第8話 未開惑星6

 シャトルは惑星上空を飛行する。どこまでもいっても緑豊かな星である。そして衛星軌道からみたように結構、川や湖があり意外と水資源も豊富なようだ。背の高い山ははとんど存在しないことから火山活動もないのだろう。


 やがてシャトルは降下ポイントへと到着する。集落から見てジャミング位置とは逆の南側だ。小さな湖のある側の広場が降下ポイントだが垂直離着陸機能のおかげで難なく着陸する。滑走路のないこの地で滑走ランディングなんぞしたら間違いなく機体は潰れるだろう。あって良かった垂直離着陸機能。


 機体の眼前に小さな湖が見える。太陽の光に照らされて風が吹いているのか水面が微かに揺らいでキラキラとしている。泳いだら気持ち良さそうだが肉食生物なんぞ住んでいたらたまったものではないなと想像力を働かせた。


 機体の周りは草原だ。背の低い雑草が生えていて辺り一面綺麗な黄緑色に染め上げている。


 機体の左右、草原をちょっと行ったところから森になっている。あまり背の高い木ではなさそうだが葉っぱは濃い緑をしていてお生い茂っている。したがってその奥は暗くてよく見えない。


 空は満点の青空で雲は少なく、雨は降りそうにないようだ。


「スキャン完了。大気はほぼ地球と同じ窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素が大半。気圧はほぼ1気圧。気温24度」


「細菌や微生物はどうなんだ?」


「この辺り一帯に350種ほどを検出。内危険と思われる細菌はなし、危険な微生物は二種類検出しましたが地球より少ないです」


「350? 検出は随分少ないな」


「テラフォーミングによる改造惑星ならその程度かと思われます」


「なるほど……じゃぁそろそろ外に出ますか」


 俺はコックピットを出て元の廊下に出る。そして収納していた荷物を取り出してさらに奥へと進む。タラップが無いので入ってきた入り口は使えない。したがって格納庫側の扉から外に出た。ハッチを開けると眩しい光が視界を一瞬奪い、気圧差でちょっと耳がキンとする。だが外から流れてくる空気はうまい。


「おほぉ何だこれ空気がめちゃくちゃうめぇ!!」


 俺は御馳走だと言わんばかりにスーハ―スーハ―とこの星の空気を堪能した。汚れを知らないこの星と大量の製造プラントたる木々、良質な水。この空気だけでご飯三杯はいけるね。


「あまり吸いすぎると過呼吸を引き起こしますよ」


 空気を読まないアンドロイドの余計な忠告で俺の気分を阻害する。


 突然ウィーンと機械音が聞こえてきた。シャトルの後部ハッチが展開されている。テレッサが遠隔操作を行っているのだ。


 ん? 遠隔操作ができる?


「そういやテレッサ、ジャミングのほうはどうだ?」


「はるか上空はともかく地上では検出されません。この星を隠すのが目的なら地上に向けて放出する必要はありませんから」


「なるほど」


「おかげでトレーラーの排出はスムーズにいけます」


 そう彼女がシャトルから降ろそうとしているのはキャンピングトレーラーである。宇宙船にはシャトルとキャンピングトレーラー。万が一のための装備一式は必要である。


 キャンピングトレーラーはその名のごとく移動できる家のようなものだ。完全密閉式でエアロックも備えているので空気の無い星でも大丈夫という優れものだ。


 数か月分の食料と循環式の水が搭載されているのでこれがあれば生きていける。ただし動力エネルギーは太陽光を使うので太陽の無いところでは使えないのが唯一の欠点である。


 ピーピーとバックする音と共に車体が出てくる。うちの会社のイメージであるちょっとクリームっぽい白いボディにピンクのラインの入った大きな車両が出てくる。ボディの横にはオオツカンパニーの社名が入っている。丸みを帯びた女性が好みそなかわいいラインボ……ディ…………


「えええッ! なに! この角ばった厳つい大きな車体……八輪だと!? まるで装甲車じゃねーか!」


「『まるで』ではなく装甲車です。宇宙船やシャトル同様これも軍の払い下げですので。でも余計な装甲は外してありますし中身はちゃんとキャンピングトレーラーに改装してありますので快適ですよ。馬力もそんじょそこいらのトレーラーとは桁違いです」


