第10話 応援

「──こんなに虚しい気持ちになったのは初めてだ」

「そっかそっかぁ。つーか、その下半身どうなってるのぉ〜? 氷ぃ〜? 気持ち悪いんですけどぉ〜」


 俺の人生、ここで終わりを告げるはずだったんだが、突如訪れた浮遊感により助かったらしい。

 つーか。普通に話してるが誰だこの気持ち悪い話し方をする奴。


 脇に挟まれ運ばれている。腕も細そうだな。少し力を入れればすぐに折れちまいそう。んで、ねっとりとしたような話し方はまじで鳥肌。普通に話せや。甘ったるすぎて胸焼けする。誰だよ、こいつ。


 あぁ、顔は女だな。不機嫌そうに怨呪をじとっとした目で見てる。


 金髪のふわふわした長い髪を左右二つに結び、それが風に吹かれ後ろへと流れている。

 自分に相当自信があるらしいな。胸元が結構開かれ無駄に艶やかな谷間ぁ?? を見せつけてやがる。服を着ている意味あるのかそれ。

 スカートはすごく短いし、足元は輪廻と同じ白いロングブーツ。

 薄紅色の目を怨呪に向けている女が俺を抱え、屋根の上に立っていた。


 って、あれ。こいつ確か──あ、茉李和音まつりかなでだった……か?


「このくらいの怨呪にどれだけ手間取っているのぉ〜?? こんなの一瞬で終わらせなさいよねぇ〜。私達を呼ぶなんてふざけてるとしか思えないんだけどぉ〜」


 あぁ、やっぱりか。だから、俺でもこいつのこと知ってたのか。

 妖裁級は俺達妖殺隊の要であり、最後の切り札。簡単に言えば有名人。そして、この女は妖裁級に所属する十人中の一人。


 なんでこんな奴が妖裁級なんだよ。なんか、負けた気分なんだが──いや、負けてるかくそ。


 いや、まぁ。妖裁級が来たんなら俺はもう何もすることねぇな。とりあえず、重たい下半身は溶かすか。アンバランスだし、気持ち悪い。


「足なくなったけど大丈夫なのぉ〜?」

「無くしたんだよ」


 ………って。は? いつだ。いつ、怨呪の前足がなくなった? それに、いつの間にか地面には小さな赤い湖が作られてるし。この女がやったのか?

 あぁ、もしかして。俺が爪で引き裂かれる前に和音が怨呪の前足を切り刻んだのか? んで、その後すぐに俺を抱えお店の上に移動した。それなら、辻褄が少しは合う。

 その後に文句をタラタラ言われているということか今の状況。めんどくせぇな。


「大体私はこんなの相手にするより、かっこいい男性を相手にしたいんだけどぉ〜?」

「夜の遊びは今度にして、今はあいつをどうにかしろよ」

「私がやる必要ないわぁ。だって────」


 和音が話している途中、怨呪が俺達を尻尾で薙ぎ払いしようとしてきたんだが?! 屋根の上にいんのに狙ってくんのかよ!!


「おい!!」

「慌てなくても大丈夫よぉ〜」


 咄嗟に和音の方を見ると、なぜか口元には妖しく、それでいて美しい妖艶な笑みが浮かんでいた。


 なにを、なんで。そんな笑みを浮かべていることが出来る?


 この女から目を離すことが出来ない。不味い、このままじゃ尻尾の攻撃を食らう。

 食らう……ん? 来ない?


「──はぁ? なんだよ、急に」


 怨呪の尻尾が迫ってきていたはずの方向を見ると、何故か真っ赤。血飛沫が舞ってんな。なんだ? 自滅したか? いや、ありえねぇか。誰かが切ったに違いねぇ。でも、誰だ?


 あんな太く大きい物を一瞬にして切れる奴。俺は知らねぇぞ。


「私、一人じゃないわよ?」


 あ? 一人じゃねぇ? 

 っで!! 話している途中で俺を落としてんじゃねぇよ!! ケツからいったぞいてぇわ!!


「ふざけんじゃ――……」


 な、なんだこの。体がしびれる感覚。今の和音の横顔を見ただけで、手足がびりびりとしびれてきた。

 こいつはただ、刀に手を添えてるだけ。まだ、抜いてすらいねぇのに。


 狙いを定め、舌で下唇を舐めている。鋭い殺気を放ちながら、笑みを浮かべやがらぁ。なんなんだよ、気持ちわりぃ。


 おいおい、これが妖裁級。俺達とは格が違う。体が重く、なにかに押さえつけられているような感覚だ。


「さて、やるわよ梓忌しき

「好きにやれ」

「おぅふ!!!」


 なななななな、いきなり後ろに立ってんじゃねぇわ?!?! 驚いただろうが、変な声出たわ。ざけんなころ──されるからやめておこう。


 うわ、身長たけぇな。優男っぽいが、無表情で怨呪を見据えてやがる。普通にイケメン男子なんだが誰だよ。


「遅れないでよねぇ」


 和音が笑みを浮かべながら膝を曲げ思いっきり上空へと跳んだ。おぉ、簡単に怨呪の頭上を取ったぞ。

 二本の刀を鞘から抜き、笑みを浮かべながら風の如く怨呪の首を一瞬にして――……

 

