第3話 未開惑星1

『警告! 警告! 警告! 警告! 警告! 警告!』


 突如宇宙船の警告音が鳴った。同時に赤い警告文字の大小様々なポップアップウィンドウがフロントに大量に表示される。宇宙船の講習で見たことはあるが、これほど大量に警告が出るのは初めてみた。


 本船のシステムは事態を深刻であると注意を促す。無論これは演習ではない。繰り返すが演習ではない。


「あ、だめです。回避不可」


 まったく緊張感が感じられないテレッサのその一言と同時に船体は大きな衝撃に見舞われる。まるで船体がバラバラになるのではないかと思われるほどの衝撃だ。


 ズドンと何かにぶつかったような衝撃を食らった。


 視界に映るすべてのものが二重三重にぶれて見えた。シートから滑るように放り出されて床に落ちるとゴロゴロと転がって背後の壁に叩きつけられた。それはもう見事に漫画のように上下逆さまとなり逆M字開脚のさまは人には決して見せられないような姿となった。


 最も叩きつけられてぺしゃんこになったカエルのようにならなかったことには神に感謝したい。次からはちゃんとシートベルトをしよう。


 テレッサは早速船体の被害状況を調べだした。この迅速さはさすが高性能アンドロイドと誉めておこう。


 人が操作する場合はフロントのコンソールを開いて直接操作しなければならない。だがテレッサのようなアンドロイドがいればダイレクトに情報にアクセスするので調査はアンドロイドにやらせたほうが速くて的確だ。したがって宇宙船の操縦も大抵アンドロイドか宇宙船のAIが行うものだ。


「いててて」


 体を立て直そうと動かしたらぶつけた背中が今頃になって痛みをともなった。とはいえ先の衝撃による怪我としては大したことはない。ちょっとした打ち身程度で済んだ。


「クリフ、あれほどシートベルトをしてくださいと言ったのに、しないからそのような目に遭うのですよ。自動化、安全装置の発展したいま、交通事故の死亡原因の大半はあなたのような人為的な不注意から起こっているのです」


 テレッサは被害情報を調べながら注意を喚起した。


「分かった、分かった。で、一体何が起きたんだ?」


 自分のシートに戻るとリクライニングを戻して副操縦席に座った。何かにぶつかったような振動であったが、フロントのモニターからは何も見えなかった。


 そもそも超空間ハイパースペースで何かに当たるなどとありえるのだろうか?


 広大な宇宙には一応宇宙航路というものを設けてある。それぞれの空間は一方通行で宇宙の危険地帯は避けて航路はしかれている。コンピューターが自動で航行してくれるので故障でもしないかぎり最も安全な乗り物と言われている。したがって何かに当たったというよりは船体に異常がおきたと見るべきだろう。我ながら完璧な分析である。


「どうやら超空間ハイパースペースを逆走してきた宇宙船と接触事故を起こしたようです」


「ハァァァァァァァァァァ!? いや、いや、ありえねーだろ! 超空間ハイパースペースを逆走とか!」


 俺の推測は外れてしまった。そういえばテレッサは回避不可といっていた。やはり接触事故なのか? だが超空間ハイパースペースを逆走ってそんなのあり得るのか?


 そりゃ確かに光の速度を超えるスピードで飛んでいれば逆走する宇宙船などどれだけ大きくても目視できるわけない。


「事実です。映像で捉えられずともレーダーおよび各種センサーが捉えています。ログもとれています」


「マジかよ、逆走なんて信じられねぇー」


 何度もいうが宇宙航路は広大であり、たとえ逆走していたからといってそう簡単に接触事故を引き起こせるものではない。


 そもそも超空間ハイパースペースはゲートと呼ばれる出入口を通る必要があり、出入り口は監視されている。なので逆走などどうやってゲートを侵入したのかという疑問が真っ先に来る。


「――で、船体の状況は?」


「船体自体に物理的な接触はありませんでしたが、しかし――」


「しかし?」


「――互いのシールド干渉にによりメインエンジンに不調が出ています」


「よりによってメインエンジンかよ……やってくれたなぁ」


 俺は頭を抱え込む。この船のメインエンジンは1基しかない。もう一回り大きい船であれば2基搭載で片方だけでも飛び続けることは可能である。しかし一基だけだった場合はそのエンジンが止まった場合どうなるか……


