【19】2006年6月6日 17:39・玄関前・大雨。伝言(レン視点)。

「あ、そうでした・・・」


丹加部(にかべ)さんが車に乗り込もうと身をかがめたところで何かを思い出したようにこちらを振り返った。


「ミナから伝言を預かっていたのですが少々宜しいですか?レンお嬢様」


「伝言?ミナから?」



ミナとは本邸にいる私より1つ年上のメイドで、私が幼い頃から本邸のメイド専用宿舎に住んでおり今は副メイド長にまで出世した、いわば幼馴染みみたいな存在だ。



「『たまには実家に帰ってきてください』とのことです」


「なっ!?もうッ!ミナってばそんなことのためにわざわざ丹加部さんに伝言を頼むなんてッ!!」


「ほほほッ!構いませんとも。これはお屋敷に仕える者たちの総意でもありますから・・・」


そう言って笑う丹加部さんの表情はどこか寂しそうだった。


《ごめんなさい。勝手なことばかりして》


私は心の中で謝ることしかできなかった。


別に本邸にいる皆のことが嫌いになったわけじゃない。たかだが15年しか生きてない小娘であってもそれなりに複雑な事情というモノがあるのだ。




「そうですね、8月のどこかのタイミングで一度帰ろうと思っています。もちろん、ユアルとアイナも連れて」


「ほほッ!!それはミナもきっと喜ぶことでしょう。レンお嬢様のお気持ちが変わらないうちに今日中に伝えさせて頂きますが、発言の撤回はないということで宜しいですね?」



「そんなに念を押さなくても大丈夫です。これは決定事項として伝えてください。8月に必ず帰省します。もちろん、お祖父様のお許しを得られれば・・・の話ですが」



「それについては何の問題もございません。永由(ながよし)様もきっとお喜びになられますともッ!では、そのまま永由様にお伝えしても問題はないということですな?」


丹加部さんが最終確認のつもりなのか意味ありげにこちらを見ている。



「はい、変更も撤回ありません。是非、そのようにお伝えください」



この帰省の約束は別に丹加部さんやミナを喜ばせるためでもお祖父様に対するポイント稼ぎでもない。


家の設備やら護衛やらココまでしてもらっておいて、1年間顔を見せないというのは身内と言えどあまりにも無礼極まりないと思って先月くらいからボンヤリと考えていたことだった。



いまいち踏ん切りがつかなかった理由は、もしかしたらアイナの中間や期末テストの残念な結果を報告しにいくだけになりそうだったのでギリギリまで黙っていようと思っていたからだ。しかし、ミナの余計なトスのおかげでポロッと口から出てしまった。というか、アイナと私の失態を帳消しするにはむしろ言わざるを得ない状況だった。



結果的にポイント稼ぎとして帰省というカードを使ってしまったみたいで釈然としない。が、そのおかげで丹加部さんはご覧の通りだ。



《私の携帯の番号もメアドも知ってるくせにわざわざ丹加部さんに伝言を頼むなんてホントに何考えてんだろ・・・。とりあえず8月本邸に帰ったら、まずミナを叱らなきゃ。副メイド長になって浮かれてんのか知らないけどアイナに負けず劣らずトラブルメーカーなんだからッ》




ミナと私はほとんど幼馴染みみたいな感じで育っているため丹加部さんからすれば私もミナも孫みたいなモノなのかもしれない。その証拠に他のメイドや執事がこんなことをしたら大問題になること間違いなしだ。



幼い頃はよくイタズラをしてはメイド長や丹加部さんに叱られたものだった。ミナもこの関係性を理解しているからこそ丹加部さんに伝言を頼むなんて他のメイドや執事ができないことを平然とやってしまう。



しかし、いつまでも子供じゃないんだから分別は持ってもらわないと困る。・・・本邸から脱出して好き勝手やってる私が言う資格はないのかもしれないけど。



本邸から離れて緊張感のない落ち着いた環境に身を置きすぎたせいか、本邸の件が絡むと心臓の鼓動が早くなるくらいには神経質になってしまう自分がいる。私にとって本邸での生活とはつまりそういうことだったのだろう。




トラウマとまでは言わないが、・・・イヤはっきり言ってトラウマになっている部分もあるかもしれないが、いずれにせよあまり心地の良い場所じゃないのは確かだった。



アイナの期末テストの心配さえなければ夏休みのイベントとして少しは楽しめただろうに。自分は準備万端なのに他人の心配をしないといけないなんて理不尽だ。



《8月の帰省を宣言して5分も経ってないのに今から憂鬱になってきた。子を持つ親ってこんな心境なのかな?何にせよ、自由の代償にしては釣り合わない》



「それでは今日はこれで失礼させて頂きます。戸締まり等お気をつけください」


「はい、ご苦労様です。丹加部さんたちも道中、気をつけてくださいね」


丹加部さんは深々と頭を下げると護衛の車に乗りこんだ。


私は車が家の正門を出て見えなくなったのを見届けると急いで家の中へ駆け込んだ。



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