第5話 お告げの後

 お告げのあった朝は、ファイライン王国の王都ソルティアにおいてもその話題で持ちきりだった。

 グロム・ファイライン国王自身も『王として各国と協力しながらミリテリアを守ってほしい。』と伝えられたため、お告げが本物であると確信していた。

 すぐに王の執務室にリッツィ第一王子、オルザファレン宰相、レイダー騎士団長を集め、情報の精査と今後の方針について話し合っていた。


「リッツィとレイダーは天使から力を頂いたのだな」

「はい。私もレイダー騎士団長も剣術、槍術、体術スキルなどを賜りました」


 グロムの質問に対してリッツィが答える。


「何か変化はあったか?」

「特別変わった印象はありません。しかし、先ほどまで色々と試しておりしたところ、今までとは異なる感覚がありました」

「ほう? どういうことだ?」

「剣を振る度に速く鋭くなっていくのです」

「鍛錬をすればそうなるのではないか?」

「はい。しかし、通常は何年も鍛錬を続けた結果得るものです。始めたばかりの者ならいざ知らず、私やレイダーのように既にある程度の腕を持つ者では、少し剣を振ったからと言って実感できるほど成長することはありえません」

「陛下、これは私も同様に感じております。殿下と模擬試合もしてみましたが、剣筋や身のこなしが一合毎に熟達していくのがわかります。剣を修める者にとってこれほどの喜びはございません」


 リッツィとレイダーがやや興奮気味に答える。


「なるほど……確かにお主らのように剣を極めつつある腕では、短時間で劇的な成長というのは見込めまい……。すばらしいな。レイダー、騎士団で他にスキルを頂いた者はいるのか?」

「はっ。今の所約7割ほどの者がスキルを賜ったのを確認しております。中には剣術ではなく槍術や体術、弓術などのスキルを賜ったり、私や殿下のように、複数スキルを持つ者も中にはいるようです」

「ほう。その者らはどうなのだ?」

「個人差はありますが、それまでは同程度の実力だった者たちでも、スキルを賜った者は格段に実力が上昇しております。現時点での感想では、剣術スキルを持たない者がスキルを持つ者に勝つことは極めて難しいと考えられます」

「それほどまでにか……」


 技術や戦力が向上することは、魔物の襲来を考えれば喜ばしい。

 しかし、ある意味明確な線引きがされてしまう。

 スキルを持たない者が差別や不利益を被らないように対策をしていかなければならない。

 また、そんなことがないと思いたいが、スキルを悪用する者が出ないとも限らない。

 こちらも対策を考えていかなければ……。


「それで、槍術、体術などのスキルに関してはどうなのだ?というか、なぜ剣術じゃないのだろうな?」

「槍術、体術などのスキルを賜った者たちは、剣術に関しては多少の違いはあれど、並程度の腕前でした。しかし、家族や血縁にそのスキルの師範がいたり、幼いころからそのスキルを鍛錬していたりしたようです。また、狩りが得意な者が弓術スキルを賜ったりしているようです」

「なるほど。その辺りが天使の言っていた“適性”というものなのかもしれんな」

「私もそう考えております。スキルを持つ者は鍛錬すればかなり上達すると思われますので、今後は剣術のみならず各スキルに基づいて鍛錬を行っていくべきかと。ただ……」


 表情を硬くし、レイダーの言葉が詰まる。

 躊躇いがあるようだ。


「構わん。申してみよ」

「はっ。ありがとうございます。懸念はスキルを持たない者たちについてです。今後新たにスキルを賜る可能性があるかもしれませんが、現状だとすぐに他の者との差が大きくなるでしょう。しかし、これまで共に過ごしてきた仲間です。何卒ご寛大な措置を賜りますようお願い申し上げます」

「私からもお願い致します」


 そういってレイダーは王に向かって跪き頭を下げる。

 隣でリッツィも同様に頭を下げた。


「うむ。良く言ったぞレイダー、リッツィ。私もスキルがないからと言って蔑ろにする気は毛頭ない。世界中で協力せねばならぬ時に、スキルを持たぬからと言って不利益を被るなど絶対にあってはならん!」