 あの一瞬で何度刀を入れた? あんなに大きく太い首。一度では到底切れるはずがない。

 

 斬られた怨呪の首は『ドンッ』という音を出しながら、血の湖へ落下する。


「あんなに大きいのを……」


 和音は地面に着地。手慣れた手つきで、刀に付着した血を引き取り隣にいる――えっと。あ、梓忌だ。梓忌に声をかけた。


「今よ」

「あぁ。怨みは浄化し、恨みは制圧せよ。我々妖殺隊により、安らかに眠るがいい」


 梓忌が唱え、白い玉。癒白玉ゆはくだまを怨呪に投げる。

 白く輝いた癒白玉は怨呪を包み込み、どんどん小さくなる光の玉は数秒後には無くなった。

 地面には尻尾と前足、首がちぎれている猫が横たわっている。


「──すご」

「あぁ、僕も助けられちゃった」

「あ、途中から忘れてたわ」


 俺の隣にいつの間にか彰一が立っていた。両手と足を怪我しているようだが命に別状は無さそうだな。まぁ、どうでもいいな。彰一より大事なことが俺には待ってっし。


 ふぅ。よしっ。やっと集中して体を治すことが出来る。

 目を閉じ、体を治すことに集中するぞ。誰も今は俺の邪魔はできん。


 お腹辺りから無くなっていた俺の下半身。腕を治す時のように、筋や肉、骨が伸びて形を作っていく。

 肉が作られ、骨を包むように伸びていき、数分後には下半身の形だけ治すことが出来た。いや、完全に治す事はできないな。お腹辺りからは血が滲み出ている。

 少し衝撃を与えればまた真っ二つになってしまいそうだな。


「お腹から治そうと思ったのに、やっぱり無理やり肉や筋肉、骨を伸ばしているせいか? もう少し肉付ければ回復楽になんじゃね?」


 まぁ、それ以外は治すことが出来たからいいか。よし、これで体は完璧だ。あとは、服か。

 やべぇ。下着すら履いてないじゃねぇか。


 輪廻、悪いな。ナムさん。


「まずは服をどうにかしてから治せ!!!」

「いって?!?!! 投げるこたぁねぇだろうが!! だが礼は言ってやる!!」


 手を合わせようとした時、彰一が自身のブレザーを脱ぎ俺の下半身に投げつけやがった。地味にボタンとかが当たって痛かったぞ。


「まったく、私達に迷惑かけておいて何か言葉はないわけぇ〜?? ここの話聞いたのさっきだったんだけどぉ〜?? めっちゃ疲れたぁ〜」

「仕方がないだろう。それに、今回の怨呪は上級数名で倒せるくらいだ。それを、上級一人と中級が時間を稼いでいた。よくやったと褒めるべきだろう」

「なんで僕達の……」


 は? なんで梓忌は当たり前のように俺達の階級を知ってんだ? 俺達があんたらの事を知っているのは当たり前だが、逆は無理じゃね?

 隊士が何千人いると思ってんだよ。瞬間記憶能力者か?


「目立つ二人だ。知らない方がおかしい。……俺は明神梓忌みょうじんしき。妖裁級だ」


 明神梓忌と名乗った男。 

 青色の長い髪を後ろで一つに結び、目も髪色と同じ青色。

 軍服はカスタマイズされているのか、真っ黒の軍服だ。いや、軍服というより袴に近くねぇか? 大きめに作られているのか、手は見えず関節も分かりずらい。


「軍服じゃない件」

「素材は軍服と同じだ。この方が俺的には動きやすい」


 梓忌はクールなタイプらしく、必要な説明だけ口にしてそのまま閉じちまった。

 こういう男がモテるんだろうなぁ。モテたいわけじゃねぇけど腹立つ。


 そのまま梓忌が口を閉じたせいで、次は和音がこれからの動きを説明してくれるらしい。いや、全部一人が話せよ。


「とりあえずぅ、貴方達の実力は認めてあげなくはないわ。私達が来るまでよく耐えたわねぇ〜。この村はこの後下級達が片付けるからぁ〜、貴方達は早く妖雲堂に戻り治療するわよ。女の方は私が、男の方は重いから梓忌にお願いするわぁ〜」

「了解した」


 めちゃくそウザイ話し方をする和音は、俺を丁寧にだき抱え走り出した。

 後ろでは梓忌に嫌々背負われている彰一の姿が見える。


「……疲れた」

「はいはい、寝てていいわよぉ〜。おやすみなさぁい」


 やべぇ。本当に瞼が重くなってきた。あぁ、だめだ。


 眠い――……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る