「俺はてっきりエイリアン討伐にでも行くのかと思ったぞ。でもこのボディにうちのカラーリングはミスまっちじゃね? しかも後ろの目つきの悪い金髪ウサギは何? なんの部隊マーク!?」


「失礼ですね。それは私のロゴデザインマークです。私の制御下にあるという意味です。シャトルにも宇宙船にも表示されていますよ」


「嘘!? 俺ずっとそんなダサいものに乗っていたの!?」


「……ちなみにデザインしてくれたの総務部ラキュアさんです」


「なに! うちのアイドルのラキュアさんだと!? すばらしいデザインじゃないか。特にこの目つきとか実によく特徴を得ている。さすが美人はなんでもこなすな。はっはっはっ」


「――嘘です…………」


「…………」


 ――こ、こいつロボの癖にまた嘘をつきやがった。ひでぇポンコツだぜ。会社に戻ったら絶対にクレームつけて美人のアンドロイドに交換してやる。


「ロボじゃありません。アンドロイドです。訂正を要求します」


「デ・ジャ・ブゥ―」


「バカやってないでさっさと行きますよ」


 テレッサはトレーラーの左側、四輪あるちょうど間のドアを開けて中へと入っていた。俺も彼女のあとを追って入っていく。


 ここの扉はエアロックを兼ねているので二重となっている。だがこの惑星には大気があるので使うことは無い。よって内側の扉は開けっ放しだ。そして中は彼女が言っていたようにキャンピング用に改装されてあった。


 入ってすぐ右側に簡易キッチンがあり、通路を挟んで反対側は色々な収納スペース。車両最後部にラウンジ。兼用で寝室になるようだ。左側には医療設備と簡易工作机と車両上部に出る階段。八人分のシート、ここも寝るところ兼用のようだ。そして運転席、運転席はシャトルより広く三人分の席がある。真ん中のシートにテレッサが座っている。


 元装甲車だけあってこの車両には窓がない。だが車両内は360度スクリーンで外の様子が映し出されており、解放感が半端なかった。


「早く座ってください。そろそろ出発しますよ」


 俺は右側の助手席に座って思ったことを口にした。


「なぁ。この車両、金かけすぎじゃないのか? たかが社員一人向けにしては設備豪華すぎるだろ?」


「そうでもありませんよ。元々この車両は社長が使っていた奴なのでもう年代物ですよ」


「それってもしかしてシャトルもか?」


「ええ、シャトルも宇宙船も年代物です。合わせてセットなので」


「だから冷却剤の期限切れていたんだな」


 おかげで怖い目……ではなく思いっきり恥をかいてしまった。しかし年代物とはいえ設備が豪華であることには変わりない。これで旅行に出たらさぞ楽しかろう。特に最後部のラウンジとか何のために……


「まさか、社長の奴これで豪遊とかしていたんじゃないだろうな……」


 やってそうな気がする……綺麗なおねーちゃんを左右に侍らして酒の入ったグラス片手に「ガハハハ」とかめっちゃ言ってそうだ。でなきゃこんなラウンジみたいな装備つけるか? 絶対ねーだろう! しかもこれベッドになるんだっけ?


「絶対そのあと綺麗なねーちゃんと一緒にベッドでキャッキャうふふなことしてるだろー!! あーッヅ!! 俺たちが汗水たらして働いているときなんて羨ま……じゃくて不埒だー!!」


「こーゆーときは自分の欲望に正直ですね」


「そう思うだろう! なぁ!!」


 俺はテレッサに同意を求めるが……


「知りませんよ。ここ十数年使われた形跡はありませんし、私が社に来たのは二年前ですから」


「ムキーッ!」


 ともあれ事故は残念だったがこんな装備があったとは朗報だ。


「もっと早く知っていれば色々活用したのに……」


「残念ですが一応社の設備なので私用目的でご利用になられるとクビですよ」


「わ、分かってるよ。言ってみただけだ」


 とはいうものの分かっていても一度はやってみたい。旅行しながらラウンジで綺麗どころをはべらかせてのんびりクルーズ。夜になればそんな彼女らとムフフフ……


 そんな想像でニヤニヤしていると、テレッサは冷たい視線でこちらを見ていた。


「……行きます」


 彼女は汚物でも見たかのような呆れ顔で前を向き直してアクセルを吹かした。

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