 グロムは断言し、続ける。


「これは国中に周知し、破った者には罰則を与えるものとする。ただし、細かい内容に関しては情報が整ってからだな。頼んだぞオルザファレン」

「畏まりました。情報が集まり次第、すぐに周知致します」

「魔物と戦う力を持たぬ者でも活躍できる場は必ずある。一丸となって困難に立ち向かうため、適材適所で活躍できる場を設けるのが私の役目だ。騎士団のみんなも安心して励むがよい」

「はっ。ありがたき幸せ!」

「楽にしてよいぞ。そして騎士団以外はどうだ?」


 グロムはオルザファレンの方を見た。


「はい。現在も調査中ですが、今の所、王城内では2~3割ほどがスキルを賜ったようです」

「ほほう。どのようなスキルだ?」

「やはり所属している部署により特色があるようです。情報部などでは隠密や探査スキル、研究部や図書管理部では錬金術、付与術、それに魔法スキルを賜った者がいるようです。殿下や騎士団長と同じく複数のスキルを賜った者もいるようです」

「どのようなスキルか分からぬ物もあるが、直接的な戦闘スキルというよりは後方支援的なものが多そうだな。やはり経験や知識により傾向があるのか。それにしても魔法だと?」


 魔法など神話や小説などでは出てくるものだ。


「はい。賜った者は10数名おりますが、実際に使えた者はまだ2~3名で、何もないところから火や水を出すことに成功しておりました。こちらも訓練してゆけばより強力な力になるかと存じます」

「御伽噺のようなものかと思っていたが実在するとは……。直に見てみたい。後で案内をしてくれ。それから来るべき日に備え、十分に鍛錬するよう伝えてくれ。必要なものがあれば手配してやるように。もちろん、騎士団や他の部署にもだ」

「畏まりました。それからもう一点ございます」

「なんだ?」

「図書管理部のセリシャという女性が、”スキャン”というスキルを与えられました」

「スキャン? それはどういったものなんだ?」

「はい。どうやら他者が持つスキルの種類や強さなどがわかるようです」

「なに!?」

「それは本当ですか!?」

「そんなことが……!」


 グロムを始め、他の2人も驚きのあまり声を漏らす。

 スキルの種類に関してはお告げで本人ならわかるだろうが、強さまでわかるというのはどういうことだろうか。


「強さがわかるというのはどういうことなのだ?」

「レベルというものがあり、現在どのくらいの強さなのかが数値化して見えるそうです」

「強者がすぐにわかるというのか?」

「基準がどの程度なのかというのが不明なため、これからデータを集めて検討となりますが、数値が高い方がより強力であると考えられます」

「なるほど……。その者をここへ呼んでくれ」

「そう仰るかと思い、既に待たせております」


 そういうとオルザファレンは執務室の外に待たせていたセリシャを連れてきた。

 小柄な女性で頭の上に耳が、後ろには尻尾がついていることから獣人族の様だ。


「お、お初お目にかかります。セリシャと申します」


 膝をついて頭を下げる。

 緊張しているのが目に見えてわかる。


「堅苦しいのはいらぬぞセリシャ。それよりもスキャンというスキルについて知りたいのだ」

「はいっ!なんなりとっ!」

「どういったスキルなのかは先ほどオルザファレンから聞いたが、実際にここで見せてもらうことはできるか?」

「はいっ!」

「ではリッツィとレイダーの強さを確かめてみてもらえるか?」

「か、畏まりました!」


 リッツィとレイダーがセリシャの方へ近づく。


「何かこちらがすることはあるかい?」

「いえ、殿下。そのままお立ち頂ければ大丈夫ですが、申し訳ありません、御一人ずつしか出来ません」

「じゃあ僕から頼むよ」

「畏まりました! お身体に触れなければなりませんので、手を出して頂けますか? では、失礼します!」


 セリシャがリッツィの手を握って目を閉じる。

 セリシャの手が柔らかく光はじめ、その光がリッツィを包み込んでいく。

 光が全身を包んでしばらくすると、スゥっと消えていき、セリシャが目を開けた。


「終わりました。殿下は剣術スキルがLv5、槍術スキルがLv2、体術スキルがLv3のようです。他に弓術スキルがあるようですが、こちらはLv1となっていました」

「なるほど凄いね……。確かにそのレベルと得意とするものが一致している気がするな。特に弓は狩り程度でそこまで鍛錬してこなかった」

「ただ、私自身、このスキャンというスキルがLv2でしたので、まだわからないスキルが他にもあるのかもしれません……」


 申し訳なさそうにセリシャが頭を下げる。


「気にすることはない。皆スキルを賜ったのが今日のことなのだ。初めから全てがわかるわけではない。スキャンも繰り返していくうちにレベルが上がってより詳細に見えるようになるかもしれないしな」