 通常空間ならともかくここは超空間ハイパースペースの中だ。エンジンが止まれば俺たちは延々とこの時空間の異なるこの空間を彷徨うことになってしまう。


 何しろこの空間内は通信連絡が一切使えない。したがって救援は超空間ハイパースペースの管理局が出入り口の時間を監視して大幅に時間を超えた場合のみ捜索が出されるので彼らが来てくれるまで耐えるしかないのである。過去に遭難してから発見までに十年ほどかかった例もあるが、約半数はそのまま行方不明で終わる。


「嫌だ! 俺はまだ女の子とHもしたことないんだぞ!」


 俺の脳裏には過去にフラれ続けた記憶が走馬灯のように駆け流れた。負け組になりたくなくて頑張って女の子にアタックはしたつもりだ。だがことごとく玉砕した。付き合っても長続きはせずいまだ女の子とキスすらしたことがない。涙を浮かべてシートの上で子供でもやらないような駄々をこねた。


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 未経験なままで死にたくないよう!!」


 そんな情けない姿を見たテレッサは半ば呆れ混じりで憐みの目を向けると裏返った声をだした。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん!」


 テレッサは両手を貧相な胸の上で祈るように組むと甘えたような声をだしてきた。座席シートから乗り出してこちらに顔を近づけてくる。狭いコックピットとはいえシート間は空いている。必然的に彼女は前のめりとなってしまう。


 俺はいつもと異なる彼女の様子に意表を突かれて呆けてしまった。


「テレッサね、お兄ちゃんのこと……前から好きだったの……」


 何を言い出すのだろうかこのポンコツロボは。だが彼女は鋭い目のまま上目遣いで目を潤ませいる。その仕草は定番の男殺しではないか、だが俺はロリコンではない。あまつさえテレッサの目付きの悪さが相まって……よ、欲情などしたりはしない。


「おにいちゃん……テレッサの初めてもらって欲しいぃな……」


「な、なにを言うか、そ、そ、そもそもお前にはそんな機能ないじゃないか」


 彼女の恥ずかしい言葉に俺まで恥ずかしくなってきてしまった。いったい彼女は俺に何をさせようというのか。哀れみだとしてもテレッサにセクサロイドとしての機能などない。つまりできない。


「でもぉ~テレッサの(ピー)とかぁ……」


 な、なんですと!?


「(ピー)とかぁ……」


 そ、それはありなのか!!


「きっとぉ気持ちいぃよぉ~」


 その発想はなかった。本物でなくとも気持ちいいのであれば……良いのかも知れない……


 俺の胸の高まりは激しくなり、彼女のとろけるような声に息をのむ。バクバクと脈打つ心臓が全身に血を巡らせる。彼女の熱視で恥ずかしくなって目線をそらした。


「そ、そうだな……幼女趣味はないが、そこまで言いうのならシてもいいかな……まぁ俺も気持ちいいのは嫌いじゃないし……」


 チラリと彼女を見た。だがテレッサの表情はいつもどおりの冷たいジト目で憐れむような怒っているような視線を投げかけていた。『え? なんで? どうして急に怒っているの?』そんな疑問が頭を駆け巡って焦る。


「やはりゲスはゲスですね。誘惑された程度ですぐこの有様ですか、所詮は童貞ですね。チョロイです」


 や、やられた。追い詰められていたとはいえ、趣味でもない幼女にしかもアンドロイドに言い寄られてこのザマだ。俺は不覚にも彼女に欲情してしてしまった。それは紛れもない事実。俺の股間は恥ずかしげもなくテントを張っており、ごまかしも利かない!


「強制超空間離脱ワープアウト


「その手があったかあああああああーーーーーーーーーッ!!」


 通常空間に出てしまえば通信回線は復活する。回復したところで救援を待てばすぐに来てくれる。そんな簡単なことさえ思いつかないとは、どうやら相当動揺していたようだ。認めよう童貞にそんな余裕はありません。


 螺旋のような光が四散した瞬間、船体に激しい振動が来た。超空間ハイパースペースの本来の出口からではなく航路の途中からの強制脱出により船体は激しく揺れた。俺はその衝撃によって床を転げてゴロゴロと転がると背後の壁に叩きつけられる。それはもう見事に漫画のように上下逆さまとなって逆M字開脚のさまを晒す。人には決して見せられないような姿だ。しかも今度はテント付きで。


 そもそもテレッサは会社の備品である。社の備品にそのようなことをしたらクビだクビ。そして俺はセクサロイドでもない幼女アンドロイドに欲情した変態というレッテルを張られて一生日陰ものとして暮らしてゆくのだ。そこまで読んでの行為か偶然なのか分からないが……テレッサ、恐ろしい子!!

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