第22話 リプルとラプル1

 次の日、カテリアとトリニィを乗せたトレーラーはドラゴ族の集落を後にした。村の人たちが総出で手を振って俺たちを送りだしてくれる。戦闘民族などというからもっと怖いところかと思ったが良いところだった。


 村が見えなくなると俺はトリニィとカテリアの二人と共に後ろのラウンジを占拠する。というのもカテリアが俺の腕に抱きついてきて離れようとしないので補助席に座れなかった。


 反対の席にはトリニィがちょこんと座ってムスっとした顔でカテリアに対し睨みを効かせている。


 あぁ、なんだろう。美女を両脇にはべらして豪遊のイメージとはかけ離れたこの一触即発な状況……冷や汗しかでない! 楽しくない!!


 そうこうしている内に湖を迂回していたトレーラーは小高い丘に出くわす。これをうちのバカでかいトレーラーで超えるのはちょっとやっかいである。


 いや、うちのトレーラーのパワーが貧弱とかそういうことではない。老朽化しているとはいえ軍用のハイパワーエンジンユニットが搭載しているこの車両ならば余裕のよっちゃんだ。


 問題はそーゆー事ではなくジャミングの発生源がかなり近いので、背の引くい草しか生えていような丘なんぞ越えたら向こうから丸見えとなることである。相手はどのような組織か分からないので迂闊なことはできず、とりあえず丘は迂回していつでも森に逃げ込めるような形で慎重に進むしかなかった。


 しばらく進んで森に隠れて休憩に入ることにした。俺やテレッサはなんともないがトリニィとカテリアはトレーラーのような乗り物に乗るのは初めてなのだ。適度に休憩をとらないと乗り物酔いになりかねない。


 現に俺の腕に抱きついて楽しそうにしたいたカテリアの目がちょっと怪しくなってきている。あれほど楽しそうにはしゃいでいたのに無口となった。トリニィにも同様だ。カテリアに対して睨みを効かせていた目は呆然としてどこかを見ている。


 森の外から見えないように極力奥で停車した。


「しばらく休憩にするから二人は外の空気を吸いにいってくるといい」


 二人にそう言葉をかけると無言ででていった。サスペンションが効きすぎて緩やかに上下に揺れるのは初めての経験なのだろう。


「クリフ」


 声をかけてきたのは運転席に座っているテレッサだ。体をひねって顔だけこちらに向けたいた。


「なんだ?」


「休憩の間、私はしばらく全ての処理能力を今後の展開のシミュレーションに回しますので緊急時以外は起こさないで下さい」


「ん、そうか。分かった」


 テレッサがそんなことをいったのは初めてのことだ。営業活動でもどう進めるかでよくシミュレーションすることはあるが、全能力を回すようなことはなかった。


 不確定要素が多いのもあるだろうが、やはりジャミングの影響で銀河ネットワークを利用できないため、外部の演算装置が使えないためであろう。今後の俺の運命はテレッサの計算にかかっているので邪魔はしないでおく。


 俺も万が一に備えて工作テーブルにてパラライザーガンのメンテナンスを行うことにした。こいつも中古品なのでどんな拍子で壊れるか分かったものではない。最後に頼れるのはこの銃だけなのだ。


「そうだ死んでたまるかってんだ。俺はもう一度サクラさんにアタックするんだ!」


 思わず気合いが入る。だがふと二人のことが気になって窓モニター越しに外の様子を見てみた。二人は一つの木の下で幹を背もたれにして休んでいる。


 トリニィはおしとやかに清楚なお嬢様っぽく座っている。カテリアはだらしなく、座っているというよりは幹を枕に寝そべっているようだ。随分と対象的な二人だが、そんな二人がどうして出会ったばかりの俺なんかを好きになってくれるのだろうか?


 トリニィは俺が求愛したことがきっかけみたいだが、それは誤解だと伝えてあるし、トリニィも理解している。


 だけど彼女は俺のことを婚約者だとカテリアの前で言った。トレーラーの中でもカテリアが俺にベタベタしていたのが気にくわない様子だったことからたぶん本気なのかも知れない。


 カテリアは分かりやすい。彼女の社会は実力主義で男でも女でも強いものがモテる。キングボアを一撃で倒したのが相当気に入ってくれたようだ。ただそれが俺の実力でないのが後ろめたい。


 ドラゴ族の社会では複数の嫁をとるのは良いときた。より強い子孫を残すためのシステムらしいが、ハーレムだぜ、ハーレム。どんな男でも一度は考えてしまう。


「あぁ素晴らしきかな実力社会!」


 大人の魅力がたまらないサクラさんの包容力と、可愛くピチピチした若さを持つ二人には学生時代の甘酸っぱい青春を思い出させる。そんな三人に囲まれてずっと暮らしたいものだ。


