第24話 リプルとラプル3

 怒濤の勢いでカテリアに追いかけられていたラグーン族の子は再び草むらに隠れた。そして再び後ろから声が聞こえた。


「こっちなのだぁ」


 そういって籠を持った彼女が草場の陰から飛び出した先には、しゃがんで待ち構えていたトリニィの姿があった。盗人の彼女が「あっ」と驚いたときには後の祭り、トリニィの腕から伸びたツルが彼女に巻き付き捕獲した。


「クリフー捕まえました!」


 トリニィのその声と同時に「リプル!」と声を張り上げて草葉の陰から顔を出したもう一人の前に俺が立ちふさがる。青ざめて再び逃げ出そうとしたがもう間に合わない。


「ふりゃ! 捕まえた!」


 俺は両手で彼女を羽交い締めにして拘束する。じたばたと暴れるが俺の力の前には成す術もない。


「ええッ二人!? 二人いたのかよ!?」


「……いやもっと早く気づけよ。瞳の色違うし、盗んだ獲物も違ったろ?」


 俺はカテリアの洞察力のなさに呆れた。どうやら彼女は頭に血が上るとそういった思考力は低下するらしい。代わりに戦闘力が上がるのだろう。たぶん……


 俺たちは二人を捕まえたままトレーラーへと戻った。


「いったい何の騒ぎですか」


 出迎えたのはテレッサである。相変わらずのジト目で俺を睨んでいる。だが彼女の目は虹色に輝いており、どうやら捕まえてきた二人を分析しているようだ。


「これは一体どういう事ですか?」


 テレッサが説明を求めると。俺の捕まえた娘が泣きながら訴える。


「助けてー。あたい犯されちゃうのだぁー」


 彼女はとんでもないことを口にして俺に濡れぎぬをきせ始めた。ここにいるのは身内ばかりだから良かったが、見知らぬ人がいれば本気で誤解されかねない。ましてや警察の人たちがいたら目も当てられないことになる。


 彼女は俺の腕の中で再びじたばたと暴れだして逃げようとするが俺の腕力からは逃れられない。


「とうとう幼女誘拐にまで手を出してしまいましたか。やはりあなたにはその毛があったのですね。この変態ロリコン童貞の犯罪者」


 テレッサは両手で自分の身を守るようにして下げすさんだ目を俺に向けた。といってもいつもそんな目をしているわけだが、彼女は俺がそんなことをしないのを分かってて、このように挑発をしてくる。そもそも彼女を襲っても怪力で返り討ちにあうのが落ちじゃなないか。


 二人は逃げないから放してくれと懇願してきた。食料も取り返したのでとりあえず離すことにする。ずっと捕まえているわけにもいかないし。


「あたい、リプル」


「あたいがラプル」


 彼女たちは手を挙げて自己紹介を始めた。青い瞳の娘がリプル。黄色い目の娘がラプル。まったく瓜二つで瞳の色以外で見分けるのは不可能だ。


「二人はもしかして双子なの?」


 料理しながらトリニィが尋ねる。トレーラーに積んであったナイフを使い、慣れた手つきで山菜を刻んでは鍋に放り込んでいる。


「そうなのだぁー」見事にハモってステレオで返事を返してくれた。


「なんで食材を盗んだんだ? とーちゃんかーちゃんに駄目だって教わらなかったのか?」


 カテリアは皮を剥がした獣の肉を指先で器用に切り裂いて鍋に放り込みながら二人に尋ねた。


「ごめんなさーい」と二人はしょぼくれながらもステレオで返事をした。


「あたい達ね、遊びたかったのだぁ……」


「今日でこの森で遊べるの最後なのだぁ……」


 なんとも意味深な発言である。二人の表情はしゅんと落ち込んだ。だがトリニィとカテリアは何か悟ったような顔をする。なぜ二人がこの森で遊べるのが最後なのか理由を知っているようだ。


 だが俺には理由が分からないので「なんで最後なんだ?」と質問をすると二人はにこやかな表情を俺に向けてくれた。


「あたい達、今日の夕方にね神様の所に行くの」


「そんでもってね。楽園に連れっててもらえるの」


 二人の言葉に俺はぞっとした。背筋に悪寒が走る。このようないたいけな子供まで連中の毒牙にかけるのかと。なんとも言えない憎悪と吐き気が襲ってきた。


「そっか良かったなー」と喜ぶカテリアに「うん」と二人はステレオで答えた。


 現時点で『楽園』なるものが彼女たちにとってろくでもない地獄のような場所であることは間違いないと思う。だがあくまでも予測でしかない。


「お姉ちゃん達は行かないの?」


「あたしはクリフと一緒だから他の人に譲ったわ」


「クリフはあたしの夫だってーの」


 俺は四人の会話を聞いていて気分が悪くなってきた。無論俺がどうのということではない。彼女たちが『神』や『貢ぎ物』というものになんの抵抗を持っていないことに対してだ。恐らく『神』を名乗る連中から刷り込まれているのだろう。酷いことをする!


「クリフ……彼女たちに真実を話さなくていいのですか?」


 テレッサのいうとおりだ彼女たちは真実を知るべきだ。そしてこの馬鹿げた事件を終わらせるべきなのだ。だが俺は正直なところ怖い。彼女たちが真実を聞いても受け入れないような気がしてならない。


 長年信じて疑わなかったことをぽっと出の赤の他人に否定されれば反発しか生まれないだろう。仮に聞く耳をもったとしても絶望を感じてしまうのではないかと。


 しかし、リプルとラプルは今夜、連中に連れてゆかれてしまう。事実を突きつけて止めさせるか? いや、二人に止めさせたとしても別の誰かが貢ぎ物になるだけだ。


 四人は鍋を囲んでわいわいと楽しそうに楽園の話をしている。リプルとラプルもいつの間にかトレニィとカテリアに打ち解けている。


 こんな雰囲気の中で真実を告げるのかと激しいプレッシャーが急にのしかかってきた。突如目の前が白い霧のようなものに包まれたかと思えば景色がグルグルと回り始める。


「クリフッ!」


 突然の大声に俺は意識を戻した。大声を出したのはテレッサだ。


「クリフ……大丈夫なの?」


 トレニィが心配して俺に声をかけてくれた。周りを見回せはみんなが心配そうにして俺の顔を伺っている。どうやらあまりのプレッシャーに目眩を引き起こしたようだ……情けない。


「クリフ、貴方が辛いのであれば私から伝えてもかまいませんが、どうしますか?」


 テレッサがサポートアンドロイドらしい言葉をかけてくれた。そのほうが幾分ましだろう。彼女たちを地獄に叩き落とすような言葉をかけるのは辛い…………


「――じゃない!」


 思わず口にしてしまい、彼女たちが驚いている。慕ってくれている彼女たちに自分の口から言わないでどうするんだ。たとえそれが辛いことでも俺の口からいうのが筋だ。俺は大きく深呼吸して心を落ち着かせようと試みる。


「みんな知ってると思うが俺はこの星の住人じゃない。この星……土地の外、遥か遠くの空からやってきた」


 俺は澄み切った青空に指を向けてやって来た方向を示す。


 トリニィとカテリアにはすでに『神』ではないことは説明はしてある。しかし、この世界しか知らない彼女たちにどれほど伝わったかは分からないが、あまり理解してくれているとは思えない。文明の違いを説明するのはあまりにも難しい。


「じゃぁ、クリフは神様なのだぁ」ステレオで問われた。


 リプルとラプルは俺の言葉に興味を示して目を輝かせた。彼女たちにとってみればトレーラーのような機械を持っているのは『神』だという認識なのだろう。『神』と称する連中も同じような車を使用しているのだと推測できる。


「違う。俺は神様じゃないし、君たちの言う『神様』も神なんかじゃない。俺と同じ人間であり、君たちと同じ宇宙に生きる仲間だ」


 四人は俺の話にぽかんとした表情でじっと俺を見ていた。おそらく言っている意味がわからないのだろう。だが俺は話を続ける。


「しかし、その仲間には色々な奴がいて……その……とっても悪い奴もいる……」


 俺はテレッサにこんな感じでいいのかと目で合図を送った。テレッサは頷き、そのまま話すよう促した。


「君たちの前に『神』だと名乗って『楽園』などと嘘を言っている奴らのことだ」


 ここにきて四人は初めて困惑した表情を見せた。おれ自身は連中が『神』とは別という認識あっても彼女たちの中ではまだ『神』のままだ。そして『楽園』は素晴らしい所という認識である。


「な、なにを言っているのクリフ……」


「一体何をどうしちまったんだクリフッ!」


「神様……嘘?」


「楽園……嘘?」


 いくつか予想していた反応の一つが帰ってきた。やはりキツイ。またもや罪悪感に襲われる。そんな俺の様子を伺っていたテレッサがフォローに入ってくれた。


「クリフの言ったことは本当の事なのです。『神』と名乗るもの達はクリフと同じただの人間種です。あなた方に優れた文明を見せつけてあなた方を信用させて騙しているのです。見てくださいこのトレーラーをこれは『神』と名乗るものたちと同様の文明で作られたただの機械です。そしてこの私も生物ではなく作られたモノ、道具です」


 テレッサは自ら首のジョインを外して少し持ち上げてみせた。首と胴体の間に数々の金属やコード、人工臓器が垣間見える。


「ひぃぃぃ!」リプルとラプルは驚き椅子にしていた倒木から後ろにこけた。そりゃ驚くわな。その様はまるで伝説の化物のデュラハンのようだ。実の所、俺もまさか首が外れるなど知らず、初めて知ってその姿にドン引き状態だ。


 トリニィとカテリアは人間ではないと聞かされていたがどこか信じ切れずにいたようだが、こうもはっきりと見せつけられては受け入れるしかなかった。だがそれも容易に受け入れれるような姿ではないが。


「じゃ……じゃあ……楽園に行った人たちはどうなったのですか?」


 トリニィが恐る恐るもっともな質問をしてきた。そしてそれを答えるのが一番辛いと思っていた質問なのだ。


「――そ、それは……それは……恐らく…………」


 俺は必死に言葉にしようとするが、おぞましくてどうしても口にできない。喉が言葉を拒否するように引っかかってしまう……


「人になびく玩具にされるか実験動物です。大半はもう生きていないでしょう」


 俺は必死に答えようとした。だがどうやっても口にできずにいたためにテレッサが代わりに答えた。


 その内容にトリニィとカテリアは青ざめる。あまりな衝撃的なことに口がふさがらないようだ。そしてリプルとラプルはいまいちそれがなんなのか理解してない。


「――あ……あたし達はお前たちの玩具かよッ!!」


 怒ったカテリアはうなだれているクリフの胸元を掴んで締め上げた。カテリアの怒りは当然だ。楽園に行けるといって祝福して友達を何人も見送ったに違いないのだ。そしてトリニィもきっと。


 カテリアに締め上げられた俺は呼吸困難に陥り、今にも気絶しそうになる。


「落ち着いてくださいカテリア! クリフはそんな連中とは違います。クリフはあなたの知っているとおりのクリフなのですよ!」


 テレッサの言葉に我に返ったカテリアは手を離した。ゲホゲホと咳き込んで呼吸を取り戻した俺は急いで新しい空気を肺に送る。


「し、信じられるかよそんな事……」


「では夕方その証拠をお見せしましょう」


 その後、俺たちは食事が喉に通らなかった。


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