名も無き深翠の未開惑星と偽りの楽園

滝ノ森もみじ

第1話 プロローグ1

「はぁ……」


 狭い船内にため息が漏れる。やるせない思いと行き場のない気持ちがため息となって口から溢れてゆく。


 窓の外では虹色の光輝く線が幾重にも折り重なって通り過ぎていく。その光景は決して飽きることのない情景だと、かつて誰か偉い人が言っていた。


 ――嘘つけ、速効で飽きたわ。


 超空間ハイパースペース航法。別名『別次元航法』というものでる。人類の英知はついにこの空間を我がものとして全銀河へと足を延ばした。


 他の種族、つまり宇宙人とも交流をおこない。貿易によって科学技術は一気に加速した。そして我が母星ヘレカントレスの人類が銀河宇宙社会の仲間入りを果たしたのはもう遥か昔の話だ。


「はぁ……」


 再び狭い船内にため息が漏れる。


 ――船内、そうここは宇宙船『陽気なエンゼル号』のコックピットだ。前後左右に最大四人の座席があるが後部座席は使うことがないので格納している。したがって今は主操縦席と副操縦席の二つのみで狭いコクピットを少しは広くしようと工夫して使っている。


 宇宙船のコックピットだからといっても遥か太古の航空機のように、やたらと計器が並んでいるわけではない。操縦がどんどん簡単になっていくと同時にコックピットもどんどんシンプルとなった。


 宇宙船の操縦などもはやちょっとした空飛ぶ自動車とさして変わりはしない。価格も安いものなら裕福な家庭であれば十分購入できる代物だ。企業務めとなれば普段から乗り回す羽目になることも珍しくはない。


 ため息ばかり漏らしている俺はそのような宇宙船の副操縦席のシートを一杯に倒して横になっている。眠たいわけではない。体調が悪いわけでもない。いや、ある意味不調といえば不調ともいえる。ナーバスとなって不貞腐れている今の状態を不調と呼ぶのなら……


 外の光景よりも手にしたペンダントを再び開いて眺める。ペンダントは緑の宝石のような土台を金色のアーチで装飾されており、同じく金色のチェーンで繋がれていた。


 緑の土台からは美しい女性の上半身の立体映像が動画で流れてだす。振り向き際に目を細めて笑顔を見せる動画が何度もリピートされ、胸に空いた虚空の穴が苦しくなると虚しさと共に涙する。


「はぁ……サクラさん……」


 ペンダントの映像を見つめて再びため息をついた。今度は彼女の名前付きで。


「クリフ」


 愛称で呼ばれたが無視をする。今はそれどころではない。傷ついた心を癒すのが今は最優先である。プライオリティゼロ、最上優先を超える優先事項なのだ。


「ミスター、クリフィクト・L・ヤグラザカ」


 再び呼ばれた。今度はフルネームだ。幼女の声だがそこに喜怒哀楽は感じられない。


「いい加減に仕事へ戻ってください。あなたはまだ勤務中の時間なのです。ステーションを離れて約4時間が経過しました。これ以上の勤務放棄は重大な契約違反として上に報告しますよ」


 上に報告だと……それは良くない。大変困る。給料に多大な影響が出るではないか。ボーナスの査定に響く。


 俺はオオツカンパニーに所属している。オオツカンパニーは主に中古品の売買をやっており、俺は入社4年目の平社員で営業担当をしている。ただでさえ薄給なのに減らされてはたまったものではない。


 ペンダントのスイッチを切って映像が消えると気だるい体を起こしにかかった。嫌々起きたものだから仕事をしようなどと気力もわかないため、ボヘーっとした面でやる気のなさを周りにアピールした。


 周りといってもここには俺を含めて二人しかいないが。


 左横の主操縦席には先ほど声をかけてきた幼女がちょこんと座ってこちらを見ている。腰まで伸びた長い金髪は美しく、透き通るような白い肌と細い腕が幼女独特のか弱さをにじみ出している。


 本来なら愛らしいこれらの容姿は、その手の好き者には極上の相手と言えよう。


 だが彼女の目つきは悪く常にジト目で睨んでくる。それがすべてのチャームポイントを台無しとしているのに加えて喜怒哀楽の表情を表に出すことはないので余計に可愛くない。可愛くない!


「いつまでも未練がましくフラれた女性の写真を持ているのは感心しません。統計学的にもそのような男性を女性は軽蔑するとあります」


 彼女は冷ややかな目を向けてくる。最もいつもそんな目をしているのでどの程度軽蔑しているのかは目では判断しかねる。


「統計学なんて知らない。俺はサクラさんだけに振り向いてもらえればいいの!」


 統計上など多いか少ないかだけの話だ。サクラさんが必ずしも多数とは限らない。少数派ならばそんなものは意味をなさないのだ。そう俺は彼女にだけ振り向いてもらえれば他の女などどうでもよい。それほど彼女は美しかった。


 名前通りの桜色のサラサラとしたセミロングヘアー。凛とした芸術のような輪郭。キスをすればとろけてしまうのではないかと思える艶やかで小ぶりな唇。笑顔を向けたときに見せる横顔なんて最高だ。そう彼女の存在はまさに芸術と言っていい。