「ぐへ、へへへへへへ、えッえッえッ」


 自分でも気持ち悪いと思える変な声が思わず出てしまった。三人に甘やかされて暮らしてみたい。そんな妄想が止まらなくなる。


 だが、キてる。今の俺には『モテ期』が来ている。三人の手料理、三人でお風呂、そして夜には三人で……もはやニヤニヤも止まらない。


 突然ぶるっと身震いした。そっと視線を運転席へと向けるとテレッサが軽蔑したまなこでこちらを見ている。あ、これはヤバい。静かにしてなくてはいけなかったのに起こしてしまった。


「ゲス」


「うッ!」


「色ボケ童貞」


「ううッ!」


「女の敵」


「はぅ!」


「二度とそんな気にならぬよう去勢しておいたほうが世の中のためになりそうですね。僭越ながら手術には自信があります」


「ひいいいッ!!」


 やりかねない! このポンコツロボなら本気でやりかねない!! 本来ならばサポートアンドロイドにそのような機能はないはずなのだが、これまでの普通ではない行動の数々だけに完全に拒否できない。


「だいたいクリフは私が制止したにも関わらず、勝手に相手にコンタクトとるからこのような事態になったのですよ。貴方には彼女たちへの責任をとらなくてはなりません。そもそも――」


 久しぶりにブチキレたテレッサの罵倒が入り交じった説教が延々と続く。サポートアンドロイドなのに『キレる』とか、らしからぬ行動にテレッサが以前にいた軍隊では一体何をしていたのだろうかと疑問が沸いた。


 少なくとも俺の知るアンドロイドたちはこのような感情を持ち合わせていないはずだ。それが軍だろが一般だろうが仕事の内容に特化しており、マルチに何でもこなしたり、ここまで感情豊かなのは知らない。


 そのような事を考えているとテレッサは俺が上の空であることを見抜き、彼女の説教はさらにエスカレートした。ほんとすんません……


 彼女の説教が終わる頃には俺の気力は根こそぎ奪われており、テレッサが軍で何をしたいたのか聞きそびれてしまった。


 外の空気を吸おうとトレーラーのドアを開いた。すると外で休憩していたトレニィとカテリアが俺を呼ぶ声がした。二人はすでに体調が回復したのかいつも通りの笑顔が戻っている。


 カテリアが小走りで駆け寄ってくると早速俺の右腕に絡み付いてきた。


「クリフ、なにかあったの? 顔色が良くないわ」


 俺の容態にすぐさま気づいたのはトリニィだった。テレッサのネチネチ攻撃の前に俺のHPは尽きる寸前だ。特にここの二人への責任問題については的を射てるだけに申し訳なく思う。


「本当じゃな。どうしたのじゃクリフ?」


 トリニィの言葉でカテリアにも俺の様子に気づかれしまった。


「いやぁ~……たいした事じゃないよ」


 まさか当事者の二人に本当の話などできるわけもなく、俺は頭をかいて苦笑いでごまかした。と、同時に俺の腹の虫が恥ずかしげもなく食事を要求してくる。


「なんじゃ、お腹が空いたのか。そう言えばもうお昼どきじゃな」


 単なる偶然だが俺の顔色の悪いのは空腹だと思われた。俺の腹の虫、グッジョブ!


「本当に大丈夫なのクリフ?」


 トリニィは鋭い。俺の顔をしっかりと見つめて体調を気にしてくれているようだ。


「あぁ大丈夫、大丈夫。腹減っただけ。はははは」


 渇いた笑いがわざとらしかっただろうか、トリニィの表情は変わらない。しかし確かにお腹が空いたのも事実だ。カテリアの集落で朝御飯を食べてからそろそろ4時間といったところか。


「よし! あたしがクリフのために獲物を取ってくる! 夫の胃袋を満たすのは妻たる私の役目だ!」


 いや、その場合、獲物を取ってくるのは男の役目なのではと突っ込みを入れたいところだがドラゴ族に人類の常識は当てはまらない。


 カテリアは『ふふん』と鼻高々な態度をとって自分こそが妻として相応しいとトリニィを挑発している。珍しくそのことにカチンときたのかトリニィは彼女の挑発に乗った。


「あ、あたしだってクリフのために食事ぐらい用意できるわ!」


「ほほぉ~面白い。どっちがクリフを満足できるか勝負じゃ」


 勝負って、勝ち負け決めてどうする気なんだ? 勝ったほうがお嫁さんとかじゃないだろな? 俺の気持ちは?


「の、望むところよ」


 トリニィは「ふん!」と鼻息をあげて森の中に入っていった。およそトリニィらしくないとも思えたが、トリニィが俺のことをよく知らないのと同様、おれ自身もトリニィのことはほとんど知らないのだ。あれもトリニィの一面なのだろう。


「じゃあねダーリン。期待してまっててね」


 カテリアは笑顔でそういうと真紅の槍を持ってトリニィとは反対の森に入っていった。狩りには相当自信を持っているように伺えた。


 だが二人の優劣を俺がつけなくてはならないのかと思うと、今度は胃が痛くなってきた……

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