「はいっ!ありがとうございます!」

「よければ私もスキャンで見てもらえないか?」


 レイダーも手を差し出す。

「はい!お任せください!」


 リッツィと同様にスキャンを始める。

 レイダーは剣術スキルがLv6、槍術スキルがLv4、体術スキルがLv4、弓術スキルがLv3となっていた。


「ほぅ。さすがはレイダーだな。素晴らしい」

「ありがとうございます陛下。励みになります」

「セリシャよ。そなたが授かったスキルは素晴らしい! 今後の魔物の襲来に備えて色々と改革をしていかねばならん。その際にそのスキルがあれば、適材適所で行うことができる。力を貸してくれまいか?」

「も、もちろんでございます! 喜んで!!」


 自身が役に立てることだけでも嬉しいのに、国王から直接頼まれては断る理由などなかった。


「よろしく頼むぞセリシャ。では今後の方針を決めよう。オルザファレン。どう考える?」

「はい。まずは王城内でスキルを賜った者を調査し、その者たちからセリシャのスキャンを行い、リスト化してしましょう。その後、スキルを活かせる部署に異動を。もしくは新たな部署を設立しても良いかもしれません」

「うむそうだな。国内においても各街や村を治める貴族に調査をさせて、リストの作成を行うか?」

「その方がよいと思われます。その際、”スキャン”のようなスキルを得た者は国で直接雇用していけば、今後の為になるかと存じます」

「うむ。セリシャ一人で国中の人物を調べるには手間がかかりすぎる。他にも使えるものがいればいいのだが」

「現段階の情報では、戦闘系のスキルは武術や狩りに携わるものが、後方支援系のスキルは製造や研究、調査に携わる者が多いようです。王城内はそのような者たちが初めから集まっておりますが、街や村ではそこまで多くはないかと」

「なるほど、確かに言うとおりだな。ともかく、まずは調査だ。オルザファレン、早速各部門の責任者にスキルを授かった者の名簿を作成させよ。それから新たにスキル調査部門を立ち上げる。セリシャをそこの責任者とする。直ちに場所の用意と必要な物資、雑用や記録を行う人員を配置せよ」

「畏まりました」

「は、ははぁー!恐れ入りました!!」


 オルザファレンが優雅に一礼をする。

 セリシャは突然の昇格に驚き、おかしな返事と共に土下座をした。

 グロムは気にせず、レイダーに顔を向け指示を続ける。


「レイダー、騎士団のスキル持ちの者をリスト化した後、それを基に再編案と訓練の見直しを行え。また、スキルを持たない者が活躍できそうな場を検討してくれ。それらの人材には別な業務についてもらうことになるかもしれないが、待遇は決して変わる事がないと伝えてくれ」

「はっ!畏まりました!」

「リッツィは王都を始め、他の街や村へ通達を頼む。各地に早馬を飛ばし、可能な限り迅速な調査を行うように伝えてくれ。また、各国の大使館にも使者を送り、各国の状況の確認と情報共有の場を設けたいと伝えてくれ」

「畏まりました。すぐに手配いたします」

「皆の者、忙しくなると思うが頼んだぞ!」

「「「はっ!!!」」」

「ははぁー!」


 各々が自身の持ち場に向かっていった。

 今後、世界は大きく変わっていくだろう。

 魔物の襲来もそうだが、人は力を持つとそれを使いたくなる生き物だ。

 良い方向なら問題ないが、私利私欲の為に使われると、多くの人が被害を受ける。

 特に、力を持たぬ者が。

 神様から魔物に対抗するために授けられた力を、悪用する者はいないと信じたいが、国を治める者としてあらゆる事態を想定しておかなければならない。

 グロムは人々が変わらず平和な生活を送っていけるよう尽力すると誓った。


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