「大体、俺がこの仕事をするようになってから8人にもフラれたんだぞ。こんないつも宇宙を駆けまわっているような男に女性が振り向いてくれるわけないだろ。女ってのはな傍にいて欲しいときに居てくれる男を好むんだよ。だから俺がフラれるのは仕事のせいだ!!」


 自分でも完璧だと思える理論だ。


 いつも事があるたびに隣の幼女にいいように言い負かされていて悔しくて仕方がなかった。いつかはやり返してやろうと思っていた。


 この幼女は自分が別の営業に回されたときに仕事のサポーターとして会社からの支給された品である。目つきの件がなければ見た目は小学生みたいでかわいかったのだが……


 ちなみに一つ断っておくが俺にロリコンの毛は無い。たまたま会社から相棒としてまわされたのがこの幼女だっただけだ。


 俺はサポーターがつくと聞かされてサクラさんのように美人のお姉さんのような存在を期待したのだ。だが俺の考えは会社には見透かされていたようだ。


 そのような相棒をつけたら仕事に専念できないとでも思われたのだろう。実際見透かされたとおりであるから会社の方針は正解なのだが。


 そんな相棒の幼女だが、彼女は反論に転じた。


「私は同じ職種で結婚している人を数百名もリストアップできますが?」


「…………」


 ぐうの音もでない。リストを晒されるまでもなく先輩方や上司は結婚しているわけだから営業職の問題とは確かにいえない。となるとやはり責任は自分にあるということになってしまう。認められない。それだけは認められない。自分自身を喪失してしまいそだ。


 だが言い返せない時点で今回も完敗しているも同然だ。悔しい。言い返せない自分が腹立たしい。


「そもそも貴方がフラれるのは職種の問題ではありません。先ほどの発言で貴方は女性の容姿ばかり褒めていましたが内面については一言も触れておりません。外見ばかりを重視するその思考を普段の言動で漏らしている傾向があります。女性はその事に敏感です。女性にモテたいのであれば、まずそのどうしようもないゲスな性格から去勢することをお勧めします」


 ぐはっ! 確信を突いてきやがった!


 痛いところを突かれて俺のライフポイントはゼロだよ!


 それにしても俺の心の叫びをいつ読み取ったのであろうか、まるでエスパーのようだ。


「エスパーではありません。アンドロイドです。貴方はご自分の妄想を口にする癖があるのをご存じないようですね」


「げッ、マジかよ。俺、口にしていたのか!?」


 彼女は幼女型アンドロイド、形式番号PQRDH―08562。愛称はテレッサ。これが相棒の正体である。


 全高148センチ、重量22キロ、通信アンテナと排熱処理かねている金髪ロングヘアーは銀河ネットワークへの接続が可能となっているため、会社とはいつでも連絡できてしまう。また宇宙船などの乗り物を遠隔操縦も可能で他にも多数の機能を備えている万能ロボットだ。


「アンドロイドです。訂正を要求します」


 ボディは完全に子供の体形そのもので一見してアンドロイドとは見分けがつかない。一番分かりやすいのはアンドロイドには体毛がなく基本食事をしないことぐらいか……


「生殖機能もありません」


 幼女型だけあって胸は完全無欠のツルペタ。腰のクビレもなく幼児特有のポニョポニョとした体形。臀部も大人のよう桃尻とは程遠い。よってロリコンでもなければ興奮する要素はこれっぽちもない。


 そんな彼女に水色のマリンセーラーを着せて、細い足にはレースをあしらった靴下とフォーマルシューズを履かせた。我ながらセンスは悪くないと自負している。


「コーディネートは店員ですが?」


 彼女の衣装は俺が選んで着せているわけだが、別段着せ替え趣味があるわけではなく、これはあくまでも仕事である。


「服を選ぶ手伝いを理由にサクラ嬢を誘うのは仕事とはいいません」


 ただ営業として使うにはあまりにも目付きが悪すぎてだれも営業スマイルを教えなかったのかと最初は思ったが接してみてそれは無駄だと悟った。彼女のAIはすでに教育期間を過ぎて性格が固定されいる。


「表情を作る機能が壊れているだけです」


 ポンコツじゃねーか!


 彼女は中古品だったのだ。しかし彼女の強力な人工知能を使って相棒のサポートはできるし、彼女の使い道に顔は必要ないので支障はない。


「つまり体目当てでしたか。変態です。ドン引きです」


 あらゆる乗り物の運転をこなし、迅速に作業が行えるよう情報の提供および分析、在庫管理、そしてメンタルケアとその範疇は広い。このようなアンドロイドはこの宇宙船より高価な代物である。


 だが彼女の機能の一つであるメンタルケアはちゃんと機能しているとは思えない。毎度毎度激しく貶されて逆にやる気を削がれている。


「変態ロリニート」


「ロリでもなければニートでもないわ! 仕事してるだろうが!」


「変態は否定しないのですね」


 こーゆー奴だ。

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