになっている。
キッチンには竈がなく、代わりに石の台に石の板が埋め込まれていた。
こちらは“トーチ”ではなく、“ヒーター”と唱えると石の板が熱を発するとのことで、そこで調理ができるらしい。
食料を保存するための箱もあり、氷魔法が付与されていて冷やしたり凍らせたりできるとのことだった。
2階、3階は部屋がいくつもあり、3階には広いバルコニーも作られ、そこで景色を見ながらコーヒーを飲むのだそうだ。
なんと地下室もあり、倉庫やブルータクティクスの作戦会議室、グウェンさんの研究室などが作られていた。
ただ、いくら付与術でも魔力がきれたら効果が無くなってしまうので、その時はどうするのか聞いたら、ヴィトは『こうするの』といって壁を触りだした。
家全体に魔力が通るようになっているらしく、どこかに触って魔力を流せば減った部分に自動で供給されるらしい。
さらに、家全体が魔力の膜に覆われているようなものなので、侵入者などがいた場合にもすぐにわかるんだと興奮して説明していた。
その後で、『結界を張っているからそもそも侵入出来ないけど』とも言っていた。
もう魔法の無駄遣いに思えてならない。
家の広さや独創的な魔法の使い方に十分驚いたが、私が一番感動したのは日当たりの良さだ。
至る所にふんだんにガラスが使われており、心地よい日差しが差し込んでくる。
リビングはほぼ壁一面に大きなガラスが貼ってあり、これだけでもかなりの金額になるはずだった。
どうしたのか聞くと、やはり魔法で作ったとのことだ。
本物のガラスではなく、水を土魔法で固めた冷たくない氷みたいなものと言っていたが、見分けがつかない。
自分の家の近所だし、見慣れた風景だけど、明るいリビングの大きな窓から見る景色はいつも以上に美しく見えた。
各自好きな所を選んでいいと言われた部屋も、もちろん窓がついており、広く日当たりが良くて最高だった。
まだ家具はないが、必要な家具があったら木と鉄で作れるものなら何でも言っていいと言われた。
木をそのまま変形させることはできないが、家を作っている最中に木を自在にカットして組み合わせるということが出来るようになったらしい。
そんな家というか屋敷を見学していると、最初は落ち込んでいたグウェンさんとセラーナも、ヴィトが本当に怒っていないという事がわかったらしく、少しずつ笑顔が見られるようになってきた。
そして、新しい家の凄さや広々とした自分の部屋、研究室などに喜び元気になっていった。
移動初日で大変なことになって、一時はどうなるかと思ったけど、この調子なら新たなスタートがきれそうで安心した。
家の説明が終わったヴィトとタックはさすがに眠気が出て来たらしく、仮眠をとると言って自分の部屋にそれぞれ入っていった。
とりあえずベッドは作っておいたらしい。
グウェンさんとセラーナもいつもの様子に戻ったようなので、私は一旦家に戻ることにした。
◆
真っ白い天井が目に入り、また神様か? と思ったが、自分で作った家だと気が付いた。
家具はベッドしか置いていないので、広い部屋がより広く感じる。
少し仮眠をとって頭もすっきりし、昨日のテンションも落ち着いてきて冷静な頭で考えてみる。
やばい……やりすぎたんじゃないだろうか……?
タックと一緒にノリに任せて作ってしまったが、魔法を使えるだけのたかだか17歳の奴が住んでいいような家じゃない気がする。
急に心配になって来て部屋から出ると、高い天井に広い廊下、左右に並ぶ部屋に改めて自分の仕出かしたことを目の当たりにし、恐ろしくなってきた。
広い家なので誰がどこにいるか分からないが、とりあえずリビングに向かってみると、グウェンさんとセラーナがいた。
窓側の日が差す位置の床にそのまま座り、一生懸命何かを紙に書いている。
テーブルや椅子は作っておいた方がよかったかもしれない。
「おはよう、の時間じゃもうないかな。2人とも何しているの?」
「あ! ヴィト! おはようなのだ!」
「おはようございます!」
「今セラーナと一緒にお絵かきしていたのだ!」
「お絵かき?」
「ヴィトが好きな家具を作ってくれるって言ったから、2人でどんなものを作ってもらおうか絵を描いていたんです」
「あ、あぁそうなの…」
そういえば言ったな。
これ以上何かしたらヤバいんじゃないだろうか?
「あ、タックやススリーはどこに行ったの?」
「タックはたぶんまだ寝てるのだ! ススリーは一旦家に帰ると言っていたのだ」
「お昼頃にまた来ると言っていたから、そろそろ来ると思いますよ」
タックは共犯者だから、唯一冷静であろうススリーが来たら聞いてみよう。
これヤバくない? と……。
「ヴィト、こんなベッドとこんな感じのイスとテーブルが欲しいのだ! あと着替えを入れておく収納も欲しいのだ!」
「私もこういうベッドが欲しいです! 机と椅子もこんな感じなのがいいです!」
2人とも装飾のついたベッドや椅子の絵を見せてくる。
どちらもとても絵がうまく、セラーナのはシンプルだけど可愛らしいデザインになっている。
グウェンさんのは……どこの玉座だ。
1人掛けの椅子だけど背もたれが直角でやたら高い。
背後になんかトゲトゲの装飾もされている。
もしかしたらとんでもない闇を抱えているのかもしれないな……。
絵を見て戸惑っているとススリーがやってきた。
「わかった。考えておくよ。ちょっとススリーと話してくるね」
「「はーい」」
「ススリー、ちょっと聞きたいんだけど」
「どうしたの? 正気に戻ってやりすぎたって思った?」
「ぐっ……何でわかるの?」
「すぐわかるわよ。冷静になって怖くなったんでしょ」
「仰る通りです……。大丈夫かなぁこれ?」
「さぁ……。でも作ってしまったものはしょうがないじゃない。自分の土地に自分で作った家なんだから、文句を言われる筋合いはないわね」
「そうかな? ならいいんだけど」
「それにあの2人もあんなに元気になって喜んでいるだし、今更やっぱり壊しますじゃ大変よ? それに私もあのお風呂に入りたいもの!」
「あ、うん。どうぞご自由に」
「それから私もお部屋貰っちゃったけど、本当にこっちに移ってもいいのかしら?」
「もちろんだよ。皆で一緒の方が楽しいし」
「ありがと。こっちに移れたら私の部屋も妹に譲れるし、助かるわ。私も作ってほしい物も絵に描いておくからそのうちよろしくね」
「うん、わかったよ」
ブルータクティクスの常識人ススリーにも許可(?)を貰えたし、気にしないことにしよう。
何か言われたらその時考えればいいよね!
その後、タックは家具の材料となる木を山から切り出してきたり、屑鉄集めをしたりしていた。
オレはそれを材料に、家の内装や各人が希望する家具などを作っていった。
ススリー、グウェンさん、セラーナにはオレやグウェンさんの家から必要な物や使えるものを運んだり、魔法じゃ作れない物を街に買いに行ったりしてもらった。
家を作り始めて3日目くらいに結界を解いたら、大騒ぎになってしまったけど、全て『魔法のおかげ!』で押し切った。
また、ご近所さんにはブルータクティクスの拠点とする事、用がある時は新しい家に来てもらう事を伝えておいた。
家具を作っている内に木工もかなり得意になってきたので、家事で燃えた部分もあっという間に直すことが出来た。
もう住めるようになったけど、皆で新しい家に住みたいので、綺麗に修復した後、“
これで泥棒に入られる心配もないし、劣化もしない。
魔物の襲来があっても壊されることはないだろう。
朝はセラーナ以外は仕事へ行き、みんな同じ家に帰ってくる。
オレとグウェンさんは家でも店でも一緒だ。
セラーナは家事や買い物など家の事を全般的にやってくれていて、オレたちが帰ってくる頃には夕飯を作って待っていてくれる。
空いた時間には必要なものを作ったり、今後の事を話したり、鍛錬したり、みんなで他愛のない話をしたり、と幸せな時間を過ごしていた。
そんな日々が続き、セラーナがティルディスに来て1か月ほど経った頃、王都から手紙が届いた。
封蝋がしてあり、上質な封筒に入っている。
開けてみると、王城からの呼び出しだった。
あれ? バレたのかな